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危険性

「でー? 結局俺は作戦遂行したら帰りにラーメン食ってく程度の自由を与えられるのかい? まぁ与えられなくても食ってくけど」

『その時点で自由だろう。自由人になぜさらなる自由を与えねばならない』

「相変わらずザクロは無慈悲だなぁ」

 廃ビルの八階にある部屋の一つに身を潜めている由堂清は、大きなテーブルに乗せられて気絶している雪白千蘭を一瞥してから笑い声を上げた。

 まるで胡散臭い事実を確認するように電話相手であるザクロへ尋ねる。

「それで、『アイツ』が出たら俺はどうすりゃいい? はっきり言って―――俺は『アイツ』に殺されるだけだと思うんだが。もう今すぐ尻尾巻いて逃げていいか?」

『逃げればお前を処理するために私が直々に動いてやろう』

「え、俺どっちみち死ぬんじゃん」

『安心しろ。墓くらいは公園に立ててやる。それに、確かに『アイツ』は危険な存在だが……その『危険』を利用しなくては私達の目的にゴールインすることはできない。だから精々死なずにファイトだ』

「無慈悲すぎて笑えるわ」

『ならば笑い死ね』

『エンジェル』は基本的にオブラートに包んで会話してくれる者がいない。

 ザクロの冷たい一言に改めて笑い声を上げた由堂清は、テーブルに寝転がせたままの雪白千蘭のもとへ近寄っていく。足を止めて、目を覚ますことない真っ白な少女を見物するように眺める。

 そして感想を一言。

「あーやっぱ信用できないわ。こんな女が鍵になるとは思えないんだよな」

『それは私だって同感だ。だが―――雪白千蘭という女は夜来初三の守るべき対象のはずだ。ならばおのずと結果は出る……かもしれない』

「ほらもう『かもしれない』って時点で信用できねーし。俺これじゃ犬死だし」

『仕方ないだろう。『アイツ』に関する情報は不足に不足している。出現率も皆無に近い。だが存在は確かだ。ならば可能性にかけるしかない』

 どうしても納得がいかなかった。『アイツ』を呼び出すためには確かに夜来初三にとって『大切な存在』を使い、揺すって、ダシにするのが手っ取り早い。だが、どうしても目の前の少女一人では夜来初三の心を揺するには不十分すぎる気がした。

 だが情報によれば雪白千蘭という少女と夜来初三の仲はかなり良好。他にもいくつかの『人質』に使えそうな者達は上がったは上がったのだが、中には羅刹鬼に憑かれた悪人や『悪人祓い』のベテランなどの『人質にするのに苦労しそう』な面倒な奴ばかりだったのだ。

 雪白千蘭にも清姫という怪物が宿っているは宿っているが、まだ完璧に使いこなせる段階ではない。ならば必然的に呪いの使い方を熟知していない存在である雪白千蘭が一番人質として捕まえるのに楽だった。

「なぁ、『アイツ』が出た後、俺は退散していんだよな?」

『正確には『アイツ』の戦闘能力を分析してからだ。もしも出現したのならばきちんと戦って適切なタイミングで帰投しろ』

「途中でラーメン食っていい?」

『食ったら食ったでリバースさせてやろう』

 由堂は窓ガラスのもとへ歩いていき、夜空を見上げてぼやくように言った。

「まぁ無事に帰れたらの話だがな。もちろん夜来初三程度なら俺は無双状態でババババーン! と殺しちゃえるが、『アイツ』は無理だ。だから『アイツ』が出ないようじゃ危険はないが、『アイツ』が出たら俺はアウトってわけ」

『何が言いたい?』

「ちょー怖いって言いたい」

『知るか』

 しかし『アイツ』だけは由堂清の専門外以上に存在そのものが違う。人間と神と分別しても納得できそうな力の差があるはずだ。もちろん『悪魔』の力を扱う夜来初三ならば『悪魔退治専門』である由堂の得意分野なので圧倒できるはず。

「あっははは! まぁあれだ。『アイツ』を一度でもいいから呼び出せばいいんだろ? んで、そのためにはそこの女使えばいい。内蔵引きずり出したりして大腸マフラーでも夜来にプレゼントすりゃ結果は出るかねー?」

