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考えていたことは二人とも一緒

「嫌いになったとか、勝に飽きたとか、別に好きな人ができたとか、そういうことはないの。夜遅くまで働いて毎日頑張っている勝を見ていると、何もしていない自分がすごく置いていかれている気がしたの。部屋に帰ればいつも優しくしてくれて、気を使ってくれて対等に接して、対等にいさせてくれるけど、でも、それじゃ与えられてばかりで、自分が自分ではない気がしたの。たぶん、これは勝にはわからなかった感覚だと思うけど…」


「わからなかった、かな。俺は君のためだと思いながら必死になっていたけど、なんだかんだと自分のために体力と神経と時間とを使っていたってことだね」


「ううん、それも違う気がする。そこまで自分を悪く思うことじゃないと思う。勝のやっていたことは、私には嬉しいことだったから。女の子なら誰だって喜ぶよ。納得いかなかったり、物足りないと思ったのは私自身になんだから」


 そのやりとりの中で、矛盾を喋っていることに絵美自身は気付いていない。彼女のもどかしさは確かに自分自身に対するものであっても、村田という自分の彼氏に起因する以上、これは一人ではなく二人の悩みであると受け止めたほうが解消も得やすい。滋は一人そんなことを考えながら、これをいまこの場で口にすべきか、しないでおくべきか、一人やきもきとする。


「うちを出ていって、それからどうしようと思ったの? 俺と、一度別れようと?」


「それも一度考えたけど… でも、わからない。勝、優しいから、出ていく私を無理に引き止めようともしなかったから… ごめん、これじゃ、勝のせいにしているみたいだね」


「いや、いいんだけど。これは二人の問題だから、どちらか一方に非を押し付けても、背負っても、仕方のないことだと思うから」


「それじゃ、どうして引き止めなかったの?」


「二人の問題だけど、一人で考えたほうが結果としていい方向に向うことだってあるからね。そう信じて、二人にとっては必要な時間というか、必要なことなんだろうと、そう思って待ってた。でもそれも、半分以上は奇麗事だったけど…」


「どういう意味?」


 答えづらそうな村田に代わって桐生が口を開く。


「この人、何だかんだとドキドキしていたんだぜ。このまま二人の関係が終わってしまうんじゃないかってね。待っていれば君が帰ってくるなんて保証はなかったんだし、一人何もしないで待っている自分が本当は馬鹿なんじゃないかって考えていた訳だ。記憶を変えてしまいたいと、そう思ったりもしたんだ」


 胸に秘めておきたい自分の恥部を断りもなく露わにされて、さすがの村田も歯痒くなる。それでも怒りはしない。むしろ乗っかって、


「それこそ、過去に戻れたらって、そう思ったからね」と言う。


「それじゃ、私と同じことを考えていたんだね?」


「まあ、そうだね。君はそれで本当に戻ったようだけど」


「おっと、もう一つの主旨を忘れるところだった。トランプの用意を。それじゃ、日野原さん、当ててみて」


 野暮なことに桐生は実験に戻そうとする。


「ごめん、わからない」


 そう謝りながら、絵美の顔は晴れている。実験ももうどうでもいいのかもしれない。村田と見つめ合って、微笑みを向けあい、互いの罪を受け止め合っているのだ。それは、すでに二人だけの世界である。カップルがまた一つ強固な絆で結ばれたのである。滋はそれを喜ばしいと思う。弥生は、なんだかそんな二人を羨まし思う。穂高は、妬けるから早くやめろと思う。そして桐生は、


「一つのことは解決したかもしれないけど、もう一つのほうはこのままだと流れてしまうな。やっぱりあいつを呼ぶか」と、ぼそぼそと呟いている。その場から少し離れると、携帯電話で誰かと再び連絡を取る。すぐに済ましてまた皆のもとに戻ってくる。


「誰と話していたのよ?」と弥生が聞く。


「うん? ヴァイス。ちょっとあいつを呼んでみた。このままだと日野原さんの能力は発動されないような気がしたからね」


 ヴァイスという名を聞くと弥生は閉口して目が据わる。代わって滋が、


「ヴァイスさんを呼ぶの? あの人を呼んでどうするの?」と訊ねた。


「いやぁ、ちょっと力技になるけど、彼女が本当に精神的に追い込まれて能力を発動させれるなら、あいつに頼んで人為的にプレッシャーを与えてみようかと思ってね」


 そう話している途中で、この訓練所に静かに人が入ってくる。ジーンズも黒ならシャツも黒、上下黒色の服を着た男は噂のヴァイスである。桐生が電話をして三分と経っていない。


「こんにちは」


「お前、早いな」


「君が最初に電話をくれた時点でここに向っていたからね。時間関係の能力者なんてレアなもの、自分の目で確かめて見たいと思えばすぐにでも行動するよ」


「お久しぶりです」と滋は軽く会釈した。


「やあ、佐久間滋。結界の調子はどう? レベルは上がったかい?」


「いえ、まだまだです」


 桐生や滋が親しく話しかける余所で、絵美が弥生に、あの男は誰かと訊ねる。弥生は説明するのも億劫といった顔をして、


「この業界でもちょっと特殊な人。絵美に説明してもわからないことだらけだと思うけど、とにかく私たちよりこの道に精通した人よ。私たちの組織の本店のほうでは危険視しているけど、誠司の友人でもあるの。実際のところ何者かは私たちも詳しくわかってなくて、でも、能力の高さだけは確かなの」


「ふ~ん、よくわからないけど。それにしても整った顔をした人ね。何だか、弥生が前に話してくれた弥生の理想の人と合致しているような気がするんだけど… 気のせい?」


「気のせいよ!」


 弥生の、否定する力の入れようが並ではない。


「それにしても、簡単にこの基地に入ってくる奴やな」と穂高はハゲ頭を掻く。


「そうですね。それで誠司、彼に何をしてもらうんだ? 具体的なところを教えてくれないか?」と村田は聞く。


 ヴァイスはその村田と絵美を交互に見る。


「誠司、あの村田さんという人が彼氏で、その隣のあの娘が彼女?」


「そうだ」


「それじゃ、とりあえず二人の許可が必要だね」



続きます

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