崖の底です
暗い暗い闇の底、俺は倒れていた。
橋の上から騎士のおっさんに落とされて、しばらくの間は落下していた。そして、ついに地面に激突した。全身に鈍い痛みが走る。痛すぎてわからなくなりつつあるが、全身から血も出ているらしく体が少し温かい。
(ここで死ぬのか……)
隣には誰もいない。というかいてたまるか。深い深い谷に落ちたんだ。今思えばあそこで穴が開いたのも何者かの意思を感じる。もしかすると先にいった騎士が調べるふりをして傷つけておいたのかもしれないな。まあ今となってはどうでもいいことだが。
意識が薄れていく。つかよくもってたな。普通に落ちたときに即死だと思ったんだが……あ、 痛すぎて気絶できないのか。納得したけど納得いかねえ。つか痛え。
ズル……ズル……
頭の上の方でなにやら音がする。痛みで多少ぼやけるが、そいつが微かに視界に入った。緑色の、向こうが透けて見える、目も鼻も口もない、その生物の正体は、スライム。ゲームとかだと一番最初の敵として出てきたり最弱モンスターとして登場したり、スライムだけでクリアとかいう縛りプレイの対象になったりするモンスター。
しかし現状俺に抗う術はなかった。
(落下して死亡じゃなくて生きてスライムの餌かよ……笑えねえ……)
だんだんと近づいてくるスライム。そいつが頭のすぐ上で停止した。どうやって食べるかとかを考えているのだろうか。できるならいっそ苦しくないようにしてくれや。
(すまんな真那、先に逝くよ)
死を覚悟した。
バッと音がして頭上からスライムがジャンプして頭に覆い被さろうとする。
そのまま頭を覆われて少しずつ消化されていってあげく死亡。
とはならなかった。
「うがぁぁぁあぁぁああああああああああ」
頭に触れた瞬間、目を中心にして全身にこれまでとは比べ物にならないくらいの痛みが走る。まるでなにかに体を弄くり回されているように。
(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い)
体を内側から鈍器で殴られるような痛みが襲う。落下した痛みなぞ比べ物にならない。
痛みは数分間続いた。最後の方は悲鳴すら出なくなり、もう体があるのかないのかすらわからない状態だった。
しかし、痛みがひいたあと、驚くべきことが起きた。なんと身体中の流れ出ていた血がとまり、折れたと思っていた骨が治ったのだ。それでもダメージが大きすぎるせいか、まだ動くことは叶わなかった。
『スキル:再生を習得しました』
頭のなかに文字が流れる。スキル? 習得? よくわからなかった。わかったことは一つ。スライムがきて、全身激痛走って、スキル獲得。意味がわからない。
「ぎゅふふ。やられてやがらーこの出血量はやべえーんじゃね? まあ死んだのならそれはそれだ。おーい生きてっかー?」
そのとき、突如として謎の男に話しかけられた。声をかけるまで気配を全く感じさせずに現れたその男は、倒れている俺を見下して醜い顔で笑っていた。
「な……なん……だ……?」
「おっ生きてらー。ちっ面倒だな。まあ仕事だかんなー。今からお前に与えられた『力』について説明してやるよー。まあ死にかけてるテメーにはもったいない『力』だからな、俺が後でもらってやるよー。ぎゅふふ」
身体は、まるでだるまのように丸く、手足が短く、その上気持ち悪く笑う男は俺に与えられた『力』とやらについて説明し始めた。
「お前に与えられた『力』は3つだー。言っとくが全員3つだかんなー。まあもうじき俺の『力』にしてもらえんだから喜べよー」
まじでなんの話してんだろうか。
「なんの話かわかってねーだろー。人間ってのは馬鹿ばっかだからなー。説明してやるよー。召喚の儀で呼び出されたやつらには基本3つの『力』が付与されるんだー。それをわざわざ説明してやるのが俺たちの仕事だー。まあ、俺の担当のやつからはお代として『力』を貰うけどなー。ぎゅふふ」
召喚の儀。たしか俺たちがこの世界に呼び出された時に言ってたやつか。そーいやあの騎士も剣術が異様にできるやつがいたとか、真那みたいに魔法を授かったやつがいたとか言ってたな。
「ち・な・み・にー、お前は説明を聞くまで死ににくくなってるぞー。まあ死ににくくなるってだけだけどなー。お前はどうせこの説明が終わったと同時に死ぬから意味ねーと思うがなー」
あー痛くても死なないのには理由があったらしいな。どういう理屈なのかは知らないが。でも、これだけ痛い思いをし続けるくらいなら、いっそ死なせてくれた方が楽だったんじゃないか?
「お前の『力』は、喰らう瞳、操る力、応用する力だー。つか破格の力じゃねーかー。喰らう瞳は魔法を瞳が喰らいその力を得る瞳、操る力はそのまんま、応用する力は得た力を勝手に応用してスキルにする力だー。さーて終わったし死んだかなー。さすがにこの出血量じゃ死んだよなー」
魔法を喰らう瞳とそれを操る力とそれをスキルにする応用する力。そりゃいきなり魔法を見せられて、それを使えって言われても無理なわけだ。だってその魔法を喰らうまではただの俺だしな。
つかおかしいよな、あいつの話によれば魔法を喰らう瞳だろ? さっきたぶんだけどスライム自体を喰わなかったか? あのスキル『再生』もスライムをスキル化したって考えれば納得できる。
「さーて、その瞳からもらうかー。俺のこのびゅーてぃふぉーな瞳と替えるなんて真似はしたくないからアクセサリーとしてでももっといてやるよー。これがありゃ魔法対策バッチリィィィィイ! あのいけすかねーやつらに仕返しができるぜー」
男は俺の頭に手を伸ばす。その手は正確には俺の目に向かってきていた。もしかして抉るつもりなのか!? 失明は困るっつの。でも動けねえ。やっぱり絶体絶命じゃねえか。
目を抉られたくないから、逃げようと体に動けと命令を送り続けてもなぜか体が動かない。その間にも手がすぐ目の前にきた。そしてその手が瞳に触れた。
瞬間、瞳はその男を喰らい始めた。
どうもコクトーです
悪魔による説明がありました
ではまた次回