『そこまでやってしまえばショックで倒れるんじゃないか?』

「かもな。だけ―――」

 そこで異変に気づく。

 由堂清は目に映っている窓ガラスに映った自分がガタガタと揺れていることに気づく。しかしそれは由堂自身が震えているわけでもない。ならばなぜ映った体がガタガタと上下するのかと言えば実に単純だ。

 なぜなら。



 由堂清の潜んでいる部屋から上の階全てを文字通り消失させた膨大な黒い魔力が廃ビル自体を大きく揺らしたからだ。



 真上にあった天井や階全てが『破壊』されて夜空が顔を出してくる。星や月から注がれる光はインテリアとして認識できそうだ。

 だが、現在意識を向けるべきところはそこではない。

 今視線をロックオンさせる相手とは。


 ガン!! と空から降って着地してきた夜来初三ただ一人。


 その顔に存在する紋様は既に右半分を覆ってしまっている。おそらく先ほどの大量の魔力の使用によって力を使いすぎたからだろう。

 由堂は敵の派手な登場に爆笑する。

 正確には敵のを見て。

「ギャッハハハハハハハハハッハハッハハハッハハッハハ!!!!  何だよそりゃ!! 何だよそりゃあああああああ!!!! 一体何があったんだよ!? あの『精神的に余裕がなかった』夜来さんには一体何があって心に安らぎを芽生えさせたんだよ!! マジでありえねぇ!! 何か元に戻っちゃってて笑い止まんねぇ!!」

 瞬間。

 笑っている由堂清の数が―――増えた。

 その正体は分身魔術によって作られた『人形』だ。しかしレプリカのような存在とはいえ、明らかに『人形』だなんて認識を覆されられる威圧感と恐ろしい笑顔を浮かべている。

 油断はできない。

 誰もがそう考える。

 しかし夜来初三は溢れ出てきた無数の『人形』を一通り視線だけで見回して、



「アハッ♪」



『悪』が鳴らした狂った声が静かに反響した。

 しかしそれは一瞬。

 気づけば溢れ出てきていた『人形』の大群は。

 

 切断されたように体が真っ二つに割れて内蔵をドボドボと落としながら崩れ落ちた。


 登場してから数秒。

 その短時間で『人形』達は肉の塊へと変わり己の血で床を真っ赤に染め上げている。バタバタと転がっていった『人形』の異常な死に様を確認した由堂は、血で模様替えされた部屋の中で笑みを浮かべながら、

「あーそういうわけか」

 床に視線を落としてそう言った。

 そう。

 気づけば部屋の床全体に黒い魔力がカーペットのように広がっていたのだ。だからこそ、サタンの魔力が敷かれた床に足を付けていた『人形』達は文字通り『壊された』のである。

 面白い使い方だ、と賞賛の言葉を告げた由堂は一歩下がって魔力の敷かれたスペースから距離をとる。

 対して夜来は―――由堂の傍でテーブルに寝かされている雪白千蘭をギョロリと目玉を動かすだけで確認する。

「そォいうわけか。頭ァ良い怪物だなぁホント」

 清姫が中に宿ったままの雪白。

 きっと清姫は『わざと』雪白千蘭の中にいることで、もしも雪白が傷を負ったとしても怪物の回復能力で応急処置を可能な状態にしているのだろう。

 もしかしたら清姫は雪白をさらった由堂清を殺したくて殺したくてうずうずしているかもしれない。しかし怒りの発散よりも雪白の身の安全を確保する彼女は非情に賢くて感心する。

「約束通り十二時に来たみたいだが、ちょっと早いねぇ」

 由堂清は携帯電話を切ってポケットにしまい、

「俺は電話中の騒音が一番嫌いなんだよ。どう償ってくれるわけかなガキ」

「ほざけクソが。つーかテメェ、未だに状況理解できてねぇみたいだな。おめでたい思考回路してるみたいで羨ましいねぇ」

「あぁ?」

「状況の危険性ってモンを理解できてねぇみたいだなっつってんだよボケ」

 夜来初三はトントンと右足の先を床に叩きつけて、まるでいつでも飛び出せる準備をした。

「テメェ―――この俺に噛み付いたって状況がどんだけ笑える結果に繋がるか知らねぇようだから教えてやンよ」

 そして告げる。

 宣言する。


「おいクソ。クソなンだから『はか』は砂山で文句ねぇよなァ?」

 

 瞬間。

『悪』が一つの破滅を巻き起こす。

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