ポールとバルです1
今回はメイ視点ではありません
僕はその日、『大切なもの』を失った。
僕の名前はポール。小さな田舎村から冒険者になるべく旅に出ただけの普通の青年だ。
普段はアライエの町を中心に、コロイドの町のほうまで行ったり、イリアスに町に行ったり、キーンの町まで行ったり、ゼガンの町に行ったりとあちこちを渡り歩いて一定の時期になったらここに帰ってくるという生活をしている。
相棒は火鼠のバル。もともとはコネズミというどこにでもいる、それこそ町の中にでもいるような戦闘能力がほぼ皆無なモンスターだった。村を出てすぐに主になって、旅を続ける途中で火石という石をダンジョンの宝箱から拾って、間違ってバルが食べたのをきっかけに火鼠に進化したのだ。
火鼠はそれなりに戦闘能力が高く、弱り切っているゴブリンくらいなら火鼠だけでも倒すことができる。バルに関して言えば奇襲や不意打ちが得意で、これまでの頑張りで1対1なら普通の状態のゴブリンにだって運が良ければ勝てるようになった。あのときの誇らしげな顔は今でも忘れられないや。
従魔の部に初めて出たころは戦いになんかならず、ただただこっそり後ろから近づいて攻撃し、それでもほぼ効いてなくて逃げ回っていたバルも、いろいろな戦い方を覚え、それなりに戦えるようになった。
今回の従魔の部もバルと出ることにした。たまたま馬車で仲良くなったメイ…シャドウのヒメも出るらしいので応援しなくちゃ。3試合目だったよね。
「バル、準備はいいかい?」
「きゅっきゅう!」
「やる気満々って顔だね」
『では、出場させるモンスターをフィールドに送り出して、皆様は結界の外に出てください。まだ攻撃させてはダメですよ。開始の合図で戦いはじめるようによく言い聞かせてください』
「バル、無理だけはしちゃだめだからね。まずは前回できなかった3体討伐を目標にがんばろう」
「きゅう!」
僕はバルをフィールドに置き、結界の外に出た。この第1試合では目立つモンスターが5体いる。シルバータイガー、ワイバーン、リビングアーマー、バトルファルコン、それからプラチナタイガーだ。バルじゃあ全然歯が立たないようなモンスターたちだ。バルは戦闘大好きだけど臆病でもある。あのあたりには標的にされない限りは攻撃しようとは考えないだろう。でもそれでいい。少しずつ強くなろうねバル。
『さて、全員の準備が完了したようです。それでは、従魔の部予選、第1試合開始ぃいいい!!!』
モンスターたちが一斉に動き出した。
「バル、頑張れ! そこだ!」
3分が経ち、モンスターの数は最初よりだんだんと減ってきていた。あのプラチナタイガーが攻撃をしていないのは嫌な予感がするけどそれ以外では注目してたモンスターたちが予想通りに大暴れしている。
バルはバルで最初から近くにいたウィンドキャタピラーをプチファイアを使って倒し、少し離れたところで同じゴブリンを倒した別のゴブリンを奇襲して苦戦の末になんとか打倒し、今は3体目となるポーンドッグと戦っているところだ。
「そろそろ頃合いですわね」
そんなつぶやきが僕の耳に聞こえてきた。僕には、そのつぶやきが悪魔の囁きに聞こえた。
「みぃちゃん、攻撃開始ですわ!」
その声にこたえるようにプラチナタイガーが、今まで当たってこそいないが自分を攻撃し続けていたリビングアーマーを地面にたたきつけた。それだけでリビングアーマーは動かなくなり、体が粒子となった。
そして、その光がプラチナタイガーの首輪に吸収されていった。
それを見た瞬間、僕は自然と叫んでいた。
「バル、プラチナタイガーの攻撃はくらうな! あれはまずい!」
本来なら光の粒子となったら、それは天高く上り、別の部屋にでてくることになる。しかし、今光は間違いなく吸収されていった。あの首輪はおそらくそういう効果を持ったものだ。
僕はその時に初めて彼女があそこまで自信満々だった理由がわかった。あの首輪の能力があるから、倒した相手を確実に屈させることができるとわかっていたのだ。でも、あれってルール違反なんじゃないのか?
