山村水菜編(2)
ナイフ。
その数、恐ろしいほど二百二十本。
恐怖だ。
「これを何に使うのかはあえて聞かないし、聞いたとしてもあまり良い答えを聞けないと思うから、僕はこのまま帰りたい気分なんだけどなぁ」
僕はそう言うと。
「男子を部屋に呼んだのは初めてだなぁ。別に今はそれを感慨深く思わないけど」
約二百本のナイフを怪しい目つきでじっとり見る山村水菜。
今は放課後で、僕の唯一の休息時間のはずだった。
今日は部活ないし。
「僕は早く帰りたいよ」
部屋を見渡すと、思ったよりもがらんとしていて、なんだか拍子が抜けたみたいな気分だと勝手に思った。
いつもおしゃれを気にしている面倒な山村の部屋なのだから、部屋中に服やらなんやらがたくさんあると思って期待していたのだが。
意外と、質素な部屋だった。
というより、ビジネスホテルみたい。
いや、ビジネスホテルなんて行ったこともないんだけど、なんかなんとなくそんな気がするのだ。
「いやいや、来たばっかりで何言ってるの? せっかく私が折り入って頼みがあるって言ってるのに、それを無視して帰るの?」
「無視じゃない、しっかり断ったはずだ。僕は今とても家に帰りたい気分だから帰るってさ」
「それって身勝手じゃない?」
「僕が、身勝手?」
いや。
身勝手にもなるだろう。
おしゃれな女子が自分の部屋に有していたのが可愛らしい洋服などではなくて、たくさんのナイフだと知ったら誰でもどん引きするだろう。まぁ僕は頭が柔軟だから警察を呼んだり、先生にちくったりはしないが、これから少しだけ距離を置こうと考えている。
僕はこれでも人間が出来ているため、口出しはしない。
「まぁ、家に来て一分もたたずに帰るのは忍びないんだけど、っていうか僕がここにいるのが耐えられないから、おいとまさせていただきます」
「逃げるの?」
「うん」
逃げることは悪いことじゃない。かっこ悪いことだけど。
「まぁ、僕は帰るよ」
僕は逃避する。
簡単に言うと、逃げる。
その行為には大いなる意味があるし、大いなる意義がある。
きっと彼女が僕に頼みたいことは、僕にはどうにも出来ない、そんな大きな問題や悩みなんだろう。そしてそれは彼女の心をかなり蝕み、精神が崩壊するほどのものなのだろう。それはこのナイフを見れば分かる。そして彼女に友人が一人もいないことや、劣等性の雰囲気を醸し出しているくせに頭が良い点や、髪型をちょくちょく変えているところからも彼女の精神が不安定だと指摘してもよいと思う。
まぁこれも僕の勝手な見解なんだけれど。
「ちょっと、まってよ!」
殺気。
僕は素早く後ろを振り向き、彼女が両手を一つにしてナイフを握っているのが分かる。
しかも、そのままこちらへ奔ってきていて、我を忘れているみたいだ。
いや、もしかしたらこちらが本当の彼女なのかもしれない。
どちらにっしても、このままだと僕は心臓をぶっさされて死んでしまう。
それではグロテスクな描写になってしまうではないか。それはなんというか、かなり不味い気がする。
それよりも、ナイフで刺されるのはかなり痛いだろうし、僕はその痛みに耐えられずショック死してしまうかもしれない。
いや、医学について詳しいわけではないのでショック死については何も知らないのだが、自分だったら痛みで死んでしまいそうな気さえする。
だから僕は、刺されてはいけない。
他人に迷惑をかけることになる。
とりあえず。
僕のナイフ遣いの、第一戦だ。