山村水菜編(3)
肩に刃が食い込む。
この少女、なかなかに運動神経が良いようで、こういう接近戦(ただし喧嘩)が得意だった僕でもなかなかナイフを奪うことは出来なかった。
いや、この場合は出来なかった、じゃなくて、出来ていない、なのだが。
僕は現在進行形で彼女の襲撃を何とかかわしまくっているし、彼女は彼女で僕の心臓を貫こうと一心不乱にナイフを振り回している。
僕は現在進行形でやばいし、現在進行形で死にそうなのだが、この冷静な思考はいつまでも冷静であるように、僕の体力もいつまでもいって入りで固定されている。
僕は特別ではないが、特殊なのだ。
それにしても、彼女のナイフ裁きはなかなかのものでこの僕もかなり苦戦を強いられていることから分かるように、まるでナイフが手に染み付いているかのような感じに思えた。
まぁつまりはこれが初めてではないのだろう山村水菜は少なくとも「何か」がおかしいし、その「何か」は僕では分からないということだ。
だからまとめると、やばい。
彼女が狂ったように振るっているナイフは二百二十本のうちの一本なのであり、彼女からナイフを奪うことに成功したとしても、二本目を握ってまた攻撃を開始してくるかもしれない。
そうなるとかなりこちらが不利だ。
説得が無理なら。
この少女を気絶させるしかないか。
じゃあここからは状況説明。
彼女の右手のナイフは懐中電灯のように握られていて、刃の先端部分が僕の胸板に向けられていた。そしてやっぱりその照準は僕の心臓に向けられていて、しつこくも確実に僕を殺したいようだった。
だけれど僕はそんな簡単に死にたくはないため、ものすごい速さで突き出されてきた右手をこちらも右手で掴み、捻ろうと思い切り手首を回すと、彼女はそれに反抗しようとして右手をぶんぶんと振るが、僕は右手を掴んだまま離さない。
僕はいつまでもこうしていられないという風に一瞬で思い切り力を入れて手首を捻り回し、彼女の手首を軽症させる程度に痛めつける。
すると彼女は「ヒッ」と小さなうめき声を上げ、少し後ろに下がる。ちなみにこのときはまだ手首を離していない。
「これぐらいでは目覚めてくれないか」
僕はその手首に握られているナイフを取り落とさせようと先ほどの二倍ぐらいの力でさっきの逆方向に思い切り。
捻る!
「あいたたたたたた!」
そう叫んだ彼女はナイフを落とし、左手で右の手首を押さえる。
「い、痛かった?」
「あ、あうぅ」
やってしまった。
少しやりすぎたかもしれない。
「あ、山村さん、やりすぎた?」
「い、痛いよ」
その場に座り込む山村さん。
僕は真剣になりすぎたかなぁなんて安易なことを考えながら、僕は彼女に近づく。
「近づかないで」
彼女は制する。右手を、僕に思い切り捻られてかなり痛いはずの右手を広げる。
「無理だね」
僕は彼女の言葉を聞き流し、しゃがみ込む。
もとよりここは彼女の家なのだから、僕は出て行けと言われれば出て行くしかないのだけれど、この少し狭い家にナイフが二百本もあるのなら、僕は安易に帰ったり出来ない。
彼女の命が危ない。
それが、此処に残る理由だ。
「何があったの、山村さん」
僕は彼女を抱え込んでそう言う。
初めてしゃべった奴に、初めて会ったその日に部屋へ呼び込まれた僕は。
「両親を殺そうと思って」
この言葉を聴いた瞬間に彼女が泣き出すのを見て。
「僕が引き受けるよ」
そういった。