魔族の男です4
魔法陣から伸びるその腕は、受け流されたホーリーボルトが直撃したためか、表面からかすかに煙が上がっていた。しかし、その表面にダメージがあるようには見えず、傷一つついていないその腕にはよくみると鱗のようなものが見えた。
「あれ、なによ?」
「俺が知るかよ。誠也、解析してくれ」
「待てよ……『万物の理を解き明かせ』解析」
キメラ男が解析をするのに合わせて私も解析してみた。
『龍鬼王(オーガ種)
備考:????』
備考の部分が一切表示されていないことを考えると、どうも解析は失敗しているようだ。名前だけでもわかったのをよしとするべきか、得体のしれない存在に対して恐怖するべきか。
しかし、一つだけ確かなことは、この龍鬼王という存在がメイを守っているということだ。その一点を考えれば、敵ではないということはわかる。3人組も、聞いたことのない名前のようで、いまだ身動き一つしない腕に対して警戒している様子だ。火龍様も一旦地面に降りて、その腕の様子に唖然としている。
そのまま10秒もすると、砂埃も腕から上がっていた煙も完全に消えた。すると、その腕はゆっくりと持ち上がり、雨が鬱陶しいとばかりに目の前の空間を薙いだ。雨と風がこちらに襲い掛かるが、特に攻撃の意思とかはなさそうだ。
そして、魔方陣が少し広がったかと思うと、そこから反対の腕、右足、左足と順に出てきて、そしてその全身が現れ、魔方陣は姿を消した。
そいつはたしかにオーガだった。大きさがだいたい4mくらいで、両腕にびっしりと龍種と同じような真っ赤な鱗が並んでおり、背中にその体格と比べて1mほど小さい大剣を背負ってはいるが、それ以外は間違いなく私の知るオーガそのものだった。
「な、なんだよ。結局はオーガじゃねえか。変異種ってことなんだろうが、それくらいなら逆に俺が吸収してやんよ」
キメラ男が強がって、動かない龍鬼王に向かって歩み出す。見せつけるようにブルークラブの鋏を頭上でガチガチと鳴らし、手を打ち付けて威嚇しているが、龍鬼王はそれでも何も反応せず、それどころか目をつむっていることから寝ているようにも見える。
そして、ついに手の届く距離になった。
「はは、なんもねえじゃねえか。お前もモンスターなら、おとなしくそのまま俺の一部になりやがれ!」
キメラ男がアイアンスパイダーコングの腕を龍鬼王にたたきつけた。おそらく全力の一撃だったのだろうそれは、無防備な龍鬼王の腹に直撃した。が、それは龍鬼王を動かすには至らなかったようだ。それからも4本の腕で何度も殴りつけるが、龍鬼王はそれにまるで無反応だ。本当に生きているのか?
「だあああ、なんなんだよお前は!」
キメラ男が息を荒げて叫んだ。たしかに、全力で攻撃しているのにも関わらず、一切反応がなければあんな感じになってもおかしくないのかもしれないな。何か得体のしれない物を相手している気分なのだろう。
「待てよ? こいつ、さっき魔法から岩の後ろの奴を守ってたよなぁ?」
キメラ男は、何かを思い出したように顔だけをこちらに向けて、にやにやと笑いながら言った。
「メイには手は出させんぞ」
私が1歩を踏み出すと、ちょうど間に入るようにツンツン頭とリオが道を塞いだ。
「ちょっと危険な気がしなくもないけど、何が起こるかわからない方が怖いからな。あのままにさせてもらうぜ」
関係なく切り伏せて進もうかとも思ったが、それよりも先にある変化が起こった。龍鬼王が目を見開いたのだ。その瞳はギラギラと私たちを順番に射抜いていく。
「なんだ、ようやく目を覚ま、し」
キメラ男が顔を龍鬼王に戻したその瞬間、ポトリとその首が落ちた。何が起こったのかわかっていないといった表情を浮かべたままのそれは、長く降る雨と土の混ざった、泥水の水たまりを血で赤黒く変えていきながらも、動くことはなかった。
「誠也!」
「嘘だろ? 今、見えなかったぞ!?」
2人がそう驚くのも無理はなかった。私でも動きが一部見えなかったほどの早業なのだ。
背中にあった剣を右手でつかみ、左手でキメラ男の体をつかんでその場に固定し、切り落とす。そして体は放り投げ、剣を背中に戻した。
「ぐるぁう」
龍鬼王が低い声を漏らす。少し離れたところにドサっとキメラ男の体が落ちる音が重なってあまり聞こえなかったが、どこか怒った感じがする。
「くそ、誠也がやられるとかやべえじゃんかよ!」
「どうする? 逃げるか?」
「逃がすと思うか?」
逃げようと相談する2人の上から、火龍様の腕が振り下ろされた。リオの方は何とか直撃は回避したようだが、ツンツン頭は耐えようと掲げた剣ごとその手に押しつぶされた。
「少しも耐えらんねぇじゃねえか。もう2回目だぜ」
またも少し離れた位置にツンツン頭が現れた。火龍様も手ごたえを感じていたらしく、現れたツンツン頭を見て不思議そうな顔をしている。その言葉を聞いている限り、どうにも回数制限がありそうな感じなのだが、はっきりとそう結論がだせる要因はない。
しかし、今ので2人を分断することには成功した。
ツンツン頭は、その幻覚能力こそ厄介ではあるが、それほど実力があるというわけではない。それは斬り合った私自身が一番わかっていることだ。剣術はスキル頼りで、技術はまるでない。剣も天上院さんや以前の私のように聖剣を使っているわけでもなく、この町でも買えるような鋼の直剣。特別な魔道具を持っている様子もなく、服の下に隠したりしていない限り、魔法の付与された装飾品をつけている様子もない。捕虜としてとらえるならば実に簡単にとらえられるだろう。しかし、それはあの幻覚能力を見ていない状態での評価だ。どんな条件があるのかわからない以上、とらえても逃げられてしまう可能性が高い。幻覚とはそれだけ厄介な能力なのだ。これまで使ってないことを考えれば、おそらく攻撃には使えないのだろうが、使いだしたら対処は難しい。
一方で、リオの方はよくわからないとしか言えない。
火龍様のブレスや天上院さんのホーリーストームを無効化する力があるが、攻撃はワンパターンで、独特の詠唱で放たれる闇魔法だけ。しかも、同時、または連続で魔法を使うことはできなく、ある程度のインターバルがいることも先ほど確認できた。強いのか弱いのか判断に困る。何より、使っている魔法が何なのかわからないというのが厳しい。もしここにドリー姉妹か広兼がいればわかったかもしれないが、今いない人物のことはあてにできない。
リオは、火龍様の腕が上がっていく中でツンツン頭が別の場所に現れるのを見たらしく、それまで続けていた魔法の詠唱をやめ、違う魔法の詠唱を始めていた。
「なんかまたゼルセが進化してるな……ヒメにあげる肉を減らしとくか」
「げひっ」
その時、龍鬼王の脇から、ようやく目を覚ましたらしいメイが姿を現した。
どうもコクトーです
8月になりましたね!
ということは、この小説が始まってからもうじき2年です!
8月中の更新について明日にでも活動報告でお知らせをする予定です。
忘れてたらすいません。
ではまた次回
追記
8月4日0時ごろ、活動報告でお知らせがあります。