そんなのはイヤ…
相談を自ら引き受ける桐生だが、滋が聞かされた村田の恋愛事情の、一週間前に理由もわからないまま彼女が出て行った話を聞かされたそれだけで、面倒くさいと言わんばかりに顔を顰め、
「俺なら次に行くな」
と、身も蓋もないことを独り言のように口にする。
「お前らしいな。そういうところ、羨ましく思うときがあるよ」
「いや、失礼。村田さんと彼女の気持ちの重みを量りきれていなかった。続きをどうぞ」
「いや、そんなところかな。細かいところは想像に任せるよ。とにかく、勝手にセットを持ち出してしまうほど、出て行った事実に戸惑い、不安になっているってことだよ。俺にとってはそれほどの存在だったということなんだよ」
「そうですか。まあ、フラれる立場の気持ちはわからないでもないですから。でも、二人の仲を持つために俺や滋が動いたとしても、二人の仲が修復される確率はかなり低いと思いますよ。出て行った理由なんて、他に好きな人ができたか、この人とこれ以上一緒にいても自分の将来によくないと思ったか、どちらかに決まってますからね。厳しい言い方ですけど、女なんて大抵そういう考えで動いていますよ。あまりロマンチックに男女の付き合いを捉えないほうがいいと思いますよ。女のほうが、男以上に現実的です」
村田は視線を落とす。反論できないが、そうかといって受け止め切れるものでもない。滋までもやる瀬ない気持ちになる。
「それでも誠司、お前ならここまでの話を聞いて、どう動いてくれる?」
「俺ですか? とりあえず相手のことも知りたいですね。どういう人で、どういう考えでいるのか。一方的にこっちで村田さんの希望を聞いていたって始まりませんからね。相手の気持ちを確認してきますよ。その上で、記憶を消すとか変えるとか、考えればいいんじゃないですか?」
自ら買って出た相談事でも桐生は強気で物を言う。滋の目にはちっとも優しくない。
「動くとしたら、いつにする?」
「善は急げというから、これからすぐにでも動きたいものですね。村田さんはまだまだ仕事が残っているんですよね。俺たちだけで話を聞きに行きますよ。聞けそうにないなら様子だけでも探ってきますよ。犯罪にならない程度に」
「彼女の部屋を覗くような事はしない、というなら探るのもいいかもね。会うのは、できれば明日にしたほうがいいかもしれない。君ら、俺の彼女がどんな娘か知っているんだっけ?」
「噂じゃ俺たちと同い年、だとか」
「うん、実は大学も君らと同じなんだよ。だから会って話を聞き出すなら、明日キャンパスに向かったほうが、会いやすいし、とても自然だと思うかな」
「そういう噂も耳にしなかった訳ではなかったけど、本当だったんだね。もしかして、一度や二度、大学で会っていたりして。俺なんかすでに顔と名前が知られているとか… う~ん、まさかね」
「あの、写真とかあるんですか? それと、彼女さんの名前と住所は教えてもらえるんですか?」
村田はしばし考えて、黙ったままパソコンに向う。写真を一枚プリンターで出力する。遠くを見つめる若い女性の横顔と胸元まで写っている。裏に手書きで住所と名前を書き込んで滋に手渡す。
「日野原… 絵美… さん、ですか。住所も大学からそんなに遠くないですね」
「実家が市内にありながらアパートで一人暮らしをしていたからね。その部屋の住所なんだけど、もしアパートじゃなくて、実家のほうに帰っていたら、ちょっと場所がわからないかな。調べればすぐわかるかもしれないけど、そこまでやるのはさすがに気が引ける」
「いえ、大学が同じとわかった以上、会うなら明日、学校でというのが一番いいですから。今日動いても、この住所の下見程度で終わると思います」
そう勝手に予定を変更する滋に、
「おいおい、いつになく積極的に物申すね。それでいて考え方はちょっと奥手だね。俺としては今日会って話を聞けるようなら聞くつもりだけどね」
と、桐生は言う。噛み合わない二人に村田は、
「二人に任せるよ。随時喧嘩して… じゃなくて、話し合って上手いこと話を聞いてみてほしい。その結果が仮に俺にとって優しいものでなくっても、連絡と報告だけはしてほしいかな」
桐生と滋は顔を見合わせ、頷く。年上の話に耳を傾け、素直に聞く二人の根性は、人生の先輩からしてみれば共に可愛らしいものである。村田は安堵からか、頼もしさからか、その顔が穏やかになる。
「よし、そうと決まれば即行動。こういうものは動くことが大事。頭の中だけで考えていたって何も解決しないからね」
「村田さん、それじゃ、僕たち行ってきます」
滋は一礼し、桐生と共に出て行く。二人がいなくなった調査課の部屋の中で、村田は一人仕事に戻る。二人に任せて不安も露と湧かない。もはや、なるようにしかならないと静かな覚悟が腹に据わり、頭も冴えると仕事もスイスイ進む。進み過ぎてふと、彼女のことを諦めてしまったのかと、そんなことを考える。いや、忘れつつあるのかもしれない。恋する気持ちそのものが薄らぐとき、記憶も勝手に消えていく… 本当にそうなら催眠術セットも必要ないだろう。
だが、それはまた、恋の終わりをも意味する。
『そんなのは嫌だ…』
途端、村田の体は固まってしまう。
彼女を愛せない自分が嫌だ。彼女を忘れようとする自分が嫌だ。彼女を許してしまった自分が嫌だ。彼女に何も問いたださなかった自分が嫌だ。彼女に怒らなかった自分が嫌だ。彼女といられない自分が嫌だ。
村田は、今更ここ一週間の己の罪を問い始める。過去に戻れるなら、本来その贖罪を果たして意味があろう。彼女の記憶をどうだの、自分の記憶をどうだの、恋の苦しみ、別れの悲しみから逃げ回っていた卑怯な自分に、不覚にも涙を流してしまう。
続きます




