ポールの試合後
僕以外に彼女の下へ向かう人は12人いた。つまり13体ものモンスターがあの首輪によって吸収されてしまったのだ。
現在は第2試合の前。係員に尋ねたところ、ついさっき説明を受けて宿に向かったとのことだ。今すぐ向かえば間に合う。僕たちは駆け足で彼女の泊まっているという宿に向かった。
「あら? どうしましたの大勢で」
「私たちはモンスターを返してもらいにきました。約束通り返してもらえませんか?」
「ここにいる全員がきちんとあんたが試合前に出してきた条件通り銀貨を支払っているんだ。どうか俺たちのモンスターを返してほしい」
「ぼ、ぼくのポッチャは無事なの?」
リビングアーマーの主だった男性を皮切りに、ポーンドッグの主だった青年、ラブラビットの主だった獣人の男の子など、みな次々に彼女に言い寄った。すると、彼女は僕たちを見下すように笑いながら言った。
「何を言ってますの? あなたがたが払った銀貨は私のみぃちゃんにあなたがたのモンスターが屈した時に返すというものですわよ」
「だからこうして返してもらいに」
「あなた方のモンスターは1体たりとも屈してはいませんわ。私のみぃちゃんに隷属したんですのよ。屈したのとは全然違いますわ」
僕が心の奥の方で思っていた最悪なことが当たってしまった。
たしかに隷属と屈するのは全然違う。僕は以前、訳あって盗賊が犯罪奴隷になる瞬間に立ち会ったことがあった。その時に騎士の人から聞いた話だが、隷属というのは毒などのような状態異常のことなんだそうだ。アイテムの効果で発生した状態異常。根本的なところで屈するのとは違う。
「そうですわね…どうしても返してほしいのであれば一人金貨10枚払ってくださいまし。そうすれば返しますわ」
「き、金貨10枚だと!? そんな大金すぐに用意なんかできるか!」
「でしたらあきらめなさい。これは、私が正当なルールの下で勝ち取ったモンスターなんですわよ? それをただで返すわけがありませんわ」
金貨10枚と彼女はさらっと言ったが、実際問題金貨10枚なんてのはかなり高額だ。普段僕が受けている依頼の報酬はいいものでも銀貨で4枚までしかいかない。低いものだと銅貨10枚くらいのときもある。それでも、銅貨10枚あれば安めの宿に泊まってご飯を食べるくらいのことはできる。
試合前にもしものことを考えて払った銀貨2枚ならばまだバルと一緒に頑張れば1日で回収できるような金額だ。いろいろと費用が掛かるから実際には1日では無理だけど。だが金貨10枚なんて無理だ。
そもそも僕は金貨を買物で使ったことなど1度もない。銀貨で十分足りるのだ。金貨10枚ともなると銀貨で1000枚。僕が達成できる中での高額な依頼250回にも相当する。当然ながらここにいるメンバーの中に金貨10枚を用意できる人なんか1人もいない。言ってることがむちゃくちゃすぎる!
「それでも金貨10枚はぼったくりすぎじゃないですか?」
「別に払えないなら私の好きなように使うだけですしいいですわよ。例えば…」
彼女は魔法陣を呼び出し、バルを呼び出した。ただ、今のバルの瞳には光がなく、僕のことも気づいている様子はない。一体何をするんだろうか。下手に動けない僕はぐっとこらえていた。
「最近新しい火魔法を習得したんですの。熱く燃える火の矢よ的を射て貫きなさい『ファイアアロー』」
いきなり身動きのないバルに向けて魔法を撃ちだした。僕は急いで駆け寄ろうとするも間に合いそうになかった。
「バル!」
「…」
しかし、それはバルにあたる前にプラチナタイガーによってかき消された。そのときにバルも首輪に戻っていった。
「こんな感じに練習台に使うだけですわ。ダンジョンに入ってモンスター相手に試すのもいいですが、まずは動かない的で練習するのが普通ではなくて?」
狂っている。僕ら全員がそう感じた。
「私はこれから忙しいんですの。手に入れたモンスターたちは私と、古里様がより強くなるための生贄にしてあげますわ。それじゃ失礼しますわ」
彼女はそんなことを言って歩き出した。僕たちは茫然と見ている。いや、見ているしかなかった。全員が悔しさに、腹正しさに、憎悪に顔を歪ませ、拳を握りしめている。
彼女が言った古里様というのはおそらく一般の部に出場していた、王都で異世界から召喚された勇者、天上院古里のことだろう。勇者は何をしてもいいのか? 勇者が仲間に入れば、どんなことをしても許されるのか?
