その場所は、県の恥?
桐生の運転の荒さに酔いそうになるのは滋ただ一人。弥生は涼しい顔をして窓の外に目をやっている。基地からの山の下りを過ぎても車の速度は劣ることなく、有料道路をさらに加速して制限速度を超えて走っていく。弥生は不思議と文句も言わない。警察が見ていればきっとスピード違反の現行犯で逮捕されそうなものであろう。それとも警察と取り決めでもあるのか速度を落とす気配も、それを咎める雰囲気もこの車内にはない。有料を過ぎて目的地のS町に入るとすでに山の里。立ち並ぶ古い民家と田畑の間を縫って走って、山の中腹に進む。林を前に小さな駐車場が見えてそこに車を停める。
「滋君、到着したよ」と弥生が声を掛ける。
「ここ、どこなんですか?」
「どこって言われても、公園よね、山の中の」
駐車場からぐるりと辺りを見回しても目に飛び込んでくるものは木々ばかり。公園と呼ばれても遊具などは一切ない。
「遊び場というより、遊歩道みたいなものだからな。何故か、途中にお墓があるけどね」と車を下りながら桐生が答えた。
「誰の墓?」と滋も車のドアを閉める。
「さあ、逸話だとモーセらしいけど。信じるも信じないもその人の勝手だね」
「へぇ、初耳」
「ここの管理する機関、おそらく市だと思うけど、遊び心があって、俺は好きなんだよな」
「それって要するに、誠司もその逸話を基本は信じていないってことだよね?」
「本当の話だったら教科書にも載ってるよ」
「税金の無駄じゃないのかな?」
「そんな心配を口にすると、つまらないだろ?」
「下手をすると県の恥、日本の恥になりそうだから、それこそ過去に戻れるなら確かめてみたいよ」
「ちなみに俺はここには五度ほど足を運んでいるけどね。仕事で一度、それ以外はプライベートでだな」
「へぇ、それはまた… 何というか、僕にはこの公園の何がいいのかさっぱりわからないよ。むしろあまり立ち入りたくない場所のようにも思う」
「まあ、強いてあげればそういった駄目駄目なイメージのあるところに魅力があるってことかな。山篭りの修行をするにも使えるしね。たまに物好きな観光客とすれ違ったりして、そのときは恥ずかしくなったりするけど」
「要するに変人にしかその魅力はわらかないってことだね。普通の人からしたら、それはもう常識の通用しない魅力だよ」
「変人とは失礼だな。お前もだんだん弥生に似てきたな」
揶揄のネタにされると弥生も、
「あんたこそ失礼なことを言ってないで、目標がいまどのあたりにいるのか連絡取りなさいよ」と言う。彼女に促される形は気に食わないが、正論とあれば桐生もさっそく電話で実行部一般隊員である鈴木に連絡を取る。
「もしもし、もう公園の駐車場に到着したんですけど、目標の行方はどうですか?」
「今現在、山の中です。遊歩道のさらに奥のほうですね。自分はいま双眼鏡で遠くから追っています。半径十メートルも近づくと眠らされてしまいますからね。私の場所は携帯のナビで確認してください。道中、鳥やリスが何匹も眠らされているのでそれを辿っていけばわかりやすいですよ」
「了解」
ナビと紙の地図とを照らしながら、おおよその位置を三人で確認する。あとは個々人勝手に行動しろと桐生は言う。確保次第、即連絡、何かあっても連絡、集合場所はさきほどの駐車場と決める。
「こんな林の中を乙女一人で行動しろっていう、その神経が理解できないわね」
弥生は腕を組みながら桐生を白眼視してそう言った。
「お前なんて、並の男以上に動けるんだ、乙女とは言わないだろ? ああ、それでも一応言っておくけど、熊が出るところでもあるので気をつけて」
「簡単に言ってくれるんじゃないわよ。それは大問題よ」
「俺たち、何のための能力を持っているんだ? 余裕だろ?」
「余裕じゃないわよ。山が火事になっても、そのときはあんたが責任取りなさいよ」
滋は能力覚醒の際に大熊と対峙、さらには弥生が扮した熊に頬を殴られた経験があるため、
「僕、結構、トラウマなんだよね」と弱気である。弥生と桐生はそんな滋をジッと見つめる。
「あれだけみんなを結界で吹っ飛ばしておいて? 私なんか入院させられたのよ。私のほうこそトラウマよ。初めて能力を使う人にあそこまでやられちゃったんだから。それはもうショックよ」
「とりあえず熊が出ても、お前の結界なら弥生の能力よりも安全なはずだ。自信を持て。お前は弥生よりも優秀だ」
桐生の言うことは、滋を励ますというより弥生を貶している。当然弥生の蹴りが飛ぶ。桐生を吹っ飛ばして、
「各自、行動するのよね。それじゃ私、さっさと行くから」
例のボストンバッグを肩にかけ、先陣切って一人木々の間を歩いていく。
「誠司、大丈夫?」
「あいつめ、ときどき強烈な一撃を食らわしてくれる。あ! 服が汚れた! あの野郎! やっぱり乙女じゃねぇ!」
本日の彼の服装はポケットや金具が幾つもついた茶色のカーゴに、乱雑にラインの入った緑の長袖のTシャツ。確かに腹と膝に土がついている。手で払い落すが、その背中にも、くっきりと弥生の足跡が残っていることには気付いていない。滋は、ひとまず教えるのをやめにする。
「お前はどうする? 一人で平気か?」
「うん、まあ、どうせ、誠司の速さにはついていけないし。僕は僕なりに探してみるよ」
「そうか。まあ、目標も動いているわけだし、頭でも何でも使って、頑張ってくれ。何かあったら連絡しろよ。それじゃ俺は行く。弥生にだけは負けたくない!」
桐生は全力疾走で木々の間を抜けていく。あっという間に見えなくなる。
続きます




