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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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四十四章

 ある日ミリアは学校から帰るなり、台所でキャベツを刻んでいたリョウに一枚の紙きれを差し出した。

 「何だよ?」

 包丁を置くとその紙を凝視する。――都立高校受験案内、とそこには記してあった。

 「おお、いよいよだな。もうあと一か月だもんなあ。」そしてその日程を見て、今更ながら息を呑んだ。それは裁判の日だったので。ミリアは既に調査官との面談を終えており、裁判自体には出廷しない。だからリョウは最後まで裁判のことはミリアには言わないつもりでいた。そんなことを言ってただでさえ感情に振り回されがちなミリアが、受験に失敗などしたら取り返しがつかない。それに――、正直こちらの方が理由としては大きかったが――リョウは今後の二人の生活がそこで第三者によって断じられてしまうという事態を、未だどこか、信じられずに、いた。

 リョウはどうにか鼓動を落ち着かせると、笑顔で「弁当持ってこいって、書いてあんな。何食いたいよ? なんでも好きなの作ってやっから。」

 ミリアは身を乗り出して、「オムライス!」と叫んだ。

 「任せとけ。」そう言ってリョウはどうにか、笑った。

 「今日もユウヤ、来る?」 

 慌ててリョウは。「来る来る。だから夕飯早く食っちまおう。今日はコロッケだ。お前かぼちゃコロッケ好きだろ? 二つ食っていいから。」と自分の思いを悟られぬよう、目を反らして、そう、矢継ぎ早に言葉を紡いだ。

 「わあい!」ミリアは飛び跳ねる。

 一挙手一投足に堪らなく愛おしさが込み上げる。リョウはその募り過ぎる思いに一瞬恐怖して、目を反らした。万が一、この生活が絶たれてしまったら? 法廷で自分のミリアに対する思いが伝わらず、ミリアを奪われてしまったら? ミリアは、自分はどうなってしまうのだろう。そんな疑念が否応なしに想起されてくる。

 「リョウ?」ミリアが不安気に見上げる。リョウはいつの間にか包丁を持った手を止め、呆然と一点を見詰めていた。

 「ミリアが、キャベツ、切る?」

 「否、大丈夫。それよりもお前、ユウヤ来るから早く食っちまえよ。な。」

 リョウは大きな瞳をひたと向け、心配そうに首を傾げるミリアを見下ろすと、生唾を呑み込んだ。くるしい程に抱き締めたかった。


 「おい、凄ぇぞ!」隣の部屋からユウヤの歓声が上がる。「八十点!」

 びくりとしてリョウはギターを置くとそっとドアを開け、隣の部屋を覗く。

 「リョウ、見て! ミリア、数学八十点なの!」

 リョウは目を見開く。

 「凄いっすよ、これ、去年の過去問なんすけど。ミリアちゃんほら、ここまで全部、丸。」

 「え、マジで?」

 リョウは二人に歩み寄ると、テスト用紙を手に取り凝視した。

 「このまま行きゃあ、S高どころの騒ぎじゃねえっすよ。」

 「でも、もう、願書出しちまったし……。」

 「あのね、S高には、モデルやってる先輩もいるの。でもね、怒られないって。」

 「ほう。」リョウは肯く。確かに秋ごろに、学校見学会があるとかでミリアはS高校へ行き、そこでの生活ぶりを聞いてきたことがあった。「まあ、自分に合った高校に行くのが、一番だよな。」

 「まあ、そうすけどね。」ユウヤはどこか悔し気に言う。

 「それにS高はね、大学に行く人もいっぱいいるの。ミリア、大学生になるの。」

 「おお!」リョウはミリアを抱き上げた。「凄ぇぞ! 大学生か! 俺の妹の分際で大学生とは、出世頭だなあ、おい! じゃあさ、高校受かったら、ユウヤに大学案内してもらったらいいじゃん。」

 床に下されたミリアはぱちん、と手を叩いて歓声を上げる。「行きたい行きたい!」

 リョウはあれ、と訝った。たしか以前、例の女子大生ファンに大学案内してもらえ、と行った時には特に何の反応も示さなかったのではなかったか?

 「いいよ。じゃあ、合格したら講義室に、学食に、サークル室、連れてってやるよ。」

 「うわあい!」

 その様を眺めながら、リョウは果たしてそれまで自分はミリアと過ごせるのだろうかと、再び心がずしりと重くなるのを覚えずにはいられなかった。慌てていかんいかん、と首を振る。ミリアは拙くも一生懸命、自分とこれからも一緒に過ごしたい旨を調査官に伝えたという。あとは自分の力量だ。ギターならば、歌ならば、ライブパフォーマンスならば、誰に負ける気はしないのに。それこそビッグバンドの前座であろうが、千人規模のホールであろうが、怖じる気は全くないのに。誰であってもどこであっても、必ずや圧倒してみせる自信が、ある。ただ、ミリアをかけて裁判所とやらで勝敗を決する、それを思うだけで自分は悉く卑小な存在になった。無力で、ちっぽけで、怖がりで……。

 「リョウも、覚えてる?」ミリアは顔を曇らせたリョウの腕を掴んで、揺らした。「高校受かったら、何でも言うこと、聞いてくれるって。」

 「あ?」リョウはふと我に返った。「あ、ああ。」顔を強張らせたままどうにか微笑むと、「……しっかり考えとけよ。」とミリアの頭を撫でた。

 それを見てユウヤは一人身を震わせた。ミリアが何を言おうとしているのか、何となく、わかるような気がして。否、でも、そんな筈はあるまい、高校合格の祝いと言えば、腕時計だとか、ちょっと上質な鞄とか、その程度に違いない、とごくりと生唾を呑む。

 「じゃあ、そろそろ時間だし、お前は明日も早いんだから早く寝ろよ。」リョウに言われて、ミリアは素直にはあい、と答えるとさっさと風呂場へ赴く。リョウはそれを見届けると寝室にユウヤを招き入れ、慣例となりつつあるスナックとジュースでの、到底デスメタルバンドのフロントマン同士とは思われぬ打ち上げを始めるのであった。

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