絶対的な恐怖
「っぐぼぉ……!?」
まるで大砲が当たったかのような衝撃によって、内蔵にまでジワジワとダメージが浸透した由堂。床に吹っ飛んで転がった彼は、唯一残った腕で口元から溢れてくる吐血を押さえ込む。
(な、んだよ、今のは……!?)
驚愕の視線を、地上に降り立った『悪』に向ける。
そして絶叫するように尋ねた。
「何で今の攻撃は『悪魔』の力じゃねえんだよおおおお!?」
その通りだ。
由堂清が夜来初三を圧倒できていた理由はただ一つ。『悪魔』という怪物の力のみを扱って戦う、夜来初三だったからだ。悪魔の魔力も能力も『魔術』という専門の力で跳ね返せるし、膨大な威力の攻撃を与えることもできる。
しかし、先ほどの白い閃光は。
『悪魔』の力―――魔力なんて存在ではなかったのだ。
故に防御魔術も効かない。何の効果も発生しない。だから現在、由堂清は混乱と体を襲ってくる激痛に呻き苦しんでいるのだ。
だがしかし。
夜来初三を支配している『悪』は一層笑みを濃くして、由堂清の眼前へ飛び出した。一歩ゆらりと踏み込んだだけで、気づけばその狂った顔は目の前にあった。。さらに、『悪』は動揺した由堂の腹部に手をそっと重ねるように当てて、
ズブリ、と『腹の中にある内蔵』に手を突っ込んで『肺』を容赦なく握り締める。
自分の体内で肺という呼吸をするために必須なパーツを『直接内部で握られている』という体験したことのない激痛に、由堂は目玉をギョロギョロと動かして失神しかける。
悲鳴すら上がらない。
ただ。
『悪』だけは、楽しそうに笑っていた。
「ア――――っヒャハハハハハハハハハハハ!! ヤベェよやべぇヨちョーやベェよおオオオおおおオオオオ!!ぎゃっははははははははははは!! ダメだダメだダメだこりゃア!! 笑い止マんねェチョーヤベー!! ヒャッハハハハハハハハハハハハハ!!」
「……あ、がう……っつ……!?!?」
怖い。
純粋に怖い。
由堂はとにかく、目の前で咲いている化物の笑顔にかつて経験したことのない恐怖を感じていた。
ぎゅうううううううううううううううううううううう!!!! と、肺をさらに『直接』潰されそうになる。よって声帯がブチギレそうになる悲鳴が上がった。
しかし。
それでも、由堂は本来の『任務』を忘れていない。
(これが、『アイツ』かよ……!? マジで俺、死ぬんじゃねぇのか―――)
しかしそこで。
『肺を握りしめていた手が肝臓に移動した』ことが分かった。自分の体がどうなっているか分からない……知りたくもない現象に気づいた由堂は。
今度こそ。
『任務』のことなど思考出来ずに、つんざく悲鳴を誕生させた。
「っっつがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?」
肝臓が掴まれているのが分かる。嫌というほど分かってしまう。体内に発生する違和感は次第に大きくなっていき、それに比例するが如く激痛のレベルも上昇する。
まるで体の中をデカイ虫が這い回っているようだった。
内蔵を直に食われている。ガジガジと生き物に食されて削られていくような感覚が全身を走り抜ける。
(あ……が……)
痛みと恐怖に祓魔師は、ただただ発狂に近い大声を上げるだけだった。
痛々しい姿だ。
無残で可哀想な状態だ。
だがそれでも。
いや、だからこそ。
『悪』は尚更もっとグチャグチャにしてやりたくなっていた。
肝臓から手を離した『悪』は由堂の腹に埋め込んだままの手を―――無造作に中でかき回した。まるで卵をとくような気軽さでぐるぐると回していく。
もちろん由堂は自分の腹の中で暴れまわっている腕によって、
ゴボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!! と洒落や冗談ではなく内蔵を弄り回された結果、ついに誰が見ても青ざめるほどの吐血をした。
ビチャビチャと口から床に落下していき血の池を作り上げていく祓魔師。その中に自分の内蔵が入っていないことに、無意識の内にホッとするほどの状況だった。
だが。
『悪』はそれでも止まることはない。
ズン!!!! とさらに深く押し込まれた手は、由堂の体を貫きかける。背骨にゴツンと当たった感触からして、まだ腕は体内でとどまったままだ。
瞬間。
ゴキゴキゴキゴキゴキ!!!! と背骨をへし折られる勢いで『鷲掴み』された。
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッッ!??!!?」
ついに。
声にならないほどの痛みに由堂は意識を失いかける。
「アッヒャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! やメろよマジやめロって!! ンな顔されチマったらァ、こっちとシてもやる気でチャうじゃン!!」
そんな遊びをするような気軽さで。
本当に、脊髄に通っている神経の束を『悪』はねじ切るように引っつかんだ。そのおかげで、眼球がグラグラと揺れて吐息のみを行っている由堂。彼はもう、何をどうこうする意思さえも絶対的な恐怖によって奪い取られていた。
『悪』の笑い声だけが響き渡る。
しかし。
そこで。
突然、『悪』の笑い声も一方的な虐殺も一旦停止する。
理由は単純明快。
『悪』が視線を向けている先を辿ってみると。
いつの間にか部屋の奥に立っていた真っ白な少女―――雪白千蘭が驚きの形相をして立っていたからだ。
えぐいシーン盛りだくさんでした
っていうか本当に謎キャラですね。『名前』すらない化物登場です。




