メイの見た夢の話です
今回は長めです。
そしていつもとは少し違います。
俺はとある男の夢を見た。
その男はとある地方貴族の次男として生まれた。その家は、当時のカシュマ王国にしては珍しい、獣人種が当主を務めている貴族の家だった。現当主は13代目で、もともと戦争で功績をあげて貴族となった家で、代を経て改善されたが、ノウハウを一切知らないために政治的なことでは他の貴族と比べると劣っていた。しかし、文官ではなく武官としての才能は高く、中には、王都にある騎士団で部隊の隊長を任せられることになった者もいた。
男と兄は歳が10離れており、男がある程度育ったころには次期当主として父について活動していた。兄はこの家にしては珍しく、体があまり丈夫ではなかったが、頭は非常に良かった。小さなころから体を鍛える時間より書庫に入り浸る時間のほうが長いような人で、文官としてみるみる成長した。
基本的に、貴族の家において、当主というのは長男が継ぐものだ。中には次男や三男が優秀で、長男の出来が悪かったり、病気や怪我や死亡等で長男が継げない場合に次男、三男が継ぐということはあるが、あまりあることではない。王国騎士団団長のように力が全てという家は唯一の例外だったりする。
そういう意味もあって、次男というのは基本的に長男にもしものことがあった場合の予備である。この男も例外ではなく、幼いころからそのように教え込まれてきた。体を鍛えるのは当然として、勉強も兄ほどではないがきちんとこなし、暇さえあれば体を鍛えるという生活をしていた。屋敷から出られるようなことは、儀式や式典以外ほとんどなく、兄に何かあってもすぐに動けるようにとされてきた。
男は、そんな生活を嫌っていた。
屋敷の面積だけという小さな世界に閉じ込められ、やることも限られる。男はいつしかその生活を苦に感じるようになっていた。そして同時に、自由を心のどこかで望むようになった。
数年が経ち、男が10歳になった年、兄が結婚した。相手は同じく獣人が当主を務める貴族の長女で、兄も嬉しそうにしていた。どうにも随分と前からお互い知り合っていて、それなりに仲良くしていたらしい。
ちょうど時を同じくして、世界ではある変化が起きていた。
当時は、百年以上前の迷宮誕生ラッシュがあってから、長い間新しい迷宮が発見されておらず、少しずつではあるが攻略された迷宮の数が増えてきていた。このまま迷宮を一つ残らず攻略しきってしまうのではないか? とまで噂として流れるほどだ。屋敷から出ることを禁止されている男のもとにさえ届くほどに噂は広まっていた。
しかし、その噂はある日を境にぱったりとやんでしまった。
大規模な迷宮都市の1つが滅んだのだ。
そこの迷宮はラッシュ以前から発見されていたものだった。すでにできてから相当な年月が経っており、最前線は39層で、この迷宮の最下層は40層だと判明していたため攻略も時間の問題だと言われていた。しかし、ある日の朝、迷宮に潜っていた冒険者たちから『迷宮内の様子がおかしい』という報告がいくつも入った。しかし、当時のその都市を治めていた貴族は問題ないからさっさと攻略を進めろと切り捨てた。
そしてその日の昼頃、迷宮から続々とモンスターが出てきたのだ。冒険者の数も警備にあたっていた騎士の数もかなりの人数がいたため、最初のうちは撃退できていた。しかし、モンスターが出始めて2時間が経った頃、戦線は突如として崩壊した。最前線のモンスターが群れでやってきたのだ。
それから町が滅ぶまで時間はそんなにかからなかった。モンスター自体は多くの犠牲を出しつつもあらかた倒しきることができた。しかし、多くの命が失われた。
それから半年以内に2か所の迷宮からモンスターがあふれ出した。滅んだ迷宮都市を教訓にして戦力は整えてあったのでどちらも被害はそこまで大きくならなかった。
それから1年が経ち、ついに兄に子供ができた。どうやら男の子らしい。そこで男は父と兄の両方がいるときに冒険者として世界を回りたいと伝えた。父は最初騎士になれと反対してきたが、最近の迷宮騒動を考えてあちこちの迷宮に挑みたいということを伝えると許可を出してくれた。ただし、父から条件として、『兄の長男がある程度まで成長するのを待つこと』と『2年間で1か所も攻略できなかった場合は騎士団に入ること』の2つを出されたが、男はそれで自由になれるならと喜んで受けた。
そして6年後、男は旅に出た。
男は旅に出てすぐに迷宮を1か所攻略した。
そこは実家のある町からかなり離れたところの15層からなる迷宮だった。男が得意としていたのは大剣と闇魔法だ。身の丈の倍はある大剣を狭い迷宮内でも関係なく使いこなし、あっさりと攻略してしまった。そこで男はとある5人の冒険者たちとパーティを組むことになった。
旅立ってから10年が経った。攻略した迷宮は全部で15か所。歴代トップの数となった。
パーティメンバーはこの10年で見違えるほど成長し、戦士は重戦士となり、罠使いはトラップマスターになり、魔法使いは上位魔法を扱えるようになり、剣士は上位の職業である剣豪になり、弓使いの放つ弓はもはや外れない。気づけば男たちのパーティは王国でも5本の指に入るとまで言われるようになっていた。
しかし、それはいいことばかりとはいかなかった。
