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過去に戻れる能力者っているの?

「いや、無理でしょう」


 ディスプレイに目を凝らし、キーボードを忙しなく叩きながら振り返りもせずに村田はそう返事をする。


「そうあっさりと答えられるとまったく希望を抱けないじゃない」


 と弥生は彼のすぐ側で、別のパソコンの前に座りながらつまらなそうな顔をする。一つ溜息も漏らす。


「平塚君、そうはいっても、できたって話、聞いたことがないからね。過去の記録にもないしね。漫画や小説の世界だけでしょ、『過去に戻りたい』なんて…」


「う~ん、わかってはいるんだけど、こういう業界にいると、そういう時空を捻じ曲げるような能力者がいてもおかしくないと思うのよね」


「いてもおかしくはないかもしれないけれど、実際にいるかどうかとなると、難しいね。記録はもちろん、そういう人がいるっていう噂すら耳にしない。大昔はどうか知らないけれど、今のこの世には… ねぇ…」


「『あちら側』でも?」


「そこまではちょっと… それにしても、どうして急にそんなことを聞くんだい?」


 村田はようやく手を止めて弥生へと振り返る。本日の弥生の格好は花の柄の入ったクリーム色のTシャツに黒の綿のパンツを併せて頭には白い三角巾。どうやら一階の和菓子屋のバイトの途中か、終わった後のようである。パソコンが数台並んだだけのこの殺風景で薄暗い調査課の室内では一人華やいで、一人浮いて見える。


「いや、友だちがさ、何かプライベートで色々とあったみたいで、それで私にそういう相談をしてきたの。その子、私が不思議な現象を相手にする仕事をしているって知っているから」


「君にしても誠司にしても、自分の身分を隠すことにあまり頓着がないというか、隠密行動が下手というか、周りにバレバレなんだね。この間、所長が言っていたよ、もう少し目立たないように行動しろって」


 先日のエレベーターと一階の和菓子屋のガラスを破壊された件から出た苦言である。共に修理は済んでいるが、特に営業に関わる一階のガラスの、客への説明に面倒をした話は弥生の耳にも届いている。だが、弥生も迷惑を被った立場なら、お門違いで彼女には癪なものである。こう怒っても仕様がないので、とりあえず話を戻す。


「その子が言うには、もし過去に戻ることができたら、もう一度やり直したいんだってさ」


「それはつまり、恋愛の話だね。なるほど。でも、それは本当に君の友だちの話かい? 本当は自分のことなんですってことは、ないよね?」


「違うわよ! 私じゃない!」


 こう動揺されると図星とも取れるが、問答の面倒を避けて村田はそれ以上の詮索もしない。彼女の言っていることをひとまず信じて話の続きを聞いてみると、その友だちというのが、やはり同じ大学に通っている同い年の学生とくる。気立てもよくて、頭もよくて、現在社会人と付き合っているらしい。おそらく喧嘩しただのしないだの、別れるだの別れないだの、といった内容と思われる。思われるというのは、弥生がそれ以上、その友だちの詳細を話さないからである。容姿だとか学部だとか名前だとか一切わからない。こう情報が漠然とすればするほど、情報局で情報収集をしている村田は深く追求したい欲を掻き立てられる。全く聞かないのも何だか気持ちが悪い。気持ち悪いが、二十歳の若い女子の、色恋に首を突っ込む無粋を働くほど理性に乏しい大人でもない。


「まあ何にせよ、過去に戻りたくても、人は時間を戻すことはできないよ。まして一般人の個人的な頼みごとのために、能力者を派遣することも実際難しいしね」


「それはそうだけど… 村田さん、ほんと現実的ね。夢のまた夢の話ってことなのはわかっているけど、もっとこう、人の乾いた心に水を注いであげるというか、夢なら夢で夢見させてあげるとか、そういうのがあまりないわよね。村田さん、自分の彼女にそういうこと言われない?」


 恋人の話を持ち出されて村田も少しは困った顔をするかと思いきや、意外と彼も平然として動揺も見せない。


「まあ、それは置いておいて、何だったら、能力者の本場『あちら側』の人に、そういう過去に戻れるような能力を持った人がいるのかいないのか聞いてみてはどうだい? あのヴァイスっていう人とは、一応、知り合いなんだろ?」


 すると弥生こそが狼狽して、


「そ… そんな、私は別に知り合いとか、そういう仲でもないし。仲がいい、というか、連絡取り合っているのは誠司だけなんだから、私は別に…」


「ああ、そう?」


「そうよ、そう。ああ、もういいわ。よくわかったから。過去に戻るなんて不可能だってことよね」


 満足のいかない結論を丸呑みして、半ばふてくされてその場から立ち去ろうとする弥生に村田も溜息を一つ。


「俺だって、過去に戻れることができるなら、戻ってみたいさ。戻れるならね。過去に囚われて、不可能に近いそれを取り戻そうとするより、次のステップに進んだほうがラクだっていうのが大人の見解というものだと思うよ」


「はいはい。私も歳に見合った大人になれるように頑張ります」


 弥生は調査課を出て行く。突然やってきて勝手に課の機材を使って、満足いかずに勝手に機嫌を損ねて職場に帰ってしまう二十歳の女子の考えは、五歳も離れている大人の彼にはわからない。しかし、そんな彼もまた弥生と同じ二十歳の女子学生と交際している。恋人がいることは基地内でも知られているが、相手の身分、容姿、名前、年齢、その他詳細は誰にも話していない。故に恋人の話も見栄、嘘と取られたこともある。それら偏見の度に彼は微笑して聞き流して、個々人の想像の勝手に任せている。村田の名誉のために断言すれば、女学生との交際は事実である。皆に隠すのはこの業界での癖が為である。逆に彼は自分の彼女に自分の職業について本当の事を話していない。和菓子屋の会社にて主にマーケティングリサーチを担当しているとだけ伝えてある。「植木屋」という店の名前も一度しか口にしたことがない。


「過去に戻りたい… か」


 仕事も途中で、気が付けばそう呟いている。もし戻れるならば、自分は「いつ」に戻りたいのか、戻って何をしたいのか… そんなことをふと考える。いや、望みははっきりとしている。はっきりとしているが、叶わないことも知っている。だから空想に浸り始める己をすぐに咎めて、大人の理性を守ろうとする。



続きます

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