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BLOOD STAIN CHILD Ⅱ  作者: maria
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二十一章

 「ミリア―!」家に入るなりリョウはこれぞメタルバンドのボーカリストとでも言うべき、大声を張り上げる。ミリアは台所で大根を切っていたが、びくりと肩を震わせると玄関へと何事かと顔を出した。

 「無事か?」

 「……うん。」ミリアは目を見開きながら答える。

 リョウはそれを言い終えるや否かのタイミングでミリアを抱き締めた。それから顔を見、腕を見、なぜだか頭のてっぺんを覗き込んだ。

 「大丈夫だったか。裸になれとか男と絡めとかって、言われなかったか?」

 ミリアはこっくりと頷く。

 「とりあえず、今日は、無事に終わったんだな?」

 ミリアは再びこっくりと頷く。

 「良かったー。」リョウはミリアを再び抱き締め、盛んに頭を撫で摩った。

 「大根、茹でるから。」

 「おお、茹でろ茹でろ。」

 リョウは安心しきった笑みを浮かべながらリビングに入ると、ソファに脚を広げ寝転がった。「今日は祝杯だ、ビール飲むぞ。悪いな。」

 「また来月、やるの。」

 「何?」リョウは慌てて起き上がる。

 「来月も日曜日に、学校ない日に、撮影行ってくる。」

 リョウはごくりと生唾を飲み込んだ。「小遣いなら、いつだってやるぞ?」

 ミリアは苦笑しながら首を横に振る。

 「……楽しかったの。いつものミリアじゃなくなるの。違う人に、なれるの。」

 と言って、ミリアはリビングに置いた鞄の中から茶封筒を取り出し、更にその中から今日撮ってきたばかりの写真をリョウに手渡した。

 リョウはそれを見て、息を呑んだ。

 そこにいるのは、ミリアによく似た、たとえば姉ともいうべき人の姿だったから。化粧のせいでもあろうか、とても中学生には見えない。どこぞの清楚な女子大生とでもいうべき、ミリアによく似たその人は、洒落たベージュのバッグを肩に掛け、パステルピンクのひざ丈のワンピースを着て小首を傾げ微笑んでいる。

 「ミリアはブルーが好きなんだけれど、ピンクの方が、似合うんだって。だから、ピンク。」

 リョウはああ、と曖昧な返事をすると、次の写真を捲った。今度はイエローのカーディガンに白のショートパンツを合わせ、子犬のリードを引いている。

 「猫ちゃんがいいって言ったんだけど、もう、犬がいたの。」

 うん、とリョウは肯く。

 次の写真は、爽やかな白地のTシャツに、ひらひらとしたロングスカートを合わせた格好で、ちょっぴりつまらなさそうに遠くを見ている。

 リョウは慌てて今度は眼前のミリアを凝視した。

 「これ、全部、ミリアなのか?」

 「うん。」

 再度三枚の写真を凝視し、ミリアの隣に掲げ、見比べ、そして「そうか。」と溜息交じりに呟いた。

 「随分、大人びてるな。」

 「うん。」

 「化粧、したのか。」

 「うん。」

 「頭、美容師さんやってくれたのか。」

 「うん。」

 「……それで、楽しかったのか。」

 ミリアは微笑んで「うん。」と肯いた。

 リョウはそれに安堵と喜びを覚えつつも、一抹の寂しさを覚える。そして、それを慰謝すべく底意地が悪いと自覚をしつつも、「……ギターと、どっちが?」と恐る恐る尋ねずにはいられなかった。

 「ギター。」ミリアは即答する。

 「だよな! やっぱ、ギターだろ? ライブで客と、何つうか本能でぶつかり合ってよお、泣かせて笑わせて叫ばせてよ、そっちの方がいいよな!」

 「うん。」ミリアは笑顔で肯いた。ようやく、リョウは安堵した。


 ミリアが作った風呂吹き大根を頬張りながら、リョウはしきりにミリアに話し掛ける。

 「美人って、言われたか?」

 「んーん。」ミリアは首を横に振る。

 「そうか。じゃあ、可愛いって、言われたか?」

 「ちょっと。」

 「そうか。」リョウは期待外れと言ったように、肩を落とす。

 「でも、……凄ぇ美人だ。」

 ミリアは思わず箸に挟んだ大根を床に落とした。

 しかしリョウは部屋を見回していたためにそれに気付かない。写真をどこに貼ろうか、それを考えていたのである。ふと、パソコンデスクの上に目が留まった。そこにはミリアがこの家に来た翌日、郊外のアウトレットモールに買い物に行った際、シルバニアファミリーの店でミリアとうさぎの着ぐるみと一緒に撮った写真と、ミリアが初めてステージに立った時の、年甲斐もなくやたらクールにギターを弾いている写真と、それからミリアが無理矢理貼った、幾分乱れた赤髪の中から凄みを聴かせたリョウのライブ写真が飾ってあった。ここに、モデルの写真を飾ろう。駅前のフィンランドの雑貨店でお洒落な額縁を買って来てもよいな、とリョウはほくそ笑んだ。

 「今日ね、初めてお化粧してもらったの。ここ、」頬を指差して、「ふわふわーって。」カメラマンでもなく、事務所の社長でもなく、他でもないリョウに「美人」だと言われ、どうしようもなく浮足立つ気分はミリアを饒舌にさせる。「髪の毛もふわーってやってもらって、それから、笑ってって。」

 「お前、笑えって言われて笑えたのか。」

 ミリアは首を横に振る。「そしたら、音楽かけましょうって。」

 「ほお。」

 「Last Rebellionかけてもらって、笑ったの。」

 「マジか。」

 リョウは目を見開いた。まさか最先端ファッションを発信する人間の集まる所で自分の曲が掛かったとは、考えるだけで鼓動が激しくなる。

 「ミリアのギターって言ったら、みんな、びっくりした。」ミリアはそう言って微笑む。「お兄ちゃんの曲って、言って、うん、って言った。かっこいいねって。」

 リョウは目頭が熱くなる。ミリアに対して、周囲が非常な配慮をしてくれていることが実感されて。ろくに言葉も出ない、笑えもしない素人以下を相手に、現場は確実に面食らったであろう。しかしミリアにもう一度やりたい、と言わしめるそれだけの喜びを与えてくれたことに、くるしい程の感謝の念を覚えた。

 「良かったな。」それは自分でも意外な本心であった。「でも勉強も、それからギターも、しっかりやれよ。」

 ミリアは笑顔で肯いた。その笑顔は写真の笑顔より遥かに輝いているように、リョウの目には映った。

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