九歩目
宮ノ内、地下牢……
いくつ日が落ちたか数える気力もなくなってきた彼。
髭や毛髪は汚らしく伸びて、薄い布にくるまっただけのような風体。
牢の壁に背を任せ、身動き一つ取らない。
「菜々…」
開かれた眼は、それでも威厳に未だ満ちていた。
ゆるぎない、強い信念を覗わせる瞳。
彼はこの国の頂点に立つ、帝というもの。
国を憂い、同時に逃がした一人娘の身を案じていた。
帝が娘を逃がしたのは、一つの賭けだった。
国を救う術を、彼女に見つけてほしかった。
たとえ自身の命尽きるまで、彼女の意志が間に合わなくとも……
……国の意志が、救われればそれでいい。
足音。彼はとっさに身を固くする。
だがそれはいつもの陰険な魔女の配下ではなかった。
聞き慣れた、兵たちの足音。
かん。
金属の落ちる音。がたんと扉が開く。
「おお、ここだ。いらっしゃったぞ!」
「おい、こっちの鍵も頼む!」
「…よし、下がれ」
かん。
地下牢の堅牢な鍵が落ちる。
開かれた扉の前に、一人の男が立っていた。
ありふれた着流し、その右手には刀。
鋼を斬るほどの剣士が未だにいるとは、と帝は目を見張る。
地下牢から担がれ出される帝。
体がすっかり弱ってしまっていた。
「殿下、御無事で!」
「南の方様もご無事でいらっしゃいます」
見慣れた自分の部下たちの声。
自分が助けられていることは実感できているが、状況は全く読めない。
眩しい外の世界には棺。
「殿下、しばしの御辛抱を」
棺が閉まる。中は柔らかく、自分の丈に合っていた。
外から声が聞こえる。
『外はどうなってる』
『破壊屋がドンパチやってるだろうよ』
棺の中は息苦しかったが、揺れていることからおそらく外に出ているのだろうと推測する。
魔女はどうしたのだ、民は無事だろうか。
『……お前たち、父様を頼みましたよ』
は、と帝は全身総毛立つ。
『御意、菜々姫様!』
「……な、菜々だと…」
かすれてしまっている声に構わず、帝は涙を流した。
あの力強い声。泣きじゃくりながら駆けていった昔の娘の声とは思えない。
娘の足音が遠ざかっていく、城の奥部に。
姫は成長している。帝は涙を頬に伝わせながら、確信した。
「ああ…、もう大丈夫だ…」




