また同じことを聞いてる…
「それで、あんたたちはどうして彼女のことを知っているのよ? それに、何しにここに来たのよ? 返事次第じゃ、ここから追い払うわよ」
「何をそんなに目を吊り上げて物申すのかわからないけど、追い払うとは物騒だな」
「物騒なのはあんたたちでしょ。男二人でか弱い女の一人暮らしの家の前で待機しているなんて。白状しなさい、どんな仕事よ」
弥生と桐生のそれらは普段の罵り合いとは少し様相が異なる。滋にしてそう感ずる。ただ、当の絵美はキャンパス内の有名人に興奮気味で、
「なんだったら、こんなところで立ち話しないで、みんなうちに入る?」などと聞く。
「ちょっと絵美。こいつら中に入れてどうすんのよ。ろくなことないわよ」
「でも、弥生の仕事仲間なんでしょ? それなら全然平気よ。あんただっているんだし。部屋だって綺麗なはずだし。あ、お茶くらい、出すわよ」
「そういう問題じゃなくて…」
「何にしても、立って話すのって苦手だから、さっさ、入って、入って」
三人を部屋に呼び込むと、彼女は台所に走って言葉どおり茶の準備をする。滋と桐生は入った後も遠慮をして部屋の中でなかなか座れない。隅にはベッドがある。テレビがある。大学の教科書や文庫本が並んだ本棚もある。冬場は炬燵としても使えるテーブルが真ん中にある。その脇に大きなバッグが一つ置かれている。村田の話に聞く例のものか。膨らみからまだ中に衣服や小物が入っていると推測できる。滋がそのバッグに目を落としていると、絵美がコップに入れた麦茶を盆に乗せてテーブルへと運んで配る。座るのに邪魔であるそのバッグを、彼女はシレッと持ち上げ、すぐにベッドの下へと押し込んでしまう。
「あ、どうぞ、どうぞ、適当に座ってください」
そう言われてもなかなか座るに座れない男二人。彼らを部屋に招き入れることに乗る気ではなかった弥生は仏頂面で早々に座って、音を立てて茶を啜る。その粗野な態度に対抗するように桐生もドスッと音を立てて弥生と向かい合う形で腰を下ろす。コップに手を伸ばして、こちらは喉を鳴らして一気に飲み干してしまう。つまらない二人の意地の張り合いに滋は座った後も居心地が悪い。日野原は、ベッドの上に腰掛けて、桐生と弥生の双方を見つめてウキウキとしている。
「だから、どうしてあんたたちが彼女に会いに来て、いま彼女の部屋の中でお茶なんか飲んでいるのよ?」
「それはあれだよ、相談に乗っているっていうお前と同じような理由だよ」
「まるっきり見えてこないわ。何を企んでいるのよ。あんたなんかが女子の相談に乗れる訳ないでしょ。第一、どんな相談事なのかわかっているの?」
「まあ、一応」
「まあ、一応って… 小憎たらしいわね」
「お前のほうこそ、どんな相談をされるのかわかっているのか? それとも、もうされた後なのか?」
「まだよ」
喧嘩腰に喋って、次には二人揃って絵美へと振り返る。絵美の目にはやはり二人が付き合っているようにしか見えない。
「それで絵美。こいつらがいると話し辛いかもしれないけど、相談事って何なの? やっぱり恋人のこと? それとも別のこと? あまり悩んでいるようにも見えないけど、話してスッキリすることなら話してみて」
すると、絵美も己の鬱積をいま思い出したように急に項垂れ、肩を落とす。
「なんだ、お前、恋人のことだってよくわかっているじゃないか」
と桐生は茶々を入れる。再び不毛な口論が始まる前に、
「うん、恋人のこと、かな」と絵美の口がこれを認める。すると桐生はこう言う。
「まだ、ちゃんと恋人って、そう呼んでいるんだね。恋人のこと、同棲していたその人の家から出てきても、別れたっていう認識じゃ、まだないんだね」
絵美はきょとんとする。弥生も然り。
「どうしてあんた、彼女のそんなことまで知ってるのよ?」
「おそらく俺は、お前以上に彼女のことを知っている」
「あんた、ホント、誰に頼まれてここに来てるのよ? まさか、相手側の男とか?」
「さすがに女の勘ってのは鋭いな。ご名答」
「え? あんたたち彼女の彼氏とどんな繋がりがあるっていうのよ?」
「その言い草だと、お前は彼女の彼氏がどんな人なのか知らないな?」
「なによ。あんたのその言いぶり、何か腹が立つんだけど。一体、誰よ? どんな人よ?」
ところが勿体ぶって、桐生はその名を言わない。
「あの、それは本当のことなんですか? 本当に彼から依頼されて私に会いに来たんですか? あれ? 私また同じことを言ってる…」
意味のわからない最後の一言はひとまず置いて、
「本当だよ。写真と住所を渡されたからね」
と桐生は答える。これに滋も口を挟む。
「でも村田さんは、この部屋に行けと言った訳でもなくて… 日野原さんが現在どういう状況にあるのか、もう村田さんのことは終わってしまっていると考えているのか、それを遠くから調べてほしいと、ただそれだけのお願いだったんです。厚かましく部屋に上げてもらうことになったのは、僕らのミスというか、成り行き上、仕方なかったというか、そういうことです」
「おい、滋、その名前を言うんじゃないよ」
「え? どうして… ア…」
「ねぇ、村田さんって、もしかしてあの調査課の村田さん? え? それって本当なの?」
弥生は目を丸くしながらそう聞き返す。となれば、今度は絵美が反応する。
「弥生、私の彼氏のこと、知っているの? え? でも、どうして? あなたたち、本当に何者? 本当はどんな仕事をしているって言うの? あの人も、もしかしてずっと隠してきたとか…?」
絵美の視線が弥生の横面に刺さり、その弥生は桐生を睨み、桐生は滋へ振り返る。結果、三人の視線が滋に注がれる。
「えっと… 日野原さんの彼氏は、僕らと一緒に仕事をしています…」
と、彼は気圧されて簡単に白状してしまう。
「それは… どういう…」
「いや、あの、その… それは、なんと言えばいいのか…」
狼狽える滋を前に、ところが突然、絵美が呆然とする。
「あれ… 私、やっぱりまた同じことを聞いてる… やっぱり私、何か変…」
そう脈略のないことを呟く。彼女の様子が先程からどこかおかしい。
続きます




