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半年前

 半年前…


 半年続いた彼女との交際。一つ進展をと二人で計画した同棲の話。付き合い始めた当初から一人暮らしをしていた彼女だから、彼女の両親に黙ってさえいれば差し当たって大きな支障もなく済む。互いのアパートを行き来していたその手間を省ければ利点のほうが多く、実際共に暮らし始めても大きな弊害もなかった。


 彼女こと日野原絵美は、大学に入学したその年の夏、実家から通えるにもかかわらず、家を出て一人で生活することを決めた独立心の強い女子である。物分りのいい両親も社会勉強の一つと反対せず、新しく入る部屋を一緒に探し、契約では保証人になってくれている。選んだ部屋は実家からそう遠くもない。一人暮らしをしながら、暇さえあれば実家に顔を出して夕食を共にしていたため、家族疎遠になることは一切なかった。一人暮らしを始めることで、彼女の親、特に父親は、自立した一人の大人として彼女のことを見るようになった。彼女もまた自立することの難しさや苦労を学び、自分を育て、家を守ってきた両親を改めて尊ぶようになった。結果的に二利も三利も得たのである。


 親に内緒で同棲することは、それら家族との信頼に罅を入れることになる。が、これを承知しながら、同棲をしたいと言い出したのは実は彼女のほうからであった。理屈一本筋の村田の方が当初困惑したものである。初めは冗談にも聞こえた。二人のまったりとした会話の中に飛び出した何気ない願望の類が偶然口を突いて出たものだとも思えた。


「同棲してみたいな」


 と何度も続くと、村田もそのうちに持ち前の優しさで、


「それも、いいかもね」


 と受け止めた。そうして時間もかからず話は膨らみ、実行へと移すに到った。村田としても彼女との同棲を心のどこかで夢見ていたのかもしれない。


 同棲が始まったのは、特にその日と決めていたわけではなかった。突然、いつものように彼女が村田の部屋へとやってきたと思うと、その手には大きなボストンバッグが握られていた。


「今日から…」


 ただ一言。はにかみながら頬も少し赤らめている彼女を目にして、村田も瞬間は戸惑った。その曇った顔も俄かに晴れて、


「うん… 今日から… おかえり」と受け入れた。


 次の休日、村田と彼女は町の家電屋、家具屋を巡り、新たに二人で暮らし始めるのに必要なものを求めた。相手に贈るためのものを買うのとは違い、二人で使うものを相手と一緒に買うというのは、共に人生の中で始めての経験であった。何を、どのような目線で、どのような感性で買えばよいのか。普段のとおり沈着な顔をする村田だったが、心中ではよく分っていなかった。


「これ、よくない?」


「え? うん? そう、だね」


 家具屋にて彼女が手にして見せてくる白い笠のスタンドライト。


「でも、こっちの黄色のもいいよね」


 買い物を楽しむのは女の方が得意である。男はただ女に合わせている。


「そうだね。でも、白いのも、いいかな」


「やっぱり? 私もそう思っていたのよね」


 こんな具合であった。結局、最初の白いほうを買うことになる。続いて食器を見て回る。彼女が使う茶碗や箸だけでよいのに、揃いのものを使いたいという絵美の一言から村田の物も買うことになった。


「かわいいものとシックなものと、どっちがいい?」


「ええ? シックなほうかな」


「そう言うと思った。勝は派手なものとか、目立つものとか、あんまり好きじゃないもんね。でも、たまには冒険してみるのもいいんじゃない?」


「別に好きじゃないわけでもないけど… ついつい無難なものを選んでしまうんだよね。冒険か… そう言われると、やっぱりシックなものはやめようかな」


 茶碗は青地に花柄、赤地に花柄、箸は、形はシンプルだが、村田のものは鶯色、彼女のものは桜色のものを選んだ。村田一人の食卓ならまず並ぶことのないそれらを、彼女の笑顔に負けて購入する。電気屋では八合炊きのできるジャーを、それまで使っていた三合炊きでは小さいという理由で買った。八合は大きすぎる気もしたが、大は小を兼ねると言われた。


 それ以上の家具家電の買い物はまるで新婚のようだとやめにするが、彼女は自身が口にした「新婚」の二字に自ら照れてしまう。


「新婚か、まだまだ俺たち同棲なんだけどね」


「ハハハ、そうだよね、そうだよね。ちょっと浮かれすぎちゃってたよね」


 彼女ははしたなく無理に明るく笑った。それが恥ずかしさを誤魔化すためとわかっていれば、村田も余計な揶揄は入れない。


 家電屋からの帰りの車の中、


「聞いてみたかったんだけど、どうして同棲しようなんて考えた?」と村田は改めて問うた。


「え? どうしてって言われても… 勝こそ、どうして?」


「うん? うん… どうしてか… そうだな、それが話の流れというか、二人の流れで自然かと思ったから、かな」


「私は… 私はどうしてだろ…」


「え? もしかして、何となく?」


「ううん、そういうんじゃない。それは断言する。色々と考えることがあって、たくさんあって、ありすぎてこれだって決定的なものを一つ挙げれないっていうだけ…」


「ふ~ん…」


「でも、やっぱり、素直に好きだから、かな。一緒にいる時間をもっと増やしたいと、そう思ったから、かな…」



続きます

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