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薄く笑う

 腕をあさっての方向に折り曲げられた夜来初三。

 彼はその燃えるような痛みに絶叫をあげていた。空間で響く彼の大声は痛みに痛がるというより痛みを少しでも和らげようとしているようだ。だがそれを見た由堂清は鼓膜を突き破ってくる絶叫に嫌気がさしたようで、

「うるせえよガキ」

「―――ッ!?!?」

 告げて、夜来の『百八十度折り曲げられた腕』を空き缶を潰すように踏みつけた。ゴギゴギゴギゴギゴギゴギゴギゴギ!!!! と、肘の関節を軸に折れ曲がっている腕はさらに足で『回される』。よって表現が不可能なレベルの激痛が夜来初三の体全体に染み込んでいった。

 何回も『肘を軸に三百六十度回った右腕』はレントゲンを撮ったなら仰天する結果になるだろう。もはや肘の関節がまともな形状をしているかも分からない。粉々に砕けていて再生不可能な重傷かもしれない。

 しかしその事実を理解していて尚。

 由堂は楽しそうに笑った。

「あっははははっはは!! おいおいガキだからってちっと痛がりすぎじゃねえのか!? 男ならもっと根性見せてみろよオイ!!」

 ベキリ!! とついに肘の関節から腕が『折れ外れた』音がなった。

 それもそうだろう。何回も肘の関節を中心にゴキゴキと無理に腕を回転させられていたのだ。言ってしまえば今の今まで関節がくっついたままだったことが奇跡だろう。

 当然夜来は声にならない絶叫をまた放出する。

「っつくがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!?!?!?」

「あーあ、やっべぇやりすぎたわこりゃショック死確定かー?」

 どうでもよさげに言った由堂はその足をようやく離す。

 足には―――やはり『絶対破壊』を無効化しているのだろう。靴底に魔法陣が光りながら浮かび上がっていた。原理は知らない。『魔術』とは『悪魔専門』の力ということしか夜来初三は分からない。

 しかしこれだけは言える。

 明らかに―――悪魔の神に憑かれている夜来初三に祓魔師という存在は『相性が最悪』にもほどがあった。

 だがそれを上回るほどの力が都合よく手に入るわけでもない。

 だから。

 ガン!! と、夜来初三は由堂にまた顔を殴られて床を転がっていく。

(クッソ……!!)

 心で吐き捨てて。

 唯一動かせる左腕のみを頼りに起き上がった。

 めちゃくちゃにされた右腕。全身血まみれの格好。ガクガクと体重が保てない故に揺れている膝。時折口からこぼれ落ちる赤黒い血。そのあまりにも直視できない姿になってまで、夜来初三は彼女を守ろうとしている。

 雪白千蘭を死んでも守ろうとしているのだ。

 彼女は現在夜来の背後にあるテーブルに寝かされて目を覚まさないままだ。しかし寝ていてくれたほうが丁度いい。夜来からしても、こんな過去最大のボロ負け状態を女に見られていい気はしない。

 しかしここで疑問が浮上する。

 

 なぜ夜来初三はここまでして自分を傷つけた雪白千蘭を守ろうとしているのか、だ。

 

 だが。

 その疑問を解決できるほど今の夜来は余裕がなかった。

 ただ―――雪白千蘭だけはこの血なまぐさい部屋から引き上げてみせる。その意思が二本の足で彼を立たせているのかもしれない。

 夜来は雪白千蘭のもとへ近寄っていった。

 相変わらず美しい少女だった。整った顔は誰もが二度見するような完璧さ。真っ白な髪は神秘的な雰囲気で高嶺の花らしさを倍増させる。体も『究極』に到達したかのような出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる完全そのもの。

 それを確認した夜来は、一瞬自分はこの綺麗な容姿に下心があって彼女を守ろうとしているのかと思った。しかしそれはすぐに切り捨てる。もしも彼女の見た目や体を好んでいるからと言って、右腕の骨を関節ごとぐちゃぐちゃにしてまで守ることはないはずだ。

 女の体が目的ならばここまで命をかけることはない。

 では他にどんな理由がある……?

 その自問自答に対して彼は。

「……分かんねぇな、やっぱ」

 由堂真は夜来の惨めさが面白くて仕方ないのか、ニヤニヤと笑って見物しているようだった。

 夜来はその気に食わない笑顔から雪白を守るように―――テーブルで気を失ったままの彼女を背にして立つ。右腕を粉々にされて内蔵もぐちゃぐちゃにされても尚、彼は彼女を守り続ける。

 その様を見て由堂真は笑い声を上げた。

「あっははははははは!! 何だよちょーカッケーじゃん!! お姫様助けるためにお前はそこまですんのかよ!! ―――てめぇみてぇな悪人が今更なにしてんだよバァァアアアアアアアカ!! もしかして今自分のことヒーローっぽくてやばいちょーカッコイーとか酔ってんのか? 主人公みてぇで勇者みたいで自分自身に惚れちゃってんのかよーナルシストくん!?」

「うおおおオオオオオオオオオオオあああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

 由堂真の嘲笑している顔へ迫っていく夜来。

 走り出した彼は残った左腕を背後へ引いて拳を固く握り締める。しかしボロボロになった夜来は既にまともに歩くことすら困難な重傷だった。

「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!! やっばいマジいけめんじゃん悪人A!! さんざん悪に染まってるてめぇはなーに今更良い人っぽく囚われのお姫様助けるために奮闘してんだよバーカ!!」 

 ドゴン!! と夜来の顔に蹴りを叩き込んだ。

 フラフラとした危ない足取りで近づいてきた夜来を由堂は全力で叩きのめすことに徹底する。蹴りが直撃したことでバク転をするように転がっていった夜来を見下ろし、

「オラオラオラァ!! さっさとくたばって綺麗な死体にミラクルチェンジしろクッソガキがああああああああああああああああああああああ!!」

 そこから先は肉を蹴り潰すだけの音が鳴り響いた。

 何度と体を襲ってくる衝撃に夜来は血をビシャビシャと蛇口からひねった水のごとく吐き出していく。当然由堂の顔にも返り血がかかるのだが、彼はそれを気にすることなく、夜来初三をなぶり殺すことに笑いながら集中していた。

「ほらほら答えろよ極悪人!! てめーは一体どれだけ悪に染まってきた!? どんだけ悪に染まったら『サタン』だなんつーレベルの怪物に憑依されんだよちょーありえねえよなあ!! どれだけ悪になったら悪魔の神に気に入られるほど悪に染まってられんだよクソ野郎!! 一体てめーはどれだけ真っ黒なクズになったんだよコラァ!!」

 殴り飛ばされてゴロゴロと転がっていく夜来初三。

 明らかに……今すぐ専門の医療機器で治療しなくてはならないほど血で体が染まっていた。全て彼自身の血だ。あの全身からボタボタと流れ落ちている真っ赤な液体は全て彼自身の血だ。

 このままでは死ぬ。

 そう納得できるほどのボロボロ具合だった。

 だが。

 それでも。

 夜来初三は机の一つにバン!! と手を乗せて体重をかけて無理やり起き上がる。いつ床に膝をついてもおかしくない激痛に耐えながらも―――すぐ背後で眠ったままの雪白千蘭を守るために立ち上がる。

 ―――何度だって立ち上がる。

 ―――何度だって立ち上がってみせる。

 そんな意味を持った笑顔を。

 夜来初三は薄く笑って浮かべていた。

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