三十四章
不意の母親の来訪は、ミリアにとって衝撃的な出来事であったにも関わらず、ミリアはスケジュール通りに翌々日から早速撮影に行き、仕事をこなした。笑顔だのポージングだのは相変わらず不得手だったが、カメラマンの巧みな話術でバンドの話、リョウの話を引き出され、その内にミリアは心からの笑顔となり、言われるがままであるものの、ポーズも取れるようになってきた。
そこにやってきた社長に「ちょっと、いいかい。」と現場奥の化粧室付近まで連れていかれると、 「先日、母親という人から連絡があったよ。」と告げられた。
ミリアは目を見開いた。
「その人が言うのは、ミリアと一緒に暮らすことになったから、ミリアの給与口座を変えてほしいというということだった。」
ミリアは顔を覆って、激しく首を横に振る。
「わかっている。あれだけミリアを大切に思ってくれているお兄さんがいるのに、そんなことはあり得ないと言っておいたよ。」
ミリアは安堵の溜息を吐くと、「……ありがとう。」と呟いた。
「お兄さんから、連絡ももらっている。ミリアの登下校中を付き纏って、そこを送迎にしたら激昂して家に突然やってきて、散々暴言を吐いていったと。」
ミリアは激しく頷いた。
「確認をしておくが、ミリアは、お母さんとは、縁を持ちたくないんだね?」
「リョウといたい。」ミリアは潤んだ瞳で訴えた。「リョウと、いたいの。」
「わかった。」社長は深々と頷いた。「でも、母親というだけで、子供は一緒に暮らすべきだと見なす風潮もある。実際に親権は父親亡き後は母親にしか、認められていない。」
ミリアは息を呑んだ。
「母親の今後の動きはわからないが、万が一法的手段に出たとしたら、お兄さんが不利になるかもわからん。」
「でも、でも。」ミリアは自分で自分を抱きしめながら、「ミリアは、リョウとスウェーデン行って、結婚するの。……決めてるの。」と言った。
しかし社長は嗤わなかった。「そうか。それがいいかもしれんな。」
ミリアの方が逆に呆気に取られて、「え?」と尋ねた。
「まあ、色々と障害はあるかもしれんが、」と社長は飄々と述べる。「それぐらいの方が、人生面白味があっていいだろう。」




