二十二章
ミリアが実際に雑誌に登場したのは、その翌々月のことであった。それまでに二度の撮影があった以外は、いつも通りに暮らしていたところ、突然雑誌が茶封筒に入って家のポストに投入されていたのである。それを柄にもなく誰よりも早く開け、なぜだかソファに正座して顔をくっつけるようにして熟読し出したのはリョウだった。メタル雑誌以外目を通したことなぞ人生においてまるで皆無だったが、被り付くようにして読んでいる。ミリアはその様を不思議そうに眺めた。
「黒崎ミリア。今月号からRASEモデルになりました、……何だ、こりゃ。お前の字だな。下手糞って言われなかったか?」
「言われない。」ミリアは少々不機嫌に答える。
「で、何? 趣味はエレキギター、夜はハードなヘビメタギタリストやってます。……ヘビメタ? ヘビメタとか蔑称使ってんじゃねえっつったろが、クソが。」しかしリョウは雑誌から顔を一ミリも遠ざけることなく、なお読み上げる。「お兄ちゃんとLast Rebellionというバンドをやっています。皆さんぜひライブに来てくださいね。……まあ、これはいいか。でもお兄ちゃんとか、この方人生で一度も言われたこたねえぞ。」
「……お、兄ちゃん。」
はっとなってリョウはミリアを見詰めた。眉間に皴を寄せている。
「……無理すんじゃねえ。……好きな動物は猫。好きな色は青。好きな食べ物は卵。……で? え? 好きな異性のタイプはお兄ちゃんです。……って、マジか。」
リョウは再びミリアを見上げる。
「うん。」ミリアは微笑む。
「……で、皆さんよろしくお願いします、か。」
ううむ、とリョウは腕組みをしながら唸る。
「まあ、頑張れよ。……でも、勉強も忘れんなよ。そっちの方が遥かに大事だかんな。」と気の抜けたように呟くと、ミリアはいそいそと学校の鞄から一枚のテストを取り出すとリョウに見せた。
「あのね、22点。」
リョウはすぐさま引っ手繰ってそのテスト用紙を凝視した。理科、22点。リョウの目がカッと見開かれる。
「お前! ……お前! 凄いじゃねえか! あと8点で、あとたった8点で、高校生になれるじゃねえか! しかも、理科! 球が落っこちてくるやつじゃねえか! これ、お前の得意の英語と合わせりゃ、もう合格じゃねえか!」そこまで唾飛ばしながら叫ぶと、感極まってミリアを抱きしめる。
「ユウヤが教えてくれたの。」
「そうかそうか。」と抱きしめたまま頭を何度も撫でる。そしてぐい、と離ししかと目を見詰めると、「しっかり頑張れよ、あんだけお前はギターが弾けるんだ。音楽理論だってバッチリわかってんだ。ソロ作れっつったら凄ぇソロ作れるんだ。賢いんだよ、お前は。俺にはわかってる。よーし。」リョウは何やら思い立ち、立ち上がると台所へ向かう。「二十点突破祝いだ。お前の大好きなオムライス作ってやる。ケチャップだってハートにしてやる。待ってろ。……あ、そうだ。」リョウはにやりと笑った。「高校合格したら、合格祝いに何でもお前の欲しいモン買ってやるし、何でも言うこと聞いてやる。何でもだ、何でも。……あ、でも生の猫以外、な。それは、……家、追い出されちまうから。すまん……。」そう言って後半は随分意気消沈したが、ミリアは目を輝かせて立ち上がる。
「何でも?」
「あっはっはは」想像以上にミリアのやる気を引き出してみせたぞ、伊達に未婚の保護者をやってねえと、リョウはふんぞり返って笑った。「男に二言はねえよ。だから勉強頑張れよ? でも、たったのあと八点だからな。ちょっとやりゃあ、すぐだな。今からご褒美考えておけよ。」
リョウはそう言って台所に立つと上機嫌で卵を割り、勢いよくかき回し始めた。
ミリアは歓喜の笑みを浮かべ胸の前で手を組んだまま、暫くそのまま固まっていた。
「何でも言うこと聞いてやる」その言葉がいつまでもミリアの頭の中で、ガブリエルのラッパの如く、荘厳に鳴り響いていた。




