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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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五十章

 「レイさん以外にも、これだけの方々が同様の事柄を書いて下さっています。これを、裁判官、裁判長に提出いたしました。十分に考慮して下さるはずです。」

 リョウは目を丸くして、つい先ほどまでは物怖じしていた書類に自ら、おそるおそる手を伸ばした。最初に一番手許にあったのが、―-小学校一年担任・會澤かなえ。

 

 ミリアさんは小学校一年の二学期に本校に転校してきました。父親から虐待を受けていたことから、出会った頃はほとんど言葉が出ず、出ても二語か三語で終わってしまうなど、おそらく三歳児相応の言語能力しか有してはいませんでした。そこで、お兄さんの強い要望でスクールカウンセラーとの面談を毎日放課後に入れることになりました。なかなか言葉も表情もほとんど表には現れることはありませんでしたが、ミリアさんはお兄さんが授業参観やお迎えで学校に来られると、心底嬉しそうにしていました。

 初めに私と会話らしい会話をしたのは二年生も間近に迫った頃合いで、お兄さんについてのお話だったのを印象深く覚えています。

 ミリアさんは放課後教室で掲示物を作成していた私の所にやってきて、今日はお兄さんがお迎えに来るのだと言いました。よかったね、と答えると、突然堰を切ったように、お兄さんが昨夜作ってくれたオムライスがとても美味しかったこと、ケチャップをハート型にかけてくれたことを、大層嬉しそうに話してくれました。お兄さんのお話ができたことが、とても嬉しかったのでしょう。それからも度々、私の所へ来ては、ギターを教えてくれたこと、一緒に服を買いに行ったこと、夏に花火を見に行ったこと、生まれて初めてお年玉をもらったことなど、ミリアさんはたどたどしくも一生懸命お兄さんのことを話してくれるようになりました。

 その成長の様子には、瞠目せずにはいられませんでした。カウンセラーの手助けもあったかもしれませんが、私にはやはり、お兄さんの日常的な愛情のお陰であると思いました。

 今は中学生になり、ギタリストとして、モデルとして活躍をされているとのこと、大変に嬉しく思っています。無論ご本人の努力もあるでしょうが、言葉の出なかったあの時代を知る私にとっては、やはり、お兄さんの絶え間ない愛情こそが、彼女を大きく成長させたのではないかと思っています。

 したがいまして、ミリアさんが心から尊敬し、愛するお兄さんから離して生活をさせるというのは、どう考えても得策ではありません。彼女の今後の成長のためにも、是非お兄さんと共に生活させてあげてください。本来であれば一番愛されたかった人から、この上ない苦痛を与えられた彼女こそが、誰よりも幸福になる権利を得ているのではないでしょうか。


 リョウは慌てて次の書類を捲り始める。―-中学校調理部顧問・吉見美里。

 

 黒崎さんが調理部に入った理由は、お兄さんに美味しい料理を食べさせたいからということでした。既にギタリストとして活躍をしていると聞いていたものですから、本校にある、軽音楽部やギター・マンドリン部ではなくてよいのか、と尋ねますと、「自分のギターはお兄さんとの絆を深め行くものであって、それ以外ではない。だから、お兄さん以外の人々とバンドをやることに何ら意味も興味もない。」ということを、はっきり答えました。

 「それよりも自分には母親がいないから、料理を教えてもらうことができない。だから部活動で習いたいのだ」と、彼女は入部の際の面談で私に切々と語りました。私はその話を聞いて不憫に思い、部活動で主に作るのは菓子類だったものですから、それ以外に、季節に合った料理のレシピを度々手渡したり、時には彼女のために個人指導をしたりもしました。

 普段の彼女はしゃべるのが得意ではありませんが、お兄さんのことをお話する時だけはとても饒舌になりました。二人で一緒に料理を作っていると、彼女はお兄さんが作ってくれる料理がとてもおいしいということや、自分も作って食べさせたら喜んでもらえたことなどを、嬉々として話してくれました。

 レシピを渡した翌日などは、いつも大騒ぎでした。ある時は失敗してしまったと肩を落として涙ぐみ、またある時はお兄さんが美味しいと言ってくれたと飛び上がらんばかりに喜び、まるで新婚夫婦かなにかのようにさえ感じられたものです。

 いつも黒崎さんが言うのは、お金をかけずに、栄養があり、美味しいものということでした。つまり、彼女が料理を作る最大の目的は、お兄さんに負担なく、お兄さんの健康を気遣い、喜ばせたい、ただそれだけだったのです。

 そのためだけに、彼女は日々熱心に部活動に励み、面倒なレポートも一度たりとも遅れたことはありません。

 それだけ大切に思うお兄さんから離してしまったとしたら、今後どうなってしまうでしょう。心が壊れてしまうのではないでしょうか。小学校時代の先生より、虐待で甚く心が傷つけられているとの申し渡しは受けています。その傷は一朝一夕では修復できるものではないということも。しかし、それを考慮して私が黒崎さんと接したことはありません。それにはあまりにも、彼女はお兄さんより愛されていました。満ち足りていました。いつ見ても、幸福そうでした。とても親から見捨てられ、虐待を受けていたとは伺わせない程に。

 どうぞ黒崎ミリアを、お兄さんと一緒に暮らさせてあげてください。一少女のようやくにして得た幸福を、大人の勝手な事情で奪わないで下さい。どうぞお願いいたします。

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