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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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五十四章

 ミリアとリョウの入ったのは、かつてミリアが髪を赤く染めたことでひと悶着あった時に、ユウヤに連れられて入った喫茶店兼洋食屋であった。

 ミリアは店の前に立ち、唖然とした。「ここ……。」

 「もう、とりあえず向こう三年間は、髪の毛染めるなよ?」リョウはそう言って苦笑を浮かべる。

 ミリアも照れ笑いを浮かべながら「うん。染めない。」と答える。「リョウも、黒いし。」


 ミリアがあの時に座った奥の座席を指定して座り込むと、リョウは「お前さ、社長に連絡しとけよ。」厭味ではあるが有能(であったに相違ない)弁護士を紹介してくれたのは、社長である。一刻も早く裁判の結果も知らせたいから、ミリアの話が終わったら席を外して報告をしようと、リョウは自分の携帯電話を取り出し、ボタンを押すとミリアに手渡した。

 「もしもし。」電話はすぐに繋がったらしい。ミリアは幾分緊張した声で話し始めた。「ミリアです。あの、高校合格しました。今、リョウと合格発表見てきました。」

 運ばれてきた氷水をがぶがぶと飲みながら、リョウは合格の喜びに頬を紅潮させ報告をするミリアを愛おし気に見守る。ミリアに、社会で生きていけるだけの力を付けさせるのだ、俺はその点父親とは違うのだと、そう思って肯いた。

 社長も喜んでくれているのであろう、ミリアは盛んにありがとうございます、と連呼する。いつの間に敬語も喋れるようになったのか、とリョウは感心する。しかし、自分でしゃべっている内に合格の実感が込み上げてきたのだろう。次第にミリアは「そうなの。家庭教師、来て、毎日勉強したの。毎日。あのね、リョウの友達。ユウヤっていうの。」と涙声になりながら必死に説明をする。

 一通り騒ぎ立てると、今度は様相が一変してきた。戸惑った顔でミリアが「え。本当ですか? おめでとうございます。」を皮切りに、今度はミリアが盛んにおめでとうございます、を連呼している。不思議そうな顔になったリョウに気付き、ミリアは「社長、結婚するって。」と言った。

 「マジかよ。社長、未婚だったのか。」リョウは目を丸くする。

 「あのね、大塚さんと。」

 「大塚さん?」リョウは首を傾げ、「え! あの秘書さん?」

 ミリアは笑顔で肯く。

 リョウは携帯をミリアから取り上げると「マジで? おめでとうございます。つうか、年齢差あり過ぎだろ。いいのか? 二十ぐらい、違わねえか?」

 電話口で社長は「君らもだろう。」と言って笑っている。リョウはミリアを見て顔を顰め、その場を立ち、手洗い場へと向かった。そして周囲に誰もいないのを確認すると、「めでたい話の合間に悪いんだが、今日、裁判でミリアの監護権、認めて貰えた。あんたのお蔭で。本当に、ありがとうございました。」リョウは思わず涙ぐみそうになりながら、そう言って深々と頭を下げた。

 「ああ、その話ならたった今、弁護士から聞いたよ。本当に良かった。接見禁止も勝ち取れたんなら、例の、社員寮の話ももう、いいな。」

 「あ、ええ。」リョウは微笑む。

 「ミリアを手放さずに済んで、良かったな。」

 それが母親の下へ行かなくてよかった、ということなのか、それとも寮に入れなくてよかった、ということなのか、少々リョウは考え込む。「……とにかく、あんたが弁護士世話してくれなければ、ミリアと生活していくこともできなかった。本当に、感謝している。なんつっていいかわかんねえぐれえに。」

 「そうかい? 弁護士は君の育児実績と、つまり、ミリアへの愛情と、それから髪型のお蔭だと言っていたよ。今度見せてくれよ。黒髪短髪の君を見てみたい。なんなら、うちに所属してモデルをやってくれよ。君、背も高いし顔もいいから、絶対売れると思うんだ。実は、最初ライブを観た時からずっと、そう思っていたんだよね。さすがに赤髪長髪だと、なかなか仕事が限られ過ぎて難しいから言わなかったけれど。」

 「やんねえよ!」リョウは即座に声を荒らげる。

 「あはは、そう言うと思った。」社長はやはり笑っている。「髪の毛伸びるまで限定でもいいよ。」

冗談なのか、何なのか、リョウは訝る。「絶対、嫌ですよ。俺はこう見えても結構忙しい身なんだ。」

 「わかってるよ。でも、今日だけは、ミリアと一緒にいて、いっぱい褒めてやってくれよ。君に褒めてもらうことだけが、彼女の喜びなんだから。そのためだけに、頑張っていたんだから。」

 「今日はちゃんと休みにしてますよ。」

 「そしたら、一緒に、合格祝いでも買いに行ってやらないと。」

 「あ。」リョウは言われて初めて思い出し、茫然とした。――百万円のスウェーデン旅行、結婚式付き。でも、まだ直接言い出された訳では無い。リョウはおそるおそる席を眺めた。ミリアは綺麗な横顔を見せながら、外の風景を見ている。

