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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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四十七章

 そうして受験の日を迎えた。

 カーテン越しの清新な旭日の光に瞼を戦がせる。リョウは顔を顰めて、起きるか起きまいかという懸命な戦いを暫し繰り広げた後、そして突然ハッとなって飛び起きた。

 --オムライス。黄色に、真っ赤なケチャップでハートを描いたオムライス。まず念頭に上がったのが、それだった。次いで、裁判。弁護士の嫌味な顔がふと思い浮かぶ。慌てて頭を振ると、リョウは起き上がり、ミリアのベッドに歩み寄った。「おい、起きろ。」と言って覗き込むと、ミリアの大きな目は既にぱっちりと開いていた。

 リョウはごくり、と息を呑む。「まさか、寝られなかった、のか?」

 「寝た。」ミリアは極めて端的に答える。

 「そうか。」リョウは肯き、寒々しいとばかりにほんの少し、申し訳程度に布団の端から飛び出たミリアの手を取って起こしてやる。「じゃあ、とっとと準備しな。」

 リョウはそう言って暖房をつけると、台所に立ち、玉ねぎ、ピーマン、ウィンナーを細かく刻み始める。

 ミリアは緊張しているのか、いつもの変な歌も、よくわからない愛の挨拶もなく、無言ですたすたと洗面所へと歩いていく。

 リョウは心配そうにその後姿を見守ると、フライパンに油を引き、刻んだ具材を放り込む。そして飯をボウルに開けた。その間にミリアは顔を洗い、着替えを済ませ、それが済むと牛乳をグラスに注ぎがぶがぶと飲みきる。いつもの見慣れた風景の一つ一つが、リョウの心をいちいち搔き乱していく。

 「リョウ、どうしたの?」

 飯を混ぜるリョウの手はいつの間にか止まっていた。

 「あ、どうもしねえよ。」

 「緊張してる?」

 リョウは「そりゃあ、お前だろ。」そう言って嗤おうとして、そして、不意に涙が込み上げてきた。しかもこらえようと思う間もなく、それは一筋の涙になって頬を伝い落ちた。ミリアは驚愕して慌ててリョウに取り縋った。

 「どしたの? どこか痛いの?」

 リョウ自身にとっても、それは暫く口の利けない程の衝撃を齎した。人前で泣いたことなぞ、覚えている限り、無い。しかもミリアの前でなど――。リョウは涙を不意に見せてしまった恥ずかしさとそれから涙の根源である離別の苦しみと、それからそれを何とか避けたいが自分の力で避け切ることができるのかという不安とに襲われ、混乱した。

 「ねえ、何で泣くの?」ミリアは手を伸ばしてリョウの頬を拭う。「痛いところ、言って。撫でてあげるから。」

 リョウは三つ巴する感情を必死に落ち着かせようと、ミリアの愛らしい顔だけを見詰め、肩で荒々しく呼吸を繰り返した。「痛くないよ。痛くない。」

 「だって、泣いてる……。」ミリアは今にも泣き出しそうな顔で言った。

 最早、これ以上隠し立てをすることはできなかった。リョウは、ふう、と深呼吸一つすると、「……これからもずっと、一緒にいような。」と、胸の奥まで引き裂かれてしまったかのような声でどうにか絞り出した。

 「いるよ、いる。ずっといる。」ミリアは激しく何度も肯く。

 「俺、戦うから。ミリアと暮らせるように、ちゃんと、戦うから。でもさ、もし、ダメだったら……。」

 「ダメじゃない!」ミリアは咄嗟に叫んだ。無論、ミリアにはリョウが具体的に何を言わんとしているのかは、解らなかった。でも、目の前で初めて見るリョウの涙が、自分をこの上なく強く奮い立たせた。「大丈夫。ミリアが、リョウのこと、一番近くで守るから。おっかない人来ても、強い人来ても、ミリアが倒すから。リョウはだから、安心して。」

 ミリアは力強く微笑み、うんと肯くと、リョウの手からしゃもじを掻っ攫うように奪い取り、リョウに代わってチキンライスを混ぜた。

 「ミリアはずっとずっと、リョウといるよ。だって、そう、決めたんだから。あのね、一番最初に決めたの。ね、だから、元気になってね。ミリアも今日、頑張って来るから。」ミリアはそう言って綺麗に微笑んだ。リョウは濡れた瞳で呆然とそれに魅入った。

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