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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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二十五章

 開演間近となった。今回ばかりはBlack Pearlのライブである以上、時間を押すことはできない。

 

 ミリアはギターのネックを握り締め、固唾を呑んで、ステージに降ろされた幕の合間から客席を見遣った。いつの見慣れた長髪の精鋭たちは一人もいない。リョウがBlack Pearlのゲスト出演を発表した時には、既にBlack Pearl側でチケットが完売していたのである。精鋭たちは恨みつらみを訴えていたようであるが、最早リョウにもどうすることはできない。代わりに席を埋めている客層は若く、二十歳そこそこに思われる。それにやたら女性が多くいるのも、驚きだった。

 後方から近寄って来たリョウがミリアの肩に手を置く。「客がどうのなんざ気にすんじゃねえよ。周りがどう変わろうが、お前はお前だろ?」

 ミリアは肯く。

 「じゃあ、いつもの通りにやるべきことを、やるだけだ。」

 アキが「お先ぃ。」と言って二人の脇を過ぎ、ステージに躍り上がる。続いてシュンがミリアとリョウにガッツポーズを取って、飛び出して行く。そしてミリアはリョウの顔を見て一つ肯き、ステージに立った。

 SEが流れ出す。今日の日のためにレコーディングをした、リョウとミリアのアコースティックギターのユニゾン。寂寥の中にも強靭さと孤高が覗く、聴く者によって色を変える、両義的な曲である。すると、思いがけない歓声が起こった。多くの若い女性の声だった。その中に、ミリアの名が絶叫される。

 「ミリア―!」

 「ミリア!」

 ミリアは驚いてリョウを見上げた。リョウも驚きを隠せない顔つきで、ミリアを見下ろす。しかしすぐに平生のフロントマンに戻ると、三人を順繰りに見据えた。そして「行くぞ。」と低く押し殺した声で言った。

 三人が肯く。アキが高々とスティックを掲げた。それが落とされると同時に轟音が鳴り響いた。

 幕が一気に落とされる。

 

 観客のよりダイレクトな歓声が四人を襲った。リョウは凄まじい咆哮を上げる。客は、一瞬たじろぎ、それから身を固くした。しかしだからといって躊躇する姿勢など、このLast Rebellionにあるわけが、無い。

 ミリアはモニターアンプにどっかと脚を置くと、突き刺すような鋭いリフを刻んだ。そうして睨んだ先には――、さすがにミリアは驚いた。若い女の歓喜に満ちた顔が前へ前へと次々に押し寄せていたから。

 明らかに、Last Rebellionのライブには来たことのない人たちだ。ミリアは一瞬不審げに彼女らを見下ろし、そしてはっと思い至った。モデルとしての自分を見た人に相違ない、と。見れば彼女らはどこかあの雑誌で着せられた、コンサバなファッションに身を包んでいるではないか。

 デスメタルなんぞ、人生で掠りもしなかった連中。

 ミリアは彼女らに最初にメタルの経験を与えられることに、大きな誇りと喜びを感じた。

 各々の心の奥底に眠る絶望と、憤怒と、闘争心と、それから僅かな希望を膨れさせてやりたい、と思う。自分の得た、発狂するような究極的な憎悪を追体験させてやりたいと思う。それが先程Black Pearlのギタリストが言っていたように、生きるエネルギーにつながるのだから。

 ミリアは満身に力を籠め、華麗かつ凄まじいソロを弾き終えると大声で笑った。そこにリョウのグロウルが響き渡る。

 一曲目が終わろうとする時、完全にミリアのファンは熱狂し、それ以外の、おそらくはBlack Pearlのファン、すなわち怯え硬直していたかに見えた客たちも拳を上げ、頭を振り出した。四人の胸に抗いようのない興奮の波が押し寄せる。

 息つく間もなく、二曲目、『BLOOD STAIN CHILD』のイントロが始まる。しかし最初のリフより一瞬先に入ったのは、リョウの呼吸音であり、その直後に繰り出された、本来入る筈の無い、凄まじいまでの地鳴りを誘引するようなグロウルだった。

 ミリアは驚愕し、しかし、その一音目に後れぬよう極めて集中してリフを刻み始める。誰もを圧倒し、誰もを屈服させ、誰もを震撼させる、自分の曲――。ミリアは腰を落とし、この広すぎるステージをフルに使うべく激しくヘッドバッキングを入れながらリフを刻み続けた。

 更にリョウは獣もかくやあらんとばかりの咆哮をがなり立て、そして戦車の如き重厚かつ攻撃的なリフを刻み続ける。ミリアもそれと全く同じ音から、三度上がり、五度上がり、そして戻り、一分さえ違わぬ完璧なメロディーを生み出した。

 ミリアはまざまざと自己の得た絶望の日々を思い起こす。そしてそれを音にして全ての客に突きつける。客は次第に前方へ前方へと、向かってくる。

 そしてミリアのソロに入る。

 ミリアはステージ中央へと立ち、リョウの音を返すモニターアンプに脚を掛けると、頭を振り下ろし高まる死への希求を表したスウィープを弾き始めた。細かな、そして一音とて狂わぬ確実な速弾きに多くの顔が驚嘆する。そして辿り着いた先での、うねる悲嘆を込めたチョーキング。

 歓声が上がる。ミリアはしめた、とばかりにあらゆる悲しみと、孤独と、それから身を焼く口惜しさを奏で、そして下がった。

 次いでリョウが吠える。その度に観客は身を捩り、拳を振り上げた。次第に見慣れた風景に近づいていく。ミリアは脚を開き、腰を落とし、髪を振り乱してリフを刻んだ。

 あれほどこのステージに立つことに消極的であったシュンさえも、頭を振り、時折叫んでは客を呷る。右から、左から、客は次第に熱を帯びて来る。

 一曲目が終わる瞬間、カッと客席全体を照らすライトが、客の驚嘆とも歓喜とも、憧憬とも、何とも言われぬ顔を一斉に照らし出した。メンバーの背に、震撼が走る。

 次の曲に入る、その合間には更なる歓声が躍った。Last Rebellion! ミリア! そう口々に観客は言い慣れぬ単語を叫ぶ。ミリアはそれに応えるように、右手を高々と上げ、微笑んだ。

 客の様相が戸惑いから熱狂へ変わるのに、それ程の時間は掛からなかった。誰もがリョウを崇め、ミリアを賛美し、シュンを憧憬し、アキを称揚した。とりわけミリアの一挙一動に多くの観客が酔いしれた。

 そして、ライブは終わった。

 

 幕が下り、客席に再び灯りが灯る。次なる本命を待ちわびるにしては疲弊し切った面立ちで、観客たちはその場に呆然と立ち尽くした。今のは何だったのであろう、誰もが無言の裡に問いかけ、そしてその幻惑をもう一度味わいたいと冀うのだった。

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