絵美が体験した現象
「ちょっと、絵美… さっきから大丈夫?」
「え? いや、うん、大丈夫… だけど、大丈夫じゃない感じ」
「どっちよ」
「それよりも、私の彼氏のことについて、弥生たちが知っていること全部話してくれない? 和菓子屋に勤めているんじゃないの?」
「いや、それは…」
基本的に秘密裏に動く組織の性質を考えて、弥生はいくら村田の恋人とはいえ、彼の素性を話すことはできない。自分のことならまだよいが、仲間の素性を簡単に口にしてしまうような真似は彼女の性分には合わないのだ。それは桐生にしても同じで、滋も、またこの場にいないほかのUWの面々も、その辺の意識は堅く統一されている。とはいえ、滋の失言もあることで、この状況はもう知られてしまったと同等であると見なせば、代わりに隊長である桐生が口を開く。
「仕方ない、俺が説明してくれよう。日野原さん、君の彼氏、村田さんは… 和菓子屋で働いています! 俺たちも実はそこでバイトしています!」
そう力強く言い切ってみせる桐生の顔があまりに真顔である。
「…嘘ね」
「嘘なものか、これは本当の話だよ」
「うん、いいわ。あなたたちが不思議な現象を追いかけている人たちだってことはわかったから、要するに彼も、そういった業種に関わっているってことなのよね。そういうのって、どうせ世間じゃなかなか知らされていないことだから、秘密にしていないといけないと、そういうことよね」
彼女も随分と鋭い。
「ま、そうだけど」と、こちらもあっさりと認めてしまう。
「そうなんだ。でも、いまは、それでもいい。むしろ、そのほうがいい」
耳にかかるセミロングの焦げ茶の髪を指で掻き揚げ俯いたと思うと、下から横に斜めに弥生へと視線を向ける。何を訴えているのかわからない弥生は柳眉を顰めた。
「ねぇ、絵美、相談事って、本当のところは何なの? 彼氏の村田さんと、どうなりたいの?」
絵美は首を横に小さく振る。
「最初は、自分から出て行ってしまったこと、すごく後悔して、でも自分から出て行ってしまった手前、何だか戻ろうにも戻れなくて、時間を戻せたらって、そういうことを強く思って弥生に相談しようとしていたの… でも、今はもう、ちょっと違うの。私、こう言うと信じてもらえないかもしれないけど、でも、あなたたちが本当に不思議な現象を調べている人たちだっていうなら、それこそあなたたちにしか話せないことだから言うけど… 最近、私の身の周りで不思議なことが起きるの。なんだか、本当に時間が戻ったような、そんなことが起きるの」
と、奇異な発言が飛び出て来る。
「え~と、それは錯覚ではなくて?」
「わからないの。だから、そういうことに詳しい弥生に相談しようと思っていたの」
「初めから恋愛の相談をしようとしていたわけじゃないんだね?」
「うん」
「なるほど。どうもおかしいと思ったんだよ。こいつに人の恋愛の後押しができるかってね」
桐生は自分の言に一人でうんうんと唸っている。
「いま言った失礼の分は後で殴るとして。それで、具体的にはどういうことが起こったの? 詳しく話してくれない?」と弥生は話を続けさせる。
「そうね。たとえば、さっきもそうだったんだけど、いま話していたと思っていた同じことを、また自分が話していたりするの」
「さきほどから二回ぐらい、ご自分でそういうことを呟いていましたよね」と滋が聞く。
「うん。私、そのとき、別に同じことを二度言っていないわよね?」
「いえ、言ってませんよ。『また同じことを言っている』、とは言ってましたけど、そのときには戻ったってことですよね? ということは、少しの時間だけ戻るって、そういうことですかね?」
「そうなの、少しだけなの。だから本当は、未来が見えているだけだとか、ただのデジャブだとか、そういうことも考えたんだけど、どちらにしても不思議な体験なの。それが一度だけじゃなくて、何度も続くから…」
「ねえ絵美、それはいつ頃から始まったの?」
「ちょうど、彼の家を出ていった次の日から。彼のことを考えていて、出ていってしまったことを後悔していたら、ちょっとした拍子にコップをテーブルから落としてしまって床にお茶をこぼしてしまったんだけど、それを雑巾で拭いていて、いまにも泣きそうになっていると、次の瞬間には自分は座っていて、コップもテーブルの上に置いた状態になっていたの。中にはもちろんお茶も入っているし、床も濡れていないの。雑巾を見てみても、全然濡れていなかった。私、気絶でもしたのかなって、そうも思ったんだけど、時計を見ても、時間が過ぎているってわけでもなかったし。それから似たような体験が何度か続いて… ねえ、どう思う?」
所謂、「こちら側」における能力者の能力の詳しい研究は、そのほとんどがUWの機関が行っているが、桐生たち地方基地の実行部では、調査をし、確保することが主な任務であるから、すぐに答えらしい答えを用意できるわけではない。経験でものを言おうとしても、そもそも「時間」に関わる能力者などは実に稀で、桐生も弥生も接触したことも見たこともない。
「どう思うか… う~ん、なんだか、こういうとアレだけど、俺の目からすると、日野原さんって何だか能力者、つまりそういう不思議な力を持った超能力者のような人には見えないんだよね。もっと具体的に言うと、能力者独特のオーラというか、存在感というか、そんなものがほとんど感じられない。一般人と変わらないんだよ」
「それは、私もそう思う。能力者同士だと、なんとなく、ああ、この人、普通じゃないなって感じるものなんだけど、絵美にはそれがないもの」
いわゆる魔法力の話であるが、滋などは、
「え? そういうものなの?」と、自覚がない。
「本人に直接こう言うのはアレだけど、不思議な現象といっても本人しか確認できないことだから、ただ単に精神が病んでいるだけなのかもしれない。恋愛で早まったことをしてしまった後悔から、日野原さん自身が正常でいられないってね」
桐生の酷な見解を耳にして絵美は俯いてしまう。
「誠司、もうちょっと配慮があっても…」
「佐久間君、ありがとう。でも、大丈夫。そう言われることも踏まえての相談のつもりだったから…」
気を落とす彼女に弥生は、
「でも、どちらにしたって断言できるものでもないわ」と言う。
「私を、弥生たちの基地に連れて行くの?」
「え? どうして、そんな… 突然、基地なんて…」
「ごめん、また戻ったみたい」
基地の話など誰も口にしていない。でもそうするつもりでいた桐生は、その色濃い眉を顰めた。
「おやおや、マジかい? これは心の病なんて言ってられないかもしれないな。本当に少しだけ過去に戻ったのか、未来が見えたのか、それとも人の心が読めたのか。どれにしたって詳しく調べてみる必要があるんじゃないのか?」
「やっぱり、基地に連れていく?」
弥生はそう聞きながら絵美の顔をまっすぐ見つめた。その顔から察するところ、絵美にはすでにその覚悟が出来ている。
「でも、あそこにはいまも村田さんがいるよ?」
「いや、一石二鳥かも」
続きます




