ピサルモ捕獲作戦(各々勝手に行動)開始
先行した二人に取り残されて佇む滋は、さてどうしたものかと捏ねんとする。極端を言えば別段彼が活躍しなければならない仕事でもない。活躍する場面があるとすれば、二人がピサルモを捕まえたと思った次にあろう。一応は林の中に入って行くが、その足取りは呑気である。
一方で桐生は、自分より先に行った弥生に追いつけ追い越せと、足場も悪い木々の間を疾走し、障害があれば大きく飛び跳ね、根を蹴り、幹を蹴り、ときに枝まで蹴って、目標に向う。ピサルモをすでに追っている鈴木の言うとおり、その道中、小鳥やリスといった小動物が地の上で横たわって眠っているのを何匹と目にする。
「派手に動き回っているな、これ」
ナビによればいよいよ近くなる。
「隊長、こっちです」
不意に鈴木の声がする。十メートルほど先の大木に隠れて双眼鏡片手に手を振っている。足元には一斗缶ほどの鉄製の籠が置かれている。
「あれ? やっぱり俺が一番に到着か?」
すぐに駆け寄ってみると、鈴木の周りに先行したはずの弥生の姿がない。
「今日はお一人ですか?」
「いや、特隊の三人で来ているけど、置いてきちゃった。そのうち合流すると思います」
「そうですか。とりあえず目標はここから百メートルほど離れた茂みにいますね。双眼鏡で確認してみます?」
受けとった高性能の双眼鏡を覗いてみると、はっきり、くっきり、茂みの中にピンク色をした耳の短いウサギのような生き物が見える。桐生も生きたピサルモの姿を見るのはこれが初めてである。
「うわ、可愛いな。ペットにしたいくらいだな」
「実際、大人しい動物ですからね。愛嬌もあります。ヌイグルミにでもしたら売れそうな気もしますけどね。でも飼うとなると、あいつの毛の性質上、難しいでしょうね」
「ぐっすり眠らされて、毎日遅刻だね」
「あやまって町中に逃げられでもしたら問題です」
「それは、いまこの状況も同じだね」
「はい」
「ところで、弥生は見なかった? 俺より先に鈴木さんの方へと向かったはずなんだけど…」
「いえ、自分はまだ合流していませんよ」
「おかしいな。あいつ、早くも迷子にでもなったのかな? それとも抜け駆けして、先にピサルモに近づこうとして眠らされたとか」
「なんですか? お二人、競争でもしているんですか?」
「うん、まあ、そんなところ。付近には、あいつはいないな… よし、それじゃ、一足先に捕獲してくれようかな」
双眼鏡を鈴木に返すと、拳を鳴らして足首を回して首を振って体をほぐして準備を整える。ピサルモを睨み、低く腰を落とした次には一気に目標目掛けて走り出す。人間の常識を超えた速さをしながら足音は極力抑えているから、まるで風。一般隊員の鈴木の目には目前から消えたかのように見えた。同じ隊だから見知っているが、その速さは何度見ても驚いてしまう。とはいえ、タモ網一本握っただけの生身で突っ走っていった桐生を、はてそれで大丈夫なのかとすぐに心配になる。
双眼鏡を覗いたときには、すでに桐生がタモ網でピサルモを横から捕らえたところであった。「さすが」との声は出るも、案の定、ピサルモの毛の粉のせいで桐生はたちまち激しい睡魔に襲われて、膝から崩れて網を握ったまま地に突っ伏し眠ってしまう。それがまた随分と健やかな寝顔である。口を開けながら幸せに昇天した顔付きをしているのだ。睡眠作用の効力も絶大である。これぞ「あちら側」の生き物の凄さというものである。
さて、鈴木からすればどうしたものか。とりあえず忍び足で桐生を助けようと現場へと近づきに掛かるが、ピサルモはまだタモ網の中とあれば、迂闊に近づけない。おそらく桐生は息を止めながら捕獲する作戦であったに違いない。結果は失敗。桐生にして失敗なら、自分では無理と鈴木は諦める。双眼鏡を片手にひとまずは静観する。網の中のピサルモは激しくもがいている。再び逃げ出すのも時間の問題である。そうなった場合、桐生を起こすべきか、桐生を置いてピサルモの追跡を再開するべきかと悩む。
悩んでいると、眠る桐生の顔の側に黒いストレッチパンツをはいた細く引き締まった足が現れる。視線を上げてその顔を見るとガスマスクをつけている。Tシャツの胸の膨らみから女である。
「平塚君か。さすが、準備がいい」
弥生は網越しにピサルモの額を撫でている。優しく撫でることでピサルモも少しは大人しくなる。それからどうするものかと見ていると、彼女も次にどうすべきか迷っているのか、誰かを探すように辺りをキョロキョロと見回している。そのうち携帯電話を取り出して鈴木に掛けてくる。
「もしもし、見ていましたよ。任務完了ですね」
ところが掛けてきた当の弥生のほうから返事がない。何かを叫んでいるように聞こえるが、上手く聞き取れない。当の本人を肉眼で確かめると、どうやら電話をするのにガスマスクが邪魔なようである。聞き辛い、話し辛いで歯がゆく、それが苛立ちへと変わると、何を考えてか突然被っていたマスクを脱ぎ始める。
「いま、どこにいます? ピサルモ捕獲に成功したんですけど」
「いや、だから、見てましたよ。すぐ近くにいますよ。わかりますか?」
鈴木はすぐに潜んでいた木の陰から姿を現し、弥生に向って手を振る。それを確認して弥生も満面の笑みを向けて手を振り返す。油断大敵とはこれである。マスクを外したことでピサルモの毛の粉を吸い込むと、途端に睡魔に襲われ、みるみる瞼が下りて、桐生のすぐ側で倒れてしまうのであった。
ピサルモはその拍子にまた逃げ出してしまう。能力者が二人して何をやっているのやら。
続きます




