ほとんど漁夫の利
気合を入れなおし、滋は渡された鉄の籠を持ち上げて、いつでも開始できると鈴木に向って頷いてみせる。それを合図に、鈴木は背を丸くして小さく屈み込むと、努めて足音を消しながら駆け出す。能力者ではないとはいえ、さすがに訓練を受けている隊員だけあって動きも機敏でスイスイと木々の間を縫って進む。時々ピサルモに気付かれないよう木陰で立ち止まって頃合を図ってまた進む。同じような動きをやれと言われても、まず無理だろうと滋は思う。それでも何一つとして努力せずに終わるような彼でもない。重い鉄の籠を両手に少しずつ進む。鈴木隊員との距離はみるみる広がっていく。ピサルモは、呑気に野草を食べている。
『狙うなら今!』
と、滋が心の中で叫んだ時には、鈴木も木陰から飛び出してピサルモ目掛けて一直線に駆けている。能力者でもないが十分速い。同じく三十歳を超えた一般の男性で彼ほど速く走れる男もそうはいまい。それでもピサルモの反応も早く、逃げ足も速い。鈴木が飛び出したときには、もうその気配を察知して、噛んでいた草も捨てて、死に物狂いで右に左に蛇行しながら逃げていく。しばらく追って、追いつかず、鈴木のスタミナも落ちてくると、
「佐久間君! やはり二人掛かりでないと駄目だ! とにかく君も走れ! 走りながら結界の準備を頼む!」
「あ、はい!」
滋も元気よく返事をしたものの、鉄の籠を運びながらでは、まず遅い。
「佐久間君! 何をしている! そっちに逃げていくぞ!」
「わ… わかりました!」
滋はひとまず籠を足下において、結界を発生させる。飴細工のように加工し球状にして被ってみる。この結界がどこまで物質を跳ね除けてしまうのかは不明だが、顔の周りに発生させても呼吸が苦にならない。もう一方の手で別に半球形の結界も作る。こちらは捕獲用である。二つの結界の同時発生は体力、精神力に負担があるものの鉄の籠を持って走ることに比べれば身は軽い。
『いける!』
と、思った時には鈴木もピサルモを追い回して、もうすでに近い。
「佐久間君! 準備はいいか!」
「はい!」
気合は乗っていたが最初の接近では捕獲失敗。それでも結界が毛の粉を寄せ付けないことが判明する。その気合も萎えず、鈴木も再び追いかける。
「もう一度行くぞ!」
「鈴木さん! 指示を!」
結界を維持しながら滋も走る。
「よし! 佐久間君! 君は右側から回りこむんだ! 挟み撃ちにするぞ!」
「はい!」
大きな声を出すと、不思議なもので何やら仕事も楽しくなってくる。楽しくなると、自分も隊員らしくなってきた自覚と自信が芽生えてくる。これがまた高揚となる。気が付けば後のことも一切考えず、全身全霊、本気の本気で結界を放出している。半球体の結界は半径が一気に五メートル近くまで伸びてくれる。滋に向って真っ直ぐ逃げていたピサルモも目を丸くして立ち止まるが間に合わない。
バチンッと衝突する。同じく滋に向ってピサルモを追いかけていた鈴木隊員もやはりその結界に衝突する。結果、ピサルモと鈴木、共に気絶するのであった。滋は、しばしポカンと口を開けて自分の両手を見つめていたが、すぐに我に返って鈴木に駆け寄った。そして念のためマスクも拝借。被ってピサルモを捕獲し、鉄の籠に入れてしまう。
任務完了。ほとんど漁夫の利でも、彼の手柄である。
続きます