「ふふふ、みなさん愕然としている様子ですわね。説明して差し上げますわ。あの首輪は隷属の首輪という魔道具ですわ。倒したモンスターを一定の確率で隷属させる効果を持ちますの」
「それはルール違反じゃないのか? 一般の部で禁止されている奴隷化の首輪と同じ効果を持ってるわけだし」
「問題ありませんわ。私はきちんとここの係員にこの首輪の効果を説明して、この首輪をはめたまま出場させてもよいか尋ねましたの。上に確認をとってもらって、許可が下りたということでしたので私は使っているのですわ。ですから、私はルール違反などは一切しておりませんわ!」
たしかに許可を得ているならルール違反とは言えない。そもそもなんで許可が下りたんだろうか? なにかしらの取引があったのかもしれないけどクライン様が簡単に許可を出すとは考えにくいし、なにかよっぽどのことがあったのだろう。
だが、いくらルールには違反していないとしてもそれはダメだと僕は思う。屈したのならば自分自身を鍛えなおし、より強い絆を結ぶためにそれまで以上にともに頑張ればいい。でも、あれは『隷属の首輪』と言っていた。その効果は『隷属』であって屈するわけではない。どうすることもできないのだ。
どれだけ自分を鍛えなおそうと、どれだけモンスターとの絆が強かろうと関係がない。運が悪ければ、タイミングが悪ければ、ただそれだけなのだ。
新たに葬られた5体の中から1体が首輪に吸収されていった。残りモンスターが少なくなったことでバルの姿も間違いなくとらえられているだろう。
その時、プラチナタイガーの次の標的が決まった。
それはバルだった。
「バル、逃げてくれ! バル!」
僕の声でピクリと反応したバルだったが、すでにプラチナタイガーの射程内に入ってしまっていた。
次の瞬間には腕が振り下ろされていた。
「バル!!!」
「きゅうううう!!!」
バルはなんとかその腕をかわしていた。よかった。そのまま逃げてくれれば
「みぃちゃん、何をしていますの。さっさと終わらせなさい」
「……」
プラチナタイガーは何も言わずにその場で佇んだ。バルは今のうちと言わんばかりにプラチナタイガーから距離をとろうとしていた。バルは体がとても小さいが、その動きはとても速い。すでにプラチナタイガーから10m以上距離をとっていた。
が、次の瞬間、プラチナタイガーが、たまたま空にいたワイバーンとバトルファルコン以外のモンスターを蹂躙した。
オークの腕がとんだ。ゴブリンの首が取れた。ウッドドールの体がばらけた。バルーンボムの体が破裂した。ウルフの牙が砕けた。モグリューが地面に沈んだ。マッドフライがたたきつけられた。ピクシーが切り裂かれた。ラブラビットが吹き飛んだ。シャドウが消えた。次々とモンスターが倒されていった。
そして、バルが吹き飛ばされた。
バルは僕のすぐ目の前まで飛ばされてきた。
「バル!」
「きゅ…きゅ…」
バルは必死にこちらに手を伸ばしてきた。ごめんね、僕がこんな大会に出場させたばっかりに。僕もバルに向かって手を伸ばす。結界に阻まれて触れることはでいない。そんなことはわかっていても、どうしても手を伸ばさずにはいられなかった。
しかし、その手が触れることはなく、バルは光の粒子に変わった。僕は必死に祈った。どうか無事に僕のもとまで戻ってきますようにと。
しかし、祈りは通じなかった。僕の体から何かが抜ける感覚がする。契約が切られたのだ。
プラチナタイガーの首輪には大量の光が吸収されていく。いったい何体のモンスターが無理矢理あの首輪によって契約が切られたのだろう。僕の他にも何人も地面にうずくまって泣いている人がいる。
僕も涙が全然止まってくれない。
あまりの光景に唖然としていたバトルファルコンをワイバーンが倒して試合は決まった。
決勝に進んだのは決勝常連の飛竜使いノノのワイバーンと、あの女性のプラチナタイガーの2体。
観客は皆プラチナタイガーの圧倒的な強さに盛り上がっているが、盛り上がっているのは観客だけだ。今の試合において自分のモンスターの参加していた人たちはあの女を除いて誰一人として声をださない。ノノでさえ静かにワイバーンを連れて出ていった。
僕達は係員に促されるままにコロシアムを後にした。
僕はなぜかあのプラチナタイガーの悲しそうな顔が頭から離れなかった。
そして、僕を含めた、あの場でモンスターが首輪に吸収されていった人全員があの女の下へ向かった。
どうもコクトーです
今回はメイ視点ではない、というかメイは出てきてないので職業レベルはなしです
思ったよりも長くなってしまったので次回もポール君の視点です
ではまた次回