「う、うわあああああ!!」
獣人の男の子が耐え切れなくなったのか彼女に向かって走り出した。
しかし、一瞬の間にプラチナタイガーに取り押さえられていた。プラチナタイガーの口が彼の耳元でなにやら動いている。何か言っているのだろうか。それともただ彼を食べようとしているだけなのか。
「みぃちゃん、さっさと行きますわよ。あ、そうそう。『隷属』の場合でもあの契約魔法はきちんと作動するらしいですわ。そこの彼はたまたままだ作動しなかったようでしたが、奴隷になって売り飛ばされたくなければあんな雑魚モンスターたちなどあきらめてほかのモンスターを探しなさい。それなりに強いモンスターなら私がまたもらいに来てあげますわ」
彼女はプラチナタイガーを連れて歩いていった。正直に言えばもしもあそこで彼が飛び出さなければ僕が飛び出していただろう。奴隷になってもかまわなかった。少なくともあの時点ではそう思えた。たとえ奴隷になっても、それで死ぬようなことになっても、彼女だけは殺すと。
「大丈夫か坊主。悔しいがもうあきらめるしか…」
男性が獣人の子の腕を引っ張って立たせる。その男性の瞳には涙が浮かんでいた。
そんなとき、獣人の男の子は下を向いて何かを呟いた。
「…………って」
「ん?」
「………れって」
「どうしたんだ坊主?」
「プラチナタイガー、苦しんでました。もう嫌だ。助けてくれって」
「どういうことだ?」
「わかんないです。でも、ボクに向かってはっきりと言ったんです。ボクは獣人だからある程度の獣型のモンスターなら言葉がわかります。あいつは、僕の耳元で彼女に聞こえないように、そう言いました」
「助けてくれって…」
「どうなってるんだ?」
「なにがなんだか」
その場には、それまであった憎しみや恨みの感情は残っていなかった。僕らを埋め尽くしていたのは謎、疑問、疑惑だ。いったいどうなっているのだろう…。
僕達は気分が晴れないままバラバラに別れた。バルを取り返したいという思いも当然あった。でも、あの獣人の子が言っていた言葉が理解できず、そればっかりが頭の中でぐるぐるとまわっていた。
だからだろうか。僕は、いや僕らは、僕ら以外にその一連の流れを見続けていたもう2人の人物に気が付かなかった。
「おい、あれは私の獲物に決めた。貴様は手を出すなよ」
「はん、あいつは俺の友達の相棒を殺そうとしたんだ。俺がぶちのめす。いや、俺の相棒がぶちのめす」
「私がやり残した獲物だぞ? ましてや私の相棒のいた場で起こったことだ。私がやる」
「それなら先にあたったやつがやるっていうのはどうだ? それなら文句ねえだろ?」
「いいだろう。私としては先に貴様を倒してそれからあいつを倒してもいいんだぞ?」
「逆に倒し切ってやるよ。っと、そろそろいかなきゃいかんな」
「貴様は第3試合だったな。私に喧嘩を売ったのだ。無様な負けなど許さんぞ」
「そりゃねえよ。俺の相棒なら決勝へは余裕でいける」
「ふん。第3試合には私のライバルも出る。せいぜい気をつけることだな」
「忠告感謝するよ。それじゃあな」
物陰からすべてを見ていた2人は歩き出した。ヴァルミネ・カクからプラチナタイガーを奪い、彼らの相棒を取り戻すという明確な目標を決めて。
どうもコクトーです
まさかの連日投稿!
感想で言われていた『屈する』と『隷属』は違うのに契約魔法が~
ということに関してはヴァルミネさんの言葉の中で出てきました。
『隷属』の説明がわかりにくいと思いますのであとで少しいじるかと…
次回はメイ視点に戻ります
ではまた次回