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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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四章

 しかし翌日、ミリアが持ち帰ってきた英語のテストは再び、0点であった。

 リョウはその答案を見て仰天した。

 確かに猫はない。一匹もいない。しかしそこに書かれていたのは全て、昨日教えた自分の歌詞の日本語訳そっくりそのままだったのである。

 リョウは信じられないとばかりにミリアを見、そして答案を見、それを何往復かした後、がっくりと項垂れた。

 ミリアは気の毒そうに首を傾げている。

 「お前なあ。何でin many ways,I am a rich manの訳が、夢と現実とが己の心臓を締め上げる、絶望の海で溺死をする、になんだよ? 全然関係ねえだろうが! 単語数すりゃ合ってねえ! 絶対採点した先生、爆笑してんだろ!」

 「でも。」ミリアの眼は悲嘆に暮れている。「リョウが昨日言ったもの。それに、猫やめた。」

 「ああ、そうだなそうだなあ! 確かに俺が言った! 猫の落書きもどこにも、ねえや!」

 半ばやけっぱちてリョウは言った。そして目の前のミリアをじっと見つめた。

 セーラー服を着込み、背も随分伸びた。今や同級生の中でも背は高いほうであろう。しかしその中身は、初めてリョウの家にやってきた小学一年生の頃から何一つ変わっていないように見える。言葉足らずで勉強は駄目、片付けもからっきし。ギターと料理だけは誰もが瞠目するが……。リョウははあと溜息を吐く。

 「……やっぱ俺じゃ駄目だ。俺が勉強なんぞを教えるから、こうなんだよ。他の賢い皆さまは一体どうしてんだ……。」

 ミリアは微笑んで、「塾。」と答えた。「美桜ちゃん、塾行ってる。」

 「そうか!」リョウは、はっとなってミリアの両肩を掴んだ。「お前も、塾行きゃあいいんだよ。そうだよ、そうそう! 受験生は塾ぐれえ行くもんだろ。美桜ちゃんと一緒なら、お前もちったあ楽しく勉強できんだろうが! んな、しけた面してんじゃねえよ。」

 「……ギターは?」恐る恐るミリアは尋ねる。

 「はあ? ギターなんざまだまだ触らせねえよ。何せお前は0点なんだぞ、0点。あと30点取らねえとダメだ!」

 ミリアはしゅんとなる。

 「お前、明日美桜ちゃんに、どの塾行ってんのか教えてもらってこいよな。そしたらすぐ連絡付けてやっから。」

 ミリアは翌日、確かに美桜から塾の情報を得てきた。美桜が書いたのであろう、綺麗に折り畳まれたルーズリーフには塾の名前ばかりか住所、簡単な地図、電話番号までが美しい字で書かれている。リョウは美桜のミリアとは全く異なる行き届いた配慮に瞠目した。ミリアにギターばかりではなく、習字の一つでも習わせてやればよかったと今更ながら思いなす。

 リョウは早速その電話番号に掛けてみる。すぐに受付の女の人が出た。今年から中学三年生で、できるだけ早急に入塾したいのですが、そうできるだけ丁寧に告げると、はきはきした女性の声は、それでは入塾テストの日程を後日お知らせします、と言う。リョウの頬は引き攣った。

 「テスト? え? 塾入るのにテストがあるんすか?」

 「はい。本塾では成績別でのクラス分けをしておりますので。」

 「それって、……」ごくり、と生唾を飲み込む。「落ちますか? あの、うちの」ミリアは、と言おうとして「娘は、……大層勉強が苦手で、その、あの、0点なんです。」

 「0点?」頓狂な声が響く。「それは、何が0点なのでしょうか?」

 「あの、全教科です……。」

 電話の向こうで息を呑む音がする。

 「……うちは難関高校に合格をすることを目的としております。あの、そういったご事情でしたら、別の補習専門の塾を当たられた方が……。」

 リョウは深々と頭を垂れ、そして、電話を切った。

 ミリアは我関せずとばかり台所で鼻歌なんぞを歌いながら、つんつんと野菜か何かを菜箸で突き、茹でている。塾には入れない、それがミリアを喜ばせるのか落胆させるのかはわからないが、いずれにしても早急に代案が必要となったと、リョウは腕を組みながら練り始めた。

 こんなことばかりをしていると、自分の作曲も滞る。そもそも、一体どこに妹の成績で思い悩むデスメタルバンドのフロントマンがいるというのか。リョウは頭を掻き毟った。しかも、この種の苦悩では歌詞にも全く生かされやしない。それにミリアにもさっさとギターに邁進できる環境を与えなければ、バンドの将来も、無くなる。どうすべきか、と考えた時にリョウの脳裏にぱっと一人の顔が思い浮かんだ。

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