万龍狩りの龍人です
今回はメイの出番はありません
ご注意ください
「行きましたね」
「そのようだ。それで、彼らを外して話したいことというのはなんだ?」
メイたちが去った後の水の館では、ラムダがそれまで以上に真剣な表情で4体の龍たちと話をしていた。
「以前、『名も無き物語』を聞かせていただいた時のことを覚えてらっしゃいますか?」
「当然覚えておる。『万龍狩りの龍人』の話だ。我ら龍の中にも実際に見ていた者が今も1体いるのだ。伝え聞いている者は数十といる。しかし、ある日を境にその者の名が、顔が、声が、あらゆるものが思い出せなくなった。その話をしたのはそう数があるのもではない。それを忘れるわけがないだろう?」
水龍はその時のことを思い出すようにもう一度彼にその話を語った。
『名も無き物語』、『万龍狩りの龍人』。
その昔、ここ、ミラの町にまだ結界が張られる前のことだ。当時、ここには1体の長と呼ばれる龍と、12体の龍が人と共存しており、日々襲ってくるワイバーンなどのモンスターから人々を守ることで場を提供し、人々は龍に酒や料理といった娯楽を提供する。そうしてうまく共存していた。
そんなある日。この町に1人の龍人が訪れた。その龍人は、武者修行の旅をしており、冒険者として1人で世界中を旅しているそうだ。これまで、4カ所のダンジョン、19の町を訪れ、この町は20カ所目になるらしい。本人はギルドには身分証目的での登録しかしていないそうで、そのランクはF。しかし、訪れた4か所のダンジョンは全て攻略しきったそうなので、実力はランクとはかけ離れているだろう。
彼はここに来てから毎日のように町の外でワイバーンを狩っていた。ドラゴニュート特有の強靭な肉体と、生まれ故郷から持ってきたという1本の刀を駆使して、いつものように複数のワイバーンを持って帰ってくる。本人曰く、この町の料理人の腕がいいからたくさん食べるためにたくさん狩っているそうだ。
彼の自慢は立派な角だった。龍たちでさえも認める立派な角だ。一般的な龍人と比べて長く、鋭く、非常に硬い。毎日しっかりと手入れをし、己の力を鍛えるにつれて硬く立派になるのだと笑いながら語っていた。
彼がここに滞在を始めてから7日目。その日の天気は雨だった。
彼はその日もいつもと変わらず雨の中、町の外に出かけていった。どんな環境だろうと変わらない力を発揮できなければ意味がない。彼はそれを一つの目標に掲げていたのだ。
雨の日はそれを鍛えるのにはピッタリな環境だ。
まず真っ先に考えられるのは視界の狭さだ。雨によって遮られ、普段なら見えるところまで見えず、近くであっても雨粒が影響して見づらくなる。さらに、雨の音というのも大きく、足音や羽音、鳴き声など、普段敵の接近を知るために非常に重要な聴覚、音がダメになる。
そして最も困るのが、武器が滑りやすくなるという点だ。雨のせいで手がぬれ、持つ部分がぬれてしまう。彼の刀は剣よりも重く、若干重心が先端にあるため遠心力が強い。そのため、しっかりと握っていなければ遠心力に負けてすっぽ抜けてしまうのだ。武器が手元からなくなるのは死に直結する行動だ。それしっかりと防がねばならない。
彼が町の外に出てから4時間。雨の中、人々よりも先に龍たちがその異変に気が付いた。いつもならやってきていたワイバーンが1体もやってこないのだ。ワイバーンたちには雨など関係ないし、これまで1日たりとも1体も来ないということはなかった。しかし、その日は1体もやってきていなかったのだ。
様子の気になった龍たちは、数体で偵察に出ることになった。後になって、その判断は間違っていなかったことが判明した。
2体の若い龍が見たその光景は地獄のようなものだった。
長クラスの巨大な龍と、その配下と思わしき無数の邪龍とドラゴン、飛竜たち。そして、それを一人で押さえ込む彼の姿だ。
『集中砲火』という、目に映る範囲すべての敵のヘイトを集める、彼の覚醒した特異スキルによって、次々と向かってくる敵を、1本の刀で全て迎え撃っていた。
