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アイツ

「なにぼーっとしてんだよ、ああ!?」

 しかし。

 その異変に当然のことながら由堂清は気づくことがない。彼は振り上げた短剣を夜来初三の顔面へ突き刺そうとする。鋭利な先端は、獲物の脳みそを串刺しにしようと迫っていった。

 だがしかし。

 夜来初三は迫って来ていた短剣を、猛獣のように噛じり止めた。まるで獣のように、狂犬のように、その白い歯を使ってギリギリと短剣は噛み締められている。

 顎の力のみで、阻止されてしまった。

「っ!?」

 思わず仰天した由堂は、前髪で表情が見えない夜来初三に声をかけていた。一切動く気配のない短剣は、上顎の歯と下顎の歯でがっちりと掴まれたままだ。

「お、お前―――何なんだ!?」 

 瞬間。



 バッギイイイイイイイイイイイン!! とガラスが砕けるような音と共に、短剣は噛み砕かれる。



 バラバラに散っていく刀身に映った、夜来初三の表情が見えない顔。

 それを凝視している由堂に。

 夜来初三の体を乗っ取った『悪』が声を鳴らす。

 邪悪に。

 極悪に。

 異常な声を鳴らし響かせる。




「……アぁ? 何ナんダ?」



 

 高くも低くもある異質な声だった。夜来初三の形をしている『悪』はニタリと恐ろしいほどに笑って、とにかく笑って、むちゃくちゃな邪悪な笑顔を咲かせて、





「ソんなモン―――オレが一番知んネぇよォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」





 気づけば。

 めちゃくちゃな現象が発生していた。『悪』は呆然としている由堂清の右腕を左手で引っつかみ―――乱暴に肩から引き抜いてしまった。ブッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! と噴出した赤い噴水は、『悪』の顔に返り血を大量に浴びせてしまう。

 しかし『悪』はただ笑う。

 楽しそうにイカれた笑顔を開花させる。

「ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! ヒャーっハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!! ぎゃっははははははははははははははははははははははははははは!!」

 その邪悪以外の表現ができない笑い声が部屋で反響する。見れば、夜来初三の顔にビシビシビシビシ!! と氷が割れていくようなヒビが入っていた。

 対して。

 片腕を引き抜かれた由堂はもちろん。

「ぐあおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!??!!??!」

 彼は飛ぶように後ずさりして、肩から滝のように流れ落ちてくる血液にゾッとした。もはや痛覚なんてものが働いてくれているのかすら曖昧になる。しかしそれでも、由堂清は夜来初三の姿をした『悪』を見上げた。

 対し、祓魔師の右腕を手のひらでクルクルと回している『悪』はこう言った。

「ホントお前ハ不器用ダよナァ『初三』。魔力なンツー目の前のアホ一匹殺スのニ持っテ来イの代物しろものブら下ゲとイテぇ結局はテメェガ『それ』を使イこなセてネェから血反吐ちへど流シて全身ノ細胞が悲鳴上ゲてンじャネェカ!! アぁ!? マったく惨めナ野郎だナぁオイ!!」

「お、お前……『アイツ』なの、か……!?」

 驚愕している以上に唖然としている由堂清は『アイツ』をただ凝視する。

 しかし『アイツ』はその質問に答える気はないようで、

「マぁイイ」

 そう言って、顔に入っていたヒビをビリビリビリビリと引き裂くようにして『取り』上げた。まるで脱皮だっぴを強制的にするような現象だったが、痛みどころか違和感一つ無いように見える。

 そして『悪』は夜来初三の半分皮膚が剥がれ取れた顔から―――その姿をようやく現した。


 

 新たに見せた顔半分は―――気味が悪いほどに真っ白な肌。気づけば瞳の色も白へ変化していて、逆に白いはずの眼球は黒一色に染め上げられている。そして『サタン』の黒い魔力を噴火させるが如く体から吹き出して……やはり狂ったように笑っていた。



「『初三』ィ、よーク見テろヨォ。俺ガそノ甘ッたルイ頭に叩キ込んデヤる―――『絶対悪』ってモンの本質ってヤツをナァアアアア!!」

 爆笑するような絶叫が響いた。

 と同時に、『悪』は持っていた由堂清の右腕を『絶対破壊』で握りつぶした。まるで花火のように散った自分の腕を見て、思わず由堂は歯を食いしばる。

 そのときには既に遅い。

 歯を食いしばるだなんて『スキ』を作った時点でもう遅い。

『悪』は笑顔に宿る狂気性を倍増させる。

 瞬間。

 ゴギゴギュゴキゴカバキボキ!!!! という音を立てて、『悪』は折れ曲がっていたはずの自分の右腕を一瞬で肘の関節にくっつけてしまった。左手で無理に直すわけでも、特別な機器を使ってくっつけたわけでもない。まるで一人でに肘の関節へ右腕が戻っていった。

 さらに。 

「ヒャッハ♪」

 サタンの魔力が由堂の体へ突っ込んでいく。まるで大波のように広がった魔力に飲み込まれそうになった由堂は真上へ跳躍することで回避した。

 しかし。

 ゴオッ!! と今度は空中に飛んだままの由堂の『頭上』に魔力の波が広がっていった。しかし明らかに狙いが外れたような一撃だった。わざと、意図的に狙ったような不気味さが残る。

 そこで由堂は己のピンチに気づく。

 そう。

(……まさか……!?)

 真下には初撃の魔力がカーペットのように広がっていて、頭上にも同じ状態の黒い波が存在している。まるで―――サンドイッチで挟まれる寸前のようだった。

 だが時すでに遅し。

 

 グッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! と、上下にセットされていた魔力の壁が祓魔師の体をぺちゃんこにするように激突した。


「う、おおおオオオオオあああああアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 それでも祓魔師は死なない。足元にも頭の上にも防御魔術の効果を持つ魔法陣を作り出し、サンド攻撃を防ぎ止めた。そして最終的に上下の魔力は跳ね返される。

 危機が去ったことに溜め息を吐きそうになった由堂。

 しかし脅威はすぐにやってきた。

「アッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! バッカじゃネェのォォおおおおお!? 無様に抗ウとカバッカじゃネェェェェノぉォォォおおおおおおおおお!? ぎゃっはははははははははははははははは!!!」

 真上から聞こえた、『悪』のおぞましい笑い声。色で表すならば黒と赤を混ぜ込んだようなドス黒い声だった。

 瞬間。



 サタンの魔力ではなく。

『真っ白』な魔力のような莫大な閃光が、由堂清の体を飲み込むように直撃・・した。

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