男はパーティのリーダーであり、エースでもあった。そのため、周囲からの期待は男に向けられていたのだ。男のどんな行動でも見られていると感じるようになり、休めるような時間は無くなっていた。
そして、男たちがその町についてしばらく経ったある日、事件は起きた。
その町は周囲を4つの迷宮に囲まれていた。どの迷宮もそれほど大きくなく、魔物も稼げるとは言えないようなものばかりだ。さらに、ここが田舎ということもあり、迷宮都市は作られず、その大きくもなく小さくもない町が拠点となっていた。
その日、男たちは迷宮に入らずに町で休んでいた。毎日迷宮に入っているわけではなかったからたまたまその日が休みだったのだ。
昼頃になり、迷宮に異変が起こった。しかも4つの迷宮すべてが同時にだった。町は騒然となり、冒険者ギルドにも召集がかけられた。
パーティメンバーは皆ギルドに向かおうと言っていた。しかし、男だけは南の迷宮に向かった。他の3か所に戦力を回せるように。
東、西、南の3か所の迷宮から出てくるモンスターは戦う相手を選ぶものばかりだった。
東の迷宮はロックゴーレムやロックドール、ロックバードなどの岩石系のモンスター。
西の迷宮はゴーストやフローミスト、レイスなどの霊体系モンスター。
南の迷宮はスライムやエルダースラッグなどの軟体系モンスター。
東では打撃はよく効くが魔法は効きにくい。西では物理攻撃はほぼ意味がない。南では打撃はほぼ意味がなく、攻撃手段が限られる。
しかし、北だけは別で、強力なモンスターもいるが、魔法も打撃も斬撃も普通に通るようなモンスターばかりだった。なので、魔法の使える人を西へ、打撃系の攻撃が得意な人は東へ行かせ、残った戦力の大半を北に向かわせられるように男は自らを犠牲にする決意をしたのだ。
モンスターが出始めて丸一日が経った。町は一部の建物が壊され、騎士や冒険者に死者が出たものの、民衆の死者は0に終わった。4つ全ての迷宮を男が1人で攻略しきったのだ。片腕が動かなくなり、自慢の牙や爪はところどころ折れ、全身から血を流しながら最後に攻略した北の迷宮から、探しに行ったパーティメンバーに支えられながら出てきた時には、男は町の英雄と呼ばれるようになっていた。
その時の怪我が原因で冒険者として働けなくなった男は、実家に戻って領内の騎士団の訓練長として働いていた。しかし、英雄となった男は昔よりも一段と自由がなくなっていた。
どこかに出かければしらない貴族から声をかけられ、屋敷にいてもなぜか男に面会の要請が来た。何度この家を継ぐのは兄で、その次は兄の長男だと言っても『あなたが継ぐべきだ』とか、『あの弱弱しい兄が継いでもいいのか?』などと言ってくるものが絶えなかった。あまりにしつこいので、名目上は怪我のためということにして継承権の破棄を公表したほどだ。
しかし、男のその行動は、まるで意味をなさなかった。むしろとある人物の危機感を煽ることになってしまったのだ。
ある日、懐かしいパーティメンバーと面会する機会があった。向こうのほうから面会の申請を出してきたのだ。男は、彼らと久しぶりに話がしたいとその面会を即決した。
そして約束の日時になり、男のもとにやってきたかつてのパーティメンバーは男から見て何も変わっていなかった。しかしそう考えていたのは男だけだった。
男はかつてのパーティメンバーの手で殺害された。
彼らは、男と別れてから物事がうまくいかなくなっていた。リーダーとして彼がいたからこその活躍だったのだ。
それまで倒していた魔物に負け、失敗したことのない依頼を失敗し、依頼主ともめ、彼らの立場はなくなっていった。そこでとある人物に声をかけられ、男の殺害を依頼された。
当然彼らは断った。しかし、その人物の巧みな話術とちょっとした暗示によって、彼らがうまくいかなくなったのはすべて男のせいだという考えに染められてしまったのだ。
男は薄れゆく意識の中、視界の端でほくそ笑む兄の長男と、男が面会を断ったとある貴族の姿が映った。そして死ぬ間際になって、彼らはあいつにはめられたのだと悟った。
こうして、男の人生は終わった…………はずだった。
死んだはずの男は、夢の中で黒い影のような人物に話しかけられた。その人物の顔は見えず、ずっと影がかかったままだった。
「君は君の人生に満足だったかい? 家に縛られ、民に縛られ、貴族という枠組みに縛られ続けた人生は。本当に君が望んだものはなんだった? 思い出してごらん。君が冒険者として旅立ったあの時を」
男の脳裏には1つの言葉だけが浮かんでいた。死んで、謎の影に言われて初めて心の底から望むことができたもの。
「俺は……自由がほしい」
「それが君の願いかな? 僕がその願いをかなえてあげよう。君にはこの大罪を受け取る資格がある。あらゆる束縛を喰らい、その身を縛る全てを喰いつくす。これを受け取るかな?」
「それを受け取れば自由になれるのか?」
「対価として多少の命令は聞いてもらう。しかし、君の願いをかなえると約束しよう」
「……俺に、俺に自由をよこせ!」
「いいだろう。ガルア・ステュアード、君は今から僕の配下、七つの大罪、暴食を司る者、『暴食』のガルアだ」
男がそれを受け取るのと同時に、俺の意識は夢から覚めていった。
どうもコクトーです
今回はいつもとは文章の感じの違う話でした。
結構難しかったです。
次回はメイの視点です。
ではまた次回