飛竜の頭を落とし、ドラゴンの首を裂き、龍を切り殺す。攻撃によって鱗がはがれ、肉が切れ、血が飛び交う。そんな状態であっても、その場を無数の敵の墓場に変えていたのだ。
若い龍たちは、慌てて町に戻った。1体は町に残る龍たちを呼ぶため。もう1体は他の方角に行った龍たちを呼び戻すために。
そして長たちを引き連れ、龍たちは全速力で彼のもとへ戻った。その時間わずか10分。しかし、その間に戦いは終息へ向かっていた。
龍たちが戻ると、そこは先ほどまでのようなぬるい状態ではなかった。
死体の数はもはや数え切れず、中には他の龍のブレスで焼け焦げて炭になった者もある。そんな中で彼は未だ生きていた。そして、残された1体の邪龍と激戦を繰り広げていた。
立派だと笑っていた角は片方が根元から折れており、体中の鱗は剥がれ落ち、全身を血で染め、片腕がおかしな方へ曲がり、すでになぜ立っていられるのかわからないほどの怪我を負っていた。
対する邪龍も、全身に切り傷があり、翼は片方切り落とされ、右目には彼の角が深々と刺さり、見えなくなっていた。
長たちの到着を見るや否や、邪龍は残る力のすべてを出し切って最後の一撃を放った。
その邪龍固有の力、龍殺しのブレス。それは、加勢に来た長たちめがけて放たれた。龍殺しを前に、長たちは何もなすことができなかった。若い龍がその身をもって長をかばおうと動いただけだ。
しかし、その攻撃の前に彼は立ちふさがった。
意識は薄れ、体も鉛のように重い。それでも、彼は残す力のすべてを振り絞り、最後の一刀を振り下ろした。
その一撃は龍殺しの力を押しのけ、邪龍のもとまで届いた。胸に大きな傷を作り、これまで以上に血が噴き出した。しかし、邪龍はしぶとく生き延びた。その身をひるがえし、血を這うように山へ帰っていったのだ。
長たちはその邪龍を追わなかった。あの傷ではいずれ死ぬのは明白であったし、何よりも彼を助けたかったのだ。
長と、その場にいた8体の龍は、自らの皮を、肉を、血を、骨を、魂を、そして命を彼にささげた。
1月の月日が経ち、彼は息を吹き返した。龍たちの命をもらって死の淵からよみがえったのだ。
そして彼はその日のうちに人知れず旅立った。その後、彼を知る者は誰もいない。
水龍は話し終えると、ラムダに問いかけた。
「この話がどうかしたのか?」
「私はつい先日、その龍人の特徴に一致する人物に敗北しました」
「なんだと?」
「自分でもバカげたことを言っているのは理解しております。『万龍狩りの龍人』は900年も前の話。同一人物のはずがありません。しかし、そうとしか思えないのです。着物を着た、片角の、刀を使うあれほどの強さを持った龍人。他にいるとは考え難いのです」
「たしかに、お前が負けるほどの人物がそう簡単にいるとは思えないが……」
「私だけではありまえん。『レーザー』の3人で挑んで数秒持たせるのがやっとでした」
「なんと」
「あの2人も実力者であろう? それが数秒で……」
「なんらかの方法でよみがえったとでもいうのか?」
「去り際にその龍人は魔王直轄の魔将の一人、憤怒と名乗っていました。もしかしたらこの地にも来るやもしれません」
「魔将か……気に留めておこう」
「念のためにもお願いします」
「お主は大丈夫だったのか?」
「その男は命をとるつもりはないようでしたから。武器はダメになってしまいましたが、今は予備でなんとかしています。シャーナルフィアなんかはこれまでの武器と予備でだいぶ使い方が変わることもあって苦戦していますが」
「そうか。顔を見られたことでもう一度狙ってくる可能性もある。気をつけろよ」
「はい」
「じゃああたしはイフリートに話をつけに行くから」
「私もお暇しましょうか。土龍はどうしますか?」
「……」
「では屋敷に運びましょう」
「私も行かせていただきます。連絡役がいるでしょうし」
そうして水龍を除いた全員が部屋を出ていった。
「魔王か……」
残された水龍のつぶやきは誰にも聞かれることがなかった。
どうもコクトーです
今回はメイの出番はなかったので職業はなしです。
次はメイの出番もあるかな?
ではまた次回