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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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四十一章

 ミリアは日々勉強とギターに励み、そして偶の日曜日には撮影に行った。その日になると前日には例の如く、スムージー食になるのと、半身浴を取り入れるのですぐわかるのである。

 「んなことして、何か変わり映えすんのかよ。」

 「する。」ミリアはそう、既に三十分も籠っている風呂場の中から答える。

 「なら、いいけどさあ。風邪引くなよ。」ぷい、とリョウはリビングに戻りギターを弾き始める。

 ミリアは一人空の一点を見詰めて、明日に迫った調査官との面談について頭を巡らせていた。リョウは調査官との面談なんぞは大したことがないという風に言っていたが、ミリアからすればこれでリョウとの生活の存続如何が決まる、史上最大の重大事項に相違なかった。

 だから美桜は先日、学校の、誰もいない屋上へと上がる階段の踊り場に美桜を呼び出し、相談をしたのである。

 「調査官との面談?」と、美桜は眉根を寄せて聞き返した。部活動の声がグラウンドから響いている。窓から夕焼けが強く差し込み、ミリアは目を細めた。

 「裁判の前に、そんなのがあるの?」

 「裁判所の人がきて、ミリアの気持ちを聞くっていうの。」

 「よかったじゃない。」

 「よくない。」ミリアは困惑する。「知らない人に、何て言ったらいいのか、わからないの。リョウも教えてくれないの。」ミリアは焦燥しながら美桜に縋り付く。「だのに、もう、明日の夕方、家に来るっていうの。」

 美桜は真剣な顔して腕組みをする。

 「要は、」口許をキッと固くして、「お兄ちゃんとの生活がとても豊かで素晴らしくって、絶対に変えたくない、って言えばいいのよ。」

 「リョウは、とっても優しいよ?」ミリアは泣きそうになりながら訴えた。

 美桜は肯く。「わかってる。私は。でも、それを知らない人に、どうやってわかってもらえるかよ……。」美桜はうーん、と唸った。そして、「お兄ちゃん、本当に優しい人だけれど、勘違いされ易い容貌をしているから……。」

 「職質ね。」すぐさま思い当たってミリアは泣きそうな声で呟く。「リョウとデートすると、警察ばっかり寄って来るの! 邪魔っけなの!」

 美桜は肯く。「だから、きっとマイナス出発の面接になると思うから、一つ一つ勘違いを解いていくのよ。たとえば、」美桜は片目を閉じて言いにくそうに、「虐待されてませんか、とか言われたら。」

 ミリアはハッと両手で口元を覆った。「酷い……。そんなのって……。」

 「うん、でも言われてしまうかもしれない。そしたら、なんて言って、説得する?」

 ミリアは真剣に頭を巡らせた。「あのね、毎日ご飯作ってくれるの。リョウはいっぱいバイトしてたから、料理屋さんとかでも、してたから、ご飯、とっても、とっても、美味しいの。お弁当だって綺麗に可愛く作ってくれるし。朝は起こしてくれるし、ミリアが一番大切って言ってくれるし……。」ミリアは手振りを交えながら必死に説明をする。

 「そうそう!」美桜は突然手を叩いた。

 「なあに?」

 「そうやって、一生懸命話して? それから、もっと口を大きく開けて、大きな声でしゃべると、いいかも。ほら、前、スピーチコンテストやったじゃない。あんな感じよ。」

 ミリアは神妙そうな肯く。「リョウは、とっても、優しいんです。」ミリアは一語一語精一杯口を開いて言った。

 「んー、今のはちょっと不自然かな。でも、大丈夫。方向性は、合ってる。その、伝えようっていう意気よ。内容はとにかくいつも思っていることを言えば、大丈夫だと思うから。」美桜はミリアの手を握り締めた。

 「何してるのー。」と言って階下から顔を覗かせたのは、同じクラスで、ついこの間まで演劇部の部長を務めていたサキである。職員室で勉強の質問でもしていたのであろうか、手には英語の問題集を丸めて握りしめている。

 「サキちゃん。」ミリアは泣きそうな顔して呟いた。「助けてほしいの。」


 サキはミリアと美桜の話を一通り聞くと、「簡単よ」と明るく言い放った。「泣けばいい。」

ミリアは茫然とする。

 「サキちゃんじゃないんだから、そうそうすぐには泣けないよ。」美桜が代わりに恨めしそうに呟いた。

 「大丈夫。コツを教えてあげる。人生で起きた、一番悲しいことを具体的に思い浮かべるの。それだけだけど。」

 ミリアは暫く固まっていたが、やがて意を決したように肯いた。

 「あのね、撮影の時にも『笑って』、って言われるの。『泣いて』、って言われたことはまだないけど。で、ミリアはカメラマンさんと楽しい話をするの。音楽聴いたり。そうすると、ぐっと笑えるの。」

 「おんなじだよ。」サキはあっけらかんと言う。「記憶で、今の自分の感情を操作するの。」

 「そんなの無理だよ。ねえ? ミリアちゃん、できる?」美桜は心配そうにミリアを見詰めた。

 「だって、お兄ちゃんと暮らしたいんでしょ? この間校門で騒いでた人とじゃなくって。……悪いけど、」サキは丸めた英語の問題集で、ぽんぽんと自分の太ももを叩きながら、少々苛立ちを込めて、「私だったら、あんな人と暮らさなきゃいけなくなるぐらいなら、頑張って泣くよ。だって、嫌じゃん。」と言った。

 ミリアは神妙に頷く。

 「私だって体育館のステージで変な服着てスポットライト浴びて、別に泣きたくなかったけど、彼氏に一方的に文句言われて別れた時のこと無理やり思い出して、悔し泣きしたよ。」と二人に向かって言った。

 「え、文化祭の時、そうだったんだ。」美桜は茫然として呟く。「あの演技、先生たちも生徒たちもみんな、大絶賛だったのに……。」

 「あれはねえ、タカヤが散々私のことを尻軽とか、二股かけてるとか、ないことばっか部活で友達と言ってたことを思い出して、泣いたの。」サキは顔を顰めてそう囁いた。「泣けるでしょ。」

 美桜は口をぽっかりと開けている。

 「私、やってみる。」ミリアは神妙に頷いた。「辛いこと。思い出す。サキちゃんみたいに上手には、できないと思うけど。」

 「できるよ。」サキはミリアを勇気づけるようにして笑った。「だって、あなたはプロのモデルじゃない? 絶対、できるはず。」

 グラウンドからは練習試合中の野球部の歓声が上がった。ミリアはうん、と肯く。

 「頑張って。」サキはにっこりと笑うと、丸めた問題集で今度はミリアの腰を叩いた。

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