記憶の改竄の是非
村田とその彼女との現状について、一通り話をされた滋の表情はつい緩んでしまう。同棲していた相手が理由も明確にしないまま出ていくなど、十中八九、男女の仲の決裂。とはいえ、決して人の不幸を楽しんでいる訳ではない。彼の無粋な一面が、男女の深刻な話ゆえに余計に興味津々となるだけである。気を引き締め、真剣な顔を拵えて、さらに二人の仲の始まりから話を聞く。一年前の出会い、半年前、二週間前の思い出を村田は溜息を挟みながら話しだす。約三十分。細やかに当時の心情まで話してもらう。秘密主義に見えて、一度口が開けば軽く長い。節々に滋なりの助言を挟む。それが助言となっているかは不明である。
「でも、村田さん、記憶をいじるとしても、どれをどういじろうと言うんですか? 確かに仲睦まじい二人で、出会うべくして出会い、付き合うべくして付き合った二人のようだし、だからこそ突然彼女さんが出ていったことに腑が落ちないですけど…」
「そこなんだ。自分でも、彼女との記憶を変えて新しい自分に、もしくは新しい二人になれればと思っているんだが、仮に新しい自分を望むなら、自分の頭から彼女の記憶を丸々消してしまえばそれで済む話なんだ。新しい二人を望むなら、どこか問題のある記憶を二人して消してしまうか、変えてしまうしかない。自分は、果たしてどちらを選択すべきなのか、まだ正解を見つけだしていなくてね」
「それも含めて、僕に相談してると、そういうことですか?」
「そう、だね」
村田は萎れるように頷く。
「村田さん、話を聞く限り、相当に焦っていませんか?」
「それも、否定できないね。どんなに気持ちを落ち着かせても、二人のためだと、いずれまた戻ってくると前向きに信じてみても、仕事に集中することで忘れようとしてみても、形はそうできていたとしても、何だかしっくりとこない。気がつけば彼女のことを考えているし、むかしの思い出が次から次へと湧いてでてくる…」
村田が頭も良くて万事に冷静に判断できる男だと少なからず知っている滋にとって、彼のこの白状は重い。口悪くいえば、すでにその心の病は重症で、自分などが相談に乗れるものでもなければ、冗談半分で受け止められる代物でもない。
「でも、仮に二人のためということで、共に悪い思い出を変えるとしたら、村田さんの彼女さんにも催眠術で記憶をいじらせてもらう必要がありますよね。彼女さんの悪い記憶を丸々消すにしても同じだし、僕一人の協力でそれがどうにかできるようにも思えないんですよね。上手く消した後も、記憶が欠落していることに本人が気付いて、どんな記憶か思い出せないにしても消えた原因が村田さんにあると勘付いたら、村田さんの信用はなくなりますよ。二人の仲も、もしかしたら修復が利かなくなってしまうほど崩れてしまうかもしれないですし… あの催眠術って、消した記憶を復活させることって、できるんですか? できるのでしたら、また話は変わってくるんですが…」
「いや、あの催眠術で一度消した記憶を呼び起こしたなんて事例は一つもないと思うよ。そもそも、そういう目的で作られたわけじゃないからね。ただ、催眠が甘くて、消したつもりの記憶が復活することは、ままあるけれど…」
「でも、それは賭けですよね。村田さん、僕が思うには、やっぱり最初から記憶を変えたり、消去なんてやらないほうがいいと思いますよ。段取りが面倒な上に、運命として、本当ならハッピーエンドで終わる二人であっても、人為的にそれを潰してしまいかねないですからね。褒められた選択じゃないと思います」
滋のこの正論も真心からである。飾ったものもないので相手の心には相当に響く。村田は寂しく笑う。
「確かに、そうだね… やはり君は頭がいい。君に話してみて、良かったと思っているよ。ただ、正論だけでカタがつくなら、自分でもそれはできていたと思う。でも、残念なことにそれができないんだよ。もはや理屈では解決できないんだと思う。それでは深層心理の根深い傷には手が届かないんだ。賢い君にやはり相談なんだが、その傷を埋める手段を一緒に考えてほしいんだ」
その頼みは、理屈では語れないものを理屈で解決してくれと言っている。難しい話である。熟考すればするほど頭の中は五里霧中となる。
「記憶をいじりたい… 消してしまいたい… か…」
滋は独り言のように呟く。おそらく村田は焦燥で自分自身の理性をすべて失っているわけでもない。失いそうでありながら、それでも何とか持ちこたえるために滋に相談している。
「俺としては、俺と彼女の二人から、彼女が出て行ってしまった記憶を上手く消すことができれば、それでいいと思っているんだが…」
「結局は、記憶をいじるという、そこに行き着いてしまうんですね…」
「もし、それ以外の解決策があるなら、捻り出してもらいたいものだけれどね」
「二人で話しあって、もう一度やり直すというのは?」
「現状、フラれた形の俺からそれを頼むのかい? 第一に、電話を掛けてみても繋がらない。いまは会うべきではない時期にあると考えているんだけれど…」
「そんな悠長なことを言っていて、もし彼女の気持ちに戻る気がなくて、すでに終わっていると考えていたらどうするんです? 待つだけ損じゃないですか?」
それはまた厳しい一言である。滋も自分で痛感して後悔する。この発想は、村田の維持し続ける彼女への気持ちを根底から否定することになる。確かに、待つだけ損だとわかっていれば、ここまで悩むこともない。滋は詫びを入れる。
「君は、見た目以上に大人の考え方をする。なら君が、俺たちをもう一度引き合わせてくれるかい?」
「え?」
続きます