 「ほら、忘れてた。一つ頼むよ、君は今日だけはミリアの恋人として振舞ってもらわないと、困るよ。」社長の笑い声が電話口に響く。「……そうだ。実は別件で話があるんだが、もう一度、ミリアに代わってもらえないか。」

 リョウは席に戻ると、ミリアに電話を手渡す。

 「ええ、そうなの? 本当に? 素敵!」ミリアは弾けるような笑みで何やら社長と、話し続ける。「うん。リョウに聞いてみます。ねえ、リョウ? 今度社長と大塚さんの結婚パーティーがあるんだって。モデルもみんな行くんだって。ミリアだけ、今日合格出てから言おうと、思ってたんだって。……あの、行ってもいい?」

 「ああ、もちろん。行って、お祝いしてこいよ。」リョウの脳裏には、未だ見たことのないスウェーデンの殺風景な雪景色が広がる。ああ、俺はまだこんな景色は、見たくない。ぞくりと背筋を震わせる。

 「あのね、いいって。うん。わかった。あのね、おめでとうございます。」

 ミリアは電話を切って、うふふ、と含み笑いをしながらリョウに電話を渡す。

 「社長、幾つだよ。若ぶってやがるが、40は余裕でいってるよな。で、あのお姉さんは20代だろ? 随分な年齢差だよな。いいのかよ。」

 「愛があれば、年の差は関係ないのよ。」ミリアはどこで覚えてきたのだか、妙な節をつけて言う。リョウはなぜだか目を反らした。

 それぞれ運ばれてきたオムライスとステーキランチを食べていると、ふと、リョウが「そういや、パーティーなんか行くんじゃ、お前、綺麗な服必要なんじゃねえのか?」と言った。

 ミリアは「ワンピース。」と呟く。

 「そうだよ、ワンピース。じゃあさ、今から買いに行こう。今日はレッスン入れてねえし。な?」

 ミリアは満面の笑みで「うん!」と肯いた。その時リョウの脳裏にはやや吝嗇な考えが浮かんだ。これで、合格祝いがチャラにならないか、という考えである。

 やはりどう考えても、百万円の旅行代は高校合格祝いとしては、豪勢すぎるんじゃあないか。それ以前に手許に、ない。毎月一万円ずつを積み立てたとして、十年後であれば、何とかなるかもしれないが……。

 でもそこまでして何をしに行くのか。まさか、本当に結婚するために行くのか? スウェーデン語なんぞ見たことも聞いたこともない、せいぜいスウェーデンのデスメタルだけを愛聴するだけが能の、わけのわからん、それも半分血の繋がった日本人の兄妹が手ぶらでいきなり役所に行って、結婚させて下さいなどと言って、できるものなのか? 無理だろう。マクドナルドでハンバーガー頼む訳じゃああるまいし。

 というか、本当に自分はミリアと結婚するのか? それの方が百万円の出費よりも遥かに難題だ。そもそも、ミリアとヤれるのか? 兄妹間に子供ができたら、何だかおかしいのができるらしい、と聞いたことがある。つまりは、兄妹でヤることは、心理的葛藤以前の問題で、人類のタブーを犯すことになるわけだ。最早、犯罪者というレベルではない。背徳者……。

 リョウは生唾を飲み込んで、目の前のミリアを改めて客観視しようと試みる。当然の如く、綺麗な顔立ちをしている。他人でなおかつもう少し年が近ければ、とりあえず好印象は持ったであろう。でも妹なのだ。年も十八も離れているのだ。

 ああ、つまり、――ヤるのは、無理だ。ヤってはいけない。万が一にもヤったとしたら、牢屋にぶち込まれるというのではなくて、もっと大きな、たとえば、神の裁きに遭い、雷で焼き殺されそうな気がする。

 でもミリアが男としての自分を求めてきたら……? リョウは鼓動が痛くなるほど激しくなるのを感じる。子供だ、子供だ、と思っていてももう高校生だ。自分のことを考えてみても、性欲が強くなってくる年齢であるのは疑いない。

 無論ミリアのことは、大切だ。これからも自分の隣でギターを弾いて貰わねば、バンドが立ち行かない。それ以前に唯一の家族として、世界で一番大切に思っている。でもそこに結婚する必要は、あるのか? 一バンドメンバーではいけないのか? 大切な妹、というだけではいけないのか?

 何であの時、自分は何でも言うことを聞いてやるなどと、豪語したろう。リョウの箸を持つ手が震えて止まった。

 「リョウ、どしたの?」そう言われ、リョウははっとなって顔を上げた。

 「ねえねえ、ワンピース買いに、アウトレット行きたいな。」ミリアはうっとりと微笑みながら言う。「今からじゃあ、遅くなっちゃうかな?」

 慌ててリョウは「大丈夫だろ。まだ昼だぞ。じゃあ一回家帰ってバイクで出発しような。今度はちんたらしねえで、さっさと準備しろよ?」

 ミリアは「うわあい!」と歓声を上げ手を叩いた。

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