狩られる立場
しかし夜来初三は百分の一程度のサタンの力しか扱えない。
その事実に変わりはない。
ならば。
百分の一程度の力だけで祓魔師を死体に変えてやれ。
そう自分自身に言い聞かせた夜来は―――ブチブチブチと笑顔を裂くように作り上げる。
「ぎャッはははははははははははははははっっ!! クッソ!! やべぇよやべぇよマジやべぇよ!! ひっさびさに興奮してきちまったぜクソ野郎!! ―――いい汗かきそうで青春してるみてぇだよなぁオイ!!」
『絶対破壊』が効かないという最悪の状況を、好戦的な受け入れ方で理解した夜来。彼はこれ以上の魔力の消費を抑えるために、自分から由堂清のもとへ突っ込んでいった。
祓魔師の懐へ入り込んだ夜来の速度は瞬間移動そのもの。
右拳を握りしめて。
夜来初三は由堂の胸へアッパーの軌道を描く一撃を下した。
が、しかし。
その拳は当たる直前に光り輝く魔法陣によって弾き返される。さらにそれでは終わらず、由堂は獰猛な笑顔を見せてまたもや十字架の短剣を突き刺してきた。
「っが……!!」
ガシュッッ!! と左肩をかなり深く切りつけられる。普段は『絶対破壊』で防御しているせいか、本能的な回避行動をとる癖がついていなかった。
そこで自覚する。
夜来初三は己の窮地を自覚する。
彼はいつだってどんな攻撃も壊していたが。
今は全てを壊せない。
故に『壊せない戦い』という『経験のない』戦場へ足を突っ込んでいるのだ。それに気づいたときには既に遅い。再び左肩を襲ってくる熱い激痛に上乗せされるような、バゴン!! という衝撃が腹部を痛めつける。
「あっが……!??!!?」
転がっていった夜来は呼吸困難になったことで呻く。しかしそれでも視線だけは上げてみる。
そこには銀色の手袋をした祓魔師がニヤニヤと見下ろしてきていた。
「ってっめ……!! 何だ……よ、その趣味の悪ぃ手袋は……!!!!」
「『悪魔祓い』で使われる―――悪魔殺傷だよ。こりゃ装着することで直接的に悪魔に染まったお前みたいな奴を殴れるすぐれもんだ。当然悪魔の魔力は通じねえよ」
と、そこで彼は切り上げるように言った。
「つーかさ」
由堂清は咳き込んでいる夜来を見下ろして―――馬鹿を見て楽しむような、嗜虐的な笑顔を開花させる。さらに笑いを堪えるようにくっくっくと声を押し殺し、
「お前―――ホントバッカじゃねえの? なーに自分の力を過信して突っ込んだあげく、今じゃンな床に倒れ伏して呼吸整えてんだよちょー哀れ!! あっははははははは!! 哀れ哀れマジ哀れだわ!! 自分の力ァ最強とか思い込んじゃって結果的に咳き込んでるとか何だよそりゃ。バッカじゃねえの?」
(……クッソ……!! マジで、何でこんな、血ィ止まんねぇんだ……!?)
ゴポリ、と泡が水面から出てくるように口から溢れできた真っ赤な液体。
鉄臭い臭いに鼻を刺激されるが、夜来はそれを無視して無理に立ち上がった。
(そういや……チャラ男もこのクソにボコボコにされてたんだっけか)
由堂清の体を注意深く観察してみる。
よく見ればその腕や足は―――鍛えているのか、太かった。
(……チャラ男と同じで、『体術』も極めてっから、ここまで内蔵にダメージきてんのか……。くそ、つーかマジで、俺の腹ん中血でパンパンになってんじゃねぇだろうな……)
一変していた。
初めは笑いながら虐殺してやろうとしていた夜来初三は、一変して追い詰められていた。
狩る側の夜来初三が狩られる側にチェンジしていたのだ。
そしてもちろん。
これから先もその立場が変わることはありえない。
「どうしたどうしたぁ!? クソッタレの極悪人が!! もしかしてもう白旗あげて降参ですごめんなさいってぇ寝言吐く準備でもしてんのかよあぁ!?」
敵を一方的に攻撃する優越感と暴力感が楽しくて面白くて興奮しているのか、由堂はハイな笑顔を咲かせて夜来の目と鼻の先に踏み込んできた。
瞬間。
ドゴン!! と鉄柱がぶつかったと錯覚するほどの衝撃が脇腹を圧迫する。正体は悪魔殺傷という『悪魔祓い』の効果を宿した武具を装着した拳。その一撃は骨にビリビリとした激痛を与えて、肉そのものを叩くように潰す。
「っごっぽァ……!?」
吹き出すように血の塊が床に転がった。
歯も唇も吐血のせいで赤く染まっている夜来はそれでも立ち続けて、
「う、おおおおおおおオオオオオオオああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
雄叫びを上げて痛みを和らげる。
そして由堂の顔面をロックして右手から魔力を放出した。ボォン!! と飛び出た黒い閃光は獲物の頭部どころか前方に設置してあった机や壁をも粉々に破壊する。
しかし。
「残念無念再来年だっつーの若造がぁぁアアアアアアア!!」
やはり魔法陣という魔術による防御で攻撃を無力化していた由堂には顔に傷一つついていない。さらに絶叫と共に重いストレートパンチがメキメキメキメキ!! と減り込むように夜来の鼻っ柱へ激突する。
結果、飛空するように吹っ飛ぶ。
ドガアアアアアアアアアアアアアン!! と机の一つに背中を打ち付けた夜来。彼は口元からドロリと漏れ出てきそうになる血を唇を引き結んでせき止めた。
しかし。
「おら。どうした若造」
近づいてきた由堂はストンピングを夜来に右腕に振り下ろす。
その結果―――ゴキィ!! という痛々しい音と共に腕が百八十度折れ曲がった。
当然。
「っがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?!!??!!」
激痛に叫ぶ雄叫びが上がった。
同時に堪えていた血もビシャビシャと地面に口から流れ落ちる。
いつもとは違った夜来初三の狩られる立ち位置は―――やはり変わらない。
サタンの力が一切通じない『祓魔師』という存在。
その恐怖を彼は『これから』知ることとなる。
今回は夜来くん最大のピンチですね。
雪白とは違って『情けなく傷つけられる』けども『肉体的に通じない』悪魔専門の祓魔師。
これから夜来くんはどうやって戦うのやら……




