結論
まるで痛みなどこれっぽっちも感じていなように、薄く薄く余裕さえ見れるほどに笑みを浮かべていた。
「……分かってるっつーの」
「あ?」
一人の悪人の声が聞こえた。
悪に染まって悪に生きている悪人の声が響いてきた。
「俺がどんだけ悪に染まってるのかも、俺がどんだけクズなのかも、俺がどんだけ―――クソ弱ぇのかも全部全部嫌気がさすほどに分ーってんだよ」
悪人はドボドボと血を吐き出した。
誰がどう見ても致死量。早急に手当しなくては本当にまずい状態。
それでも。
悪人は続ける。
「過去に自分を『悪』に染めて精神安定させるために殺しかけた人間の数―――罪も。後ろでぐーすかと寝てやがる監禁クソ女も含めた身内を守るために潰した人間―――非情も。結局そうやって悪に染まりきったってのに弟すら守りきれなかった―――弱さも。全部知ってんだよ。全部全部何もかも俺ァ嫌ってほどに自覚してんだよ。―――自分をぶっ殺してやりてぇンだよ」
その通りだ。
過去に犯した自分の心を安定させるために行った暴力の数。殺人未遂の数。数々の暴虐の数。『大切な存在』の敵になった者を前提から『殺す』と決めている冷酷さ。結局そうして『悪』を極めて『本物の悪』という価値観・思考を手に入れられても、サタンという最強の怪物の力を手にしても―――弟は親の手から助け出せず、雪白千蘭を無意識のうちに傷つけて、挙げ句の果てには雪白を助ける理由すらも分からない情けない姿。
「ホンットクソ野郎だよな俺ァ。自分でも腸ァ煮えくり返るっつーのクソったれ」
殺してやりたい。
この夜来初三を本気で夜来初三はぶっ殺してやりたい。
悪を極めても弟の夜来終三ただ一人助けられない弱さ。雪白千蘭を無意識に傷つけてきたクズさ。最終的に自分を悪に染めても―――『大切な存在』を守りきれていない最弱っぷり。
数々の罪以上に夜来初三は自分の弱さと悪の小ささに苛立っていた。
それはもう。
殺してやりたいくらいに。
「だがなぁ、それでも俺ァ曲げねぇんだよ『悪』って道を。生き方を。生き様を。『悪』ってモンに染まりきっていくやり方しか知らねぇんだよ」
ギロリ、と悪人は長い前髪の隙間から血走った両目を光らせた。
その瞳には自分自身に対してなのか由堂清に対してなのか分からない―――殺意だけが塗りたくられていた。
「だから俺はコイツを守る。悪人でも悪党でもクズでも何でもいい。どれだけ真っ黒な人間だろうと構わねぇよ。反論しねぇしむしろ笑って喜んでやる。悪を食って飲み込んでやるよ。だから俺は『そういうやり方』で、雪白千蘭を絶対ェ『助ける』んだよ。クソった―――」
そこで気づいた。
夜来初三はそこで気づいた。
今、自分は何て言った? 何て口にした? 何て宣言した? 何て告げた? 何て発言をした?
もちろん夜来はその自問に即答する。
(『助ける』って……言った、のか……? 俺は……?)
バッと振り向いた夜来。
その視線の先には雪白千蘭という一人の少女がいる。
(今、俺は……『心の底から』助けるって……言った……でも、なんで……)
彼は自分を傷つけてボロボロにした彼女の顔を見て。
確信を得た。
雪白千蘭を『心の底から助けたい』と思っている理由に確信を得た。
普通ならばありえないはずだった。
助けに行くはすがなかった。
あれだけ心を追い詰められて、あれだけ精神をぐちゃぐちゃにされて、あれだけ―――異常な『愛』を押し付けられたのだから縁を切っても当然だった。
いや、既にそこから間違っていた。
夜来初三はようやく自分のことを『理解』できて、思わず鼻で笑う。
「……クソッタレが」
「んーだー? 懺悔はもうおしまいかよ? こっちゃ神だのなんのに使える祓魔師だから死ぬ行くクズ一人の懺悔くらいなら適当に相槌うってやるぜ?」
「いーや、もういい。もう―――全部分かった」
フラフラと駆け出して祓魔師のもとへ突っ込む。
彼が雪白千蘭を助けようとしている理由はいたって単純だ。自分のことを監禁して、束縛して、洗脳して、心をズタズタに引き裂いてまでした雪白千蘭。
それだ。
それこそが雪白千蘭に『恩返し』で助けようとしている理由だ
その監禁も拘束も洗脳も精神破壊も―――全て夜来初三は心の底では『感謝』していたからだ。
彼は笑った。
自分自身の異常に笑った。
(とんだマゾヒスト野郎だなぁ俺ァ)
グシャアアアアアアアアア!! と短剣が彼の右肩に突き刺さって鮮血が飛び散った。しかしもはや夜来初三にとって『それくらい』の痛みはどうでもよかった。
今はただ。
自分の女々しさに心で爆笑していた。
彼は生まれた時から狂人の親に育てられてきた。そして、そんな親に虐待されながら弟を陰から守っていくことを人生の目標にしていた。
もちろんそれは成し遂げていない。
しかし。
この事実から、過去から、人生から彼が『欲している』ものが分かるはずだ。
夜来初三は誰よりも何よりも。
『愛』というモノが欲しかったのだ。
今の今まで。
彼は一体どれだけの『愛』を向けられただろうか。もちろんサタンと出会い、七色夕那とも世ノ華雪花とも鉈内翔縁とも速水玲とも清姫とも縁を築き―――雪白千蘭とも絆を作り上げた。
しかし。
それでは足りなかったのだろう。
それらの者達から送られた『愛』だけでは満足できない生意気な奴だったのだろう。
生まれて十五年間狂人の親から受けた虐待の数々や『愛』の不十分さが夜来初三を『愛』に飢えさせていたのだろう。
だからこそ。
彼は『監禁して拘束して洗脳して精神破壊を行うほどの愛』を雪白がくれたことに―――『感謝』していたのだ。心の底では彼女の『異常な愛』に『幸せ』を感じていたのだ。彼女の病的な愛情によって満たされていたのだ。
だから彼が雪白千蘭を微塵も嫌悪しないのは当然だ。
だって雪白千蘭は自分に『大きな愛』を与えてくれた存在なのだから。
夜来初三が『普通』の人間ならば雪白千蘭は嫌われていただろう。怖がられていただろう。見捨てられていただろう。しかし―――それは同じく『異常』な夜来初三だったから雪白千蘭は受け入れられた。
答えは出た。
結論は出た。
殴り飛ばされて、蹴り飛ばされて、踏み潰されて、切り刻まれて、己の血で真っ赤に体を染め上げても尚―――『理由』が解明したことで夜来初三は笑っていた。
どこか自嘲するように笑っていた。




