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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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五十一章

 次にリョウの手は、自分のよく見知った名前の書かれた用紙に伸びた。――ライブハウスK店主・有馬大。恐る恐る、捲る。

 

 デスメタルバンドのライブといえど、ワンマンライブであれば大抵九時には終了しますので、十五歳以下が出演していても労働基準法に背いているということはあり得ません。また、複数のバンドが出るライブであっても、Last Rebellionはトリではなく、自らの強い申し出により一番最後から二番目で登場することを常としていましたので、どのようなライブ形態であっても、九時以降ミリアをステージに上げていることはありませんでした。

 リョウもバンドメンバーであるシュン、アキも、ミリアを非常に大切にしています。特にここ十年近く、リョウはミリアを気遣い、打ち上げにもあまり参加することはありません。ライブ終了後はお客さん方と談笑し、その後、ミリアを連れて早々に帰宅してしまうので、彼を慕うバンド仲間たちの呪詛が度々聞こえてくる程です。しかし誰もがミリアが成人し、一緒に酒を飲めるようになることを心待ちにしているので、なんだかんだあっても、いつもリョウとミリアを快く見送っています。

 ミリアは現在、バンドの垣根を超え、非常な人気を誇っています。ルックスが優れているという理由はもちろんあるとは思いますが、基本的にメタルファンはオタク気質で耳が肥えているので、ミリアのギターそのものに惚れ込んでいるということが前提としてあります。

 彼女のテクニックと表現力は、その年齢に比するまでもなく、卓越しています。最初に彼女がステージに立ったのは、まだごくごく幼い、おそらくは小学校低学年の頃であったと記憶していますが、腰を低く落とし終始客席を睨みながら、リョウとまるで同一のギターを弾いたので、誰もが驚嘆いたしました。ポーズや義理で弾いているのではない、今、ここで、この曲を弾かねばならない、という使命にも似た完全なる必然性が、彼女からひしひしと伝わってきました。しかも奏でる音はエモーショナルで攻撃的で、つまり、リョウのそれと完璧に同じなのです。長年ギタリストが定着しなかったこのバンドに、史上最強の女神が舞い降りたというような、そんな思いでした。

 では誰がこの一少女のギターにそこまでの技量と表現力とを培わせたのか。それは兄でありバンドリーダーであるリョウに他なりません。

 リョウから聞いた話によれば、ミリアが小学校一年生の時、それはリョウの家に来たばかりの頃ということになりますが、ミリアがあまりにも何もしゃべらないのでギターを与えていたら、勝手に朝から晩まで弾き続けた、とのことです。それはやはり才能と言っていい力かもしれませんが、リョウの教え方が素晴らしかったということも大きかったと思います。

 彼は現在、ギターレッスンで主に生計を立てていますが、その予約は今や満杯で、キャンセル待ちの状況だといいます。バンドでそこそこ有名になって来たギタリストであっても、変わらずリョウの元に通い続けている人間が多くいます。おそらくリョウは今、日本のメタル界での若手ギタリストでは随一の存在でしょう。それは自分のみならず、音楽関係者が口を揃えて言っていることです。

 昨今では海外からのライブのオファーも多数来ているといいますが、おそらくは学生であるミリアを気遣っていずれも、受けてはいません。リョウは自らの口からは言いませんが、端から見ていて、ミリアをこの上なく大切にしていることは、火を見るよりも明らかです。

 かつての彼は、バンドのフロントマンによくありがちな、わがままで自己中心的で、人のことを思いやるのが不得手な人間でした。そのためバンドのメンバーも定着せず、始終喧嘩ばかりしている噂が絶えませんでした。実際に泥酔してステージに上がり、メンバーと殴り合いをするようなライブを、うちでも二、三度、されたことがあります。ステージを降りて客に暴言を吐くようなこともありました。音楽の才能で何とかギリギリ、許されてきたような男だったのです。私も何度か苦言を呈したことがありましたが、当然聞く耳など持ちません。途方に暮れていた頃、ミリアが、リョウの元へとやってきたのです。

 ミリアと暮らすようになってからというものの、彼は誰もが驚く程に一変しました。ファンにも、ライブハウスの人間にも、そしてメンバーにも、笑顔を向けるようになりましたし、気遣う言葉もかけてくれるようになりました。優しくなりました。

 以前は、ライブ終了後と言えば、せいぜい私のような年上の人間がリョウに説教をするぐらいで、ファンが出待ちをする姿などはありませんでした。暴言を吐いたり、あからさまに面倒くさいといった態度をとったりするので、恐ろしがって彼に話しかけようとする人は誰もいなかったのです。しかし今では快く写真も撮りますし、サインもします。ミリアと手をつないだり腕を組んだりしながら、ファンと談笑する姿というのは、少し前の彼を知る我々にとっては、想像だにできない事態です。

 ミリアにとってリョウが必要であるように、リョウの人間的成長にとってもミリアは必要不可欠でした。それだけは、絶対に真実です。

 どうか、リョウとミリアを一緒に暮らさせてあげてください。親権云々よりも、ようやく人間らしさを取り戻したリョウと、ギターに初めて生きる喜びを見出した少女の幸せを考えるべきではないでしょうか。二人が二人でいるからこそ、優れた音楽が生み出され、それによって多くの幸福が生まれているのです。それは一度でもライブを見て頂ければ、わかるはずです。いつでもお待ちしております。

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