恥かしい質問
私情を抜いて仕事を優先させる村田は、彼女が自分の部屋を出ていった理由や、現在の気持ちを問うことは一切なく、彼女が体験した不思議な事象に対して細やかな質問ばかりをする。絵美も場を弁えて逐一それらに応答し、その態度はいたって真面目である。彼女が述べるところ、過去へと戻ってしまう体験は決まって村田のことを考え、悩み苦しみだすと起こるそうだ。戻れる時間はこれまでの体験から二から五分ほど前で、その時間もまた能力発動そのものと等しく自分の意思でコントロールできた例がない。
「話を聞いていると、あまりに個人的というか、君本人にしか認識できない、君にのみ働く能力だと、そう考えていいのかな? だとすると、その才能を証明する実験方法を見つけるのもなかなか難しいね」
「それでも勝は、私の言っていること、一応は信じてくれるの?」
「それはもちろんさ。基本的に不思議な事象ありきだから。ないことを前提じゃ、この業界で生きていけない。実際に色んな不思議な現象が起きて、目にしているからね。もう気付いていることだと思うけど、そこの誠司だって、平塚君だって佐久間君だって、みんな普通のようで普通じゃない。そして君も。君が嘘をついていない限りだけど、君が嘘をつくとは到底思えないからね」
「そう、ありがとう…」
放って置くと次第に空気が二人だけのものとなるので、桐生や穂高は歯の裏がむず痒くなる。
「とりあえずや、戻ることができるっていう証拠のようなものがほしいわな。どうにかして、一度戻ってもらえんもんかね」と穂高は無茶な注文をする。
「戻ったときに、どう証拠を残すか… トランプマジックみたいなことでもする?」
この桐生の発案は気まぐれである。それでも穂高は、戯言でも試すが勝ちと、隣の開発課の部屋からトランプを持ってくる。弥生は呆れて、
「あんたたち、相変わらず考えることが雑よね。第一、絵美は自分の意思で過去には戻れないのよ。それも突然戻ったりするんだから。そんなトランプ遊びに合わせて都合よくっていう訳にはいかないのよ」
「いやぁ、それでも村田さんのことを考えて異常なプレッシャーに見舞われると発動するって話だろ? そういうことなら意外と簡単なんじゃないか?」
「どう簡単なのよ? どうするっていうのよ?」
「そりゃ質問攻めだよ。ここからは二人の恋路が混ざることになるけれど、つまりは恋愛相談の続きだね。いや、話し合いによる解決といったところかな」
桐生は一人勝手にプランを立てて一人で納得したと思うと、次には何かを思い出して携帯電話を取りだし、出口に向って歩きながら掛け始める。話の内容は聞こえない。そのうち通話も終えて戻ってくる。誰と話していたとも一切告げない。
「それじゃ、早速やろうぜ」
「だから、具体的にどうするのよ?」
「まあ、とりあえずお前は見とけ。トランプの用意はいいかい? これからいくつか質問するけれど、その後にすぐトランプを俺たちが引いて誰も見えない状態でそれを当ててもらう。すぐに答え合わせだ。そういうことを何度か繰り返すんだ。質問の内容如何で過去に戻ってしまったら、そのときはすぐに戻ったと言ってほしい。上手いことトランプ当てを体験した後、その直前に戻れていたら答えはすぐにわかるはずだ」
村田は肘を抱えて顎先を愛でると、
「珍しく、本当に実験だね。それからだと推定しか導き出せないけど、でも、実験なんてそういうものか… それで、彼女に何を聞けばいいんだい? 誠司の中ではある程度決まっているんだろ?」と聞く。
「村田さん、珍しいは余計だけど、その通り。もう決めてる。村田さんが聞くに堪え辛いものもあるかもしれないので、村田さんには席を外してもらうということも考えているんだけど、どう?」
「いや、俺もここにいるよ。ちゃんと聞いていたい」
村田はそう軟い台詞を飾り気もなく真面目な顔で言う。UWの面々は働いているときの村田しか知らないので、少し新鮮に映る。そして腹の底が痒くなる。気を緩めると失笑してしまいそうである。
「え~と、それじゃ早速質問だけれども、日野原さん?」
「はい?」
「ここからは無理にでもちゃんと考えて、答えられないという返事は無しと言うことで」
「…うん」
「では始めるよ。とりあえず、まだ村田さんのことは好きですか? 恋人として見ていますか?」
一発目から恥ずかしい。周りで聞いている者ですら恥ずかしい。絵美もすぐに顔を赤くしてしまう。村田と二人きりで彼本人に問われるのとも違い、また友達同士で、自分の恋人の噂をしている訳とも違い、当の恋人もいれば第三者に囲まれた中で、好きだとかそうでないとか、誰に向って、誰を味方にして言えばいいのか。一人晒し者にされた心地がする彼女は俯くしかない。だが、桐生からするとこれこそが狙い目である。答えられないのは心的プレッシャーを受けているとの証拠。耐えかねて上手く過去に戻ってくれるかと期待する。
ただ、これまで散々悩んできた経験から彼女の精神も幾分タフになっている。加えて悩みの原因である村田と久しぶりに会い、変わらず愛されていることを知って心の中の罪意識が洗われている可能性もある。事実、絵美は萎れていた頭をすっと持ち上げると、顔はまだ茹で上がったように紅潮させながらも、コクリと一つ頷いてみせるのだ。すぐにまた俯いてしまうが、その横顔が満足気である。すぐにトランプを引いた実験をしても、
「ごめん。戻れてない…」
恥ずかしそうで、何だか嬉しそうである。
「あんた、そんな恥ずかしいことをずっと聞いていこうとしているんじゃないわよね?」
弥生の推測は正解である。桐生は咳払いを一つする。
「気を改めまして、次の質問。日野原さん、あなたはどうして、いまでも好きで、恋人として思っている村田さんの部屋を、それまで上手く同棲していたにも拘らず急に出て行くなんてことにしたんですか?」
これは、二人の間のもっとも繊細で、今回二人が気まずくなった原因の核心である。第三者が問うて許されるか、否か。普通の者なら遠慮するだろうが、いまの桐生にはそういう気配りがまるでない。逆に滋などは敏感である。当人の心情を推し量って、それが拷問にも聞こえる。本人でもないのに胸がそわそわとしてしまう。弥生もまた滋と同じである。見れば当の絵美も、再び深く項垂れてしまう。背中を丸くして顎と胸とがいまにもくっつきそうで、仄かな笑みも消えて唇を噛みしめている。
「それは私にも上手く説明できないけど、ただ言えることは、自分はこのままでいいのかなって、そう思ったことが理由の一つよ」
絵美は重々しくそう答える。滋は村田を見つめている。村田は小さなメモ帳を開いてボールペンを握って彼女の返事を書き留めている。仕事はあくまで仕事と、割り切っているかのようである。
「いいのかなって、いうと?」
そう聞くのは、それでも村田自身である。
続きます




