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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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四十三章

 ミリアがこの大事な時期に風邪なんぞ引かないように。夜食用に消化がいいように。体を温められるように。朝時間がなくても食べられるように。

 ミリアのことを考えるだけで、買い物籠には次々に食材が投げ込まれる。けれど、約束の一時間はなかなか経たない。無駄にあれこれと夕飯の材料を選びながら、リョウはさすがにそろそろいいかなと、やけに重たくなった買い物袋を提げてアパートに戻ってきた。

 そこに先程の調査官が、アパートの上から目ざとくリョウを発見し、「ありがとうございました。」と幾分晴れ晴れした様子で声を張り上げる。すぐさま階下へと降りて来ると、「ミリアさんのご意向、しっかりと伺えました。ご協力、ありがとうございました。」と頭を下げた。

 ミリアは何て言っていたでしょうか、咄嗟にそう聞こうとして保護者としてのプライドがむくむくと頭をもたげてくる。リョウは目を反らして「どうも。」とだけ言うと、軽く頭を下げた。

 「それから、」調査官はバッグを肩にかけ直すと「今後ミリアさんの学校関係の方々にも調査は致します。よろしいですね。」

 「はあ、どうぞ。」リョウは気の抜けた返事をする。「あ、でもそれって、ミリアの成績のこととかも、関係あります?」おそるおそる訊ねた。

 「成績ですか……?」

 「あいつ、この間まで成績最悪だったんすよ。最近は家庭教師つけて勉強さしてるから、多少マシになりましたけど……。それって、俺の監督不行き届きとかに、なっちまうかな?」

 調査官は暫し考え込み、「大丈夫だと思います。それよりも重視されるのは、お兄さんの日頃からの学校へのかかわり方でしょうか。行事やPTAなど。」

 リョウは声を上げて笑う。「やった! 俺は今年運動会でリレー出ましたよ。ダントツ一位。まあ、周りはジジイばっかだったからな。……あと、授業参観で一緒に『走れメロス』も読んだし。結構感動するんすよ、あれ。」

 調査官はにっこりと微笑む。「お兄さん、本当にミリアさんを大切にされているんですね。」

 リョウは思わず咳込む。

 「い、いや、いや、……ほら、だって俺、暇だから。」

 「本当ですか?」悪戯っぽく調査官は笑った。「お兄さんのレッスンが人気だというお話は調べがついておりますよ。近々お仕事関係の方々にもお話を伺いに参るつもりですし。」

 「え。」リョウは目を見開く。「俺の方にも、調査するんすか。」

 「ええ。そうですね。経済状況の把握をしないとなりませんし、また、ミリアさんも少なからずそこにかかわっていらっしゃるわけですから。」

 リョウは暫く考え込むと、「バンド関係はあんま真面目な野郎いねえから、まともな話は聞けねえと思いますよ。」と微笑んで言った。

 「大丈夫です。こちらもプロですから。今までにはヤクザさんのお屋敷にも、大会社の会長さんのお宅にも伺ったこともありますし、どなたであろうと、裁判に関係する材料は集めてみせます。」そう言って調査官は凛々しく微笑んだ。「それでは、今度は裁判所でお会い致しましょう。何卒よろしくお願いいたします。」

 「こちらこそ。」リョウは再び頭を下げた。

 調査官はすたすたと駅の方向へと歩いていく。


 「リョ、ウー!」ミリアがサンダルの音を響かせながら、階段を一段飛ばしに駆け降りてくる。そしてリョウの腕に取り縋った。「大丈夫だった?」

 「何がだよ。買い物してきただけだろ。」

 ミリアは調査官の後姿を見ながら、何やら肯いた。「あのね、ミリア、泣いちゃったの。」

 「何で?」リョウはぎょっとしたようにミリアを見下ろす。「あいつに、何か言われたのかよ?」

 「言われない。」

 リョウは呆れたようにミリアを見下ろした。

 「ふふ。リョウと一緒にいたい、って言ったら、泣いちゃった。」

 「何だそれ。」

 リョウは買い物袋とミリアをそれぞれ左右の腕に抱え家に入る。

 

 「大丈夫かなあ、何でもねえのに泣いたりして、精神的不安定とか言われねえか? それによお、今度はお前の学校にも調査すんだって。どうすんだよ、0点取ってたこと、バレるぞ。」

 「別に、いいもの。」

 何が、いいもの、だ。リョウは渋い顔をして夕飯の支度を始める。その様をうっとりとミリアはテーブルに頬杖ついて眺めた。

 「何、お前。にやにやしながら人の顔見てんじゃねえよ。」

 「リョウ、かっこいいわね。一番素敵ね。」

 リョウは眉根を寄せて米を研ぎ始める。

 「さっきの人にね、リョウがいなかったら死んじゃってたって、言ったの。ミリア、痩せっぽちてたでしょ? 頭に虫もいたし、それに、お話もあんまり、できなかったでしょ?」

 リョウは顔を上げた。

 「そうゆうこと、おばさんに一個一個言ってたら、リョウがいなかったらミリアはいないし、絶対にリョウと一緒にいなきゃだめ、って思って、もっともっと好きになったの。」

 リョウはびくりと驚いたようにミリアを見詰める。そして慌てて米を再び研ぎ始めた。

 「早く、……スウェーデン行こうね。」

 「はあ? スウェーデンだぁ?」リョウは米を研ぐ手を止めて、頓狂な声を上げる。「AT THE GATESでも観に行くのか?」

 「んーん。」ミリアはそっぽを向いて微笑む。

 「DISMEMBERか。」

 「内緒。」

 「In Flamesなら来日してくれるぞ。」

 「ふうん。」

 リョウはふん、と鼻を鳴らした。「んな寒い所行ったらお前、風邪引くからな。」

 ミリアは一人空を見詰めて微笑み、そして突然感極まったように目を閉じ、頬を両手でぎゅうと抑え込んだ。

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