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相談事

「佐久間君、ちょっと、いいかい?」


 滋を呼び止めたのは調査課の村田である。先を歩く桐生と穂高は滋が立ち止まったとも呼び止められたとも気付いていない。彼らはすぐに角を曲がって滋の視界から消える。滋を止めた村田も、それら二人の行方を目で追い、見えなくなったのを黙って確認する。他人が隠し事をしているようなら勘が鋭く働く滋は、


「あの、どうしました?」と聞く。


「いや、ちょっと、君に頼みがあってね」


「僕にだけ、ですか?」


「そう、だね。君にしか頼めないかな」


 滋は、頼られることを得意にしている訳ではないが、自分の助けを必要としている相手を無視できる性格でもない。すでに何を言われるか想像できていれば、心の準備もできている。桐生でもなく穂高でもなく、自分にのみ頼みたいと願う内容は、少なくとも仕事のことではない。大方プライベートのことである。そしてプライベートの相談事の大半は恋愛ごとである。滋は男のくせして顔が女の子に似ているためか、女子から恋の相談をされることが多い。いまの村田の滋の引き止め方は、それら女子たちと重なるところが多々あるのだ。ただ、そうは言っても村田は男である。懸念されるところは、その色恋が男色の方向にあり、自分がその対象とされている場合である。滋自身、性には正常で男色に興味もないが、過去にその気をチラつかせていた男子がいたことを思い出すと、この相談に安心はできない。村田には同棲している彼女がいるという噂も耳にしているので、ひとまずその筋を信じる。


「僕にしか頼めないことですか… 明らかに仕事の話じゃないですよね?」


「うん、そうだね。かなり個人的な話でね。それでいて、少々危ういことかな」


 そう言われると滋の背筋が冷える。顔が苦くなる。自分にその気がないことを彼は慌てて述べる。しかし何の話かと一蹴される。


「えっと… それじゃいったい、何の話ですか?」


「いや、確かに仕事の話じゃないけれど、十割そうではないと言えなくてね。抵触しているというか、はっきりと言ってしまうと、穂高さんと誠司が探している催眠術の道具一式についてなんだが、あれを持ち出しているのは、俺なんだよ…」


「それは、まったく予想外で…」


 滋は口を尖らせる。そして俄かに閃くものがある。


「あの、僕に頼みごとって、まさかそれを使って誰かの記憶を、いや、もしかしたら村田さんの記憶をいじると、そういうことですか?」


「待った。この場では話しづらい… 調査課のほうへ行かないか?」


 滋も拒む理由もない。


 パソコンが数台並んだだけの味気のない調査課の部屋の中に入るのは滋も初めてのことである。穂高の開発課とは雲泥の差で整理整頓されている。


「この部屋、村田さん一人で使っているんですか?」


「いや、まさか。調査課は別に俺一人じゃないからね。まあ、別の人は、大半は上の和菓子屋関係の調査をしているから、普段はほとんどここを使うことはないかな。それでも、色んな部署の人が入ってもくるし、各々勝手にパソコンを使っていったりするよ」


「ここで話をして、大丈夫なんですか?」


「休憩室や会議室よりかは全然マシかな」


「やっぱり、催眠術関係の話、ですか?」


 村田は勿体ぶって頷く。


「君たちがピサルモ捕獲に出発する前に休憩室でみんなで話していたこと、覚えているかい?」


「はい。弥生さんの友だちが過去に戻りたいとか、という。戻れるのか、戻れないのか、っていう話ですよね」


「そうだね。そして君たちは興味深い話の展開をしていた。催眠術で記憶を書き換える、もしくは消去することによって、過去に戻ってやり直しをしたのと等しい記憶を新たに作ると…」


「ええ、確かに言っていました。正直、話がややこしくて、結論は出ませんでしたけど」


 この段階で村田の望むところの骨格も朧ながら見えてくる。


「君はやはり勘がいい。先ほど君が訊ねたとおりのことを、俺は君に頼もうとしている」


「つまり、記憶を変える、ってことですか?」


「そういうことだね。ただ、俺としても何をどう変えればいいのか分かりかねている。本当に記憶を消してしまったり、操作してしまったりして良いものなのか、とね。自分自身のことなのにね」


「そう… ですか。でもいったい、どんな記憶をいじろうとしているんですか? 過去に戻ったと等しい体験を必要としているんですよね?」


 そう聞きながら、滋はその核たる部分に、すでに色恋の話を見ている。


「実にプライベートなことで話すのも正直恥ずかしいんだけれど、『彼女』のことでね。本当は自分一人で解決できるなら自分でしたいけど、あの催眠術のセットは一人では使えない。だからといって、そう易々と人に頼めるものでもない。誠司や穂高さんでは相談し辛いとくる。君を選んだのは、秘密を守れるであろう性格と、頭の良さなんだが…」


 秘密の口紐を解き始めるが、村田はまだまだ全てを明かそうとはしない。何があったのか、その詳細はさて置いて、この段で引き受けてくれないかと、口で頼まず目で訴える。


「この組織のルールと照らし合わせて、何か問題があるようでしたら、さすがに僕でも引き受けかねます。村田さんのことだから、そういう点でミスはしないと思いますけど、だからこそ引き受けようと思いますけど、実際はどうなんですか? 正直言いますと、催眠術セットを勝手に持ち出している点で、何か相当に焦っているような感じにも取れるんですが… いま、冷静ですか?」


 村田は黙然とする。一つ思案の末に、


「やはり君は頭がいい。君を選んだことに間違いはなかった。その点に関しては冷静だ」



続きます

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