出陣
やられた。
いつもの『夜来初三』ならば鉈内の狙いなど即座に見抜けただろうが、ついさっきまでの精神状態が不安定だった『夜来初三』では気づけるものも気付けなかった。
完璧にやられた。
完全に鉈内の思う通りに行動していた。操作されていた。
「……余計な真似しやがって」
「あっれれー? 僕ってば結構イカしてたっしょ。ほら、なんつーの? 漢みたいな?」
「まずはその茶髪黒染めしてから言えクソ野郎」
「んーでー? やっくんは結局どうやって雪白ちゃんを助けるの? あと、何で助けるか本当にわかんないの? あれだけ酷いことされたのに君が雪白ちゃんを助ける理由ってホント何なんだろうね」
「さぁな。そりゃ俺も分かんねぇよ。だからこそ―――雪白を連れて帰ってその『理由』を暴いてやる」
いつも通りの悪人ヅラ。
いつも通りの鋭い目つき。
いつも通りのガラの悪さ。
雪白千蘭の手によって精神的にダメージを負っていた夜来初三の精神は鉈内翔縁との戦いの中でほぼ完全に治りかけていた。理由はストレスの発散に近い。雪白から受けた『本物の悪』を否定される言葉から純粋に彼女の自傷行為によって痛めつけられたことで心がボロボロになっていたのだ。
だがしかし。
その精神状態を上塗りするほどの『怒り』と『戦闘』によって、夜来初三の心は別の感情に塗りつぶされたのだ。雪白に植えつけられた傷を塞ぐほどの『怒り』という感情と『戦闘』という行為によって、夜来の心は完全とは言えないだろうがほぼ安定した。
それを成功させた鉈内翔縁には、今回ばかりは頭を下げても足りないくらいだろう。
夜来はそれを少なからず自覚しているのか、
「こりゃ借りだ。あとで利子つけて返してやるよクソッたれ」
「はいはい、んじゃ精々死なない程度にガンバー」
自分の横を今度こそ素通りしていった夜来に、鉈内は振り返ることなく手をひらひらと振った。対して夜来はサタンと共に今度こそ出陣しようとしたのだが、
何やらサタンが鉈内をじーっと見上げて威圧感のようなものを放っている。
冷や汗を流した鉈内は無理に笑って、
「い、いや、その、確かにやっくんいきなりぶん殴っちゃったのはちょっと悪いかなーとか考えたり? 思案したり? 反省したりしてるんですけど、えと、その―――」
「恩に切る」
「へ?」
仰天する光景が目に入った一同。
なぜなら。
あの大悪魔サタンが深々としどろもどろしている鉈内翔縁へ感謝のお辞儀をしていたからだ。
サタンは長い銀髪揺らして顔をようやく上げて、
「我輩じゃ小僧を元に戻せんかった。我輩では小僧を『殴ってでも元に戻す』ことなど出来なかった。だから貴様に感謝する。本当に―――ありがとう」
「え、えー!? い、いやちょっと何それ!? あれっすか!? 上げて落とす的な作戦っすか!?」
「我輩は小僧第一だ。だからこそ―――小僧を元に戻すために憎まれ役を『第一』に勝手でた貴様には素直に感謝している。ふむ……そうだな、貴様に我輩の小僧とちょっとだけ仲良くしてもいいかどうか我輩が考えてもいい程度の権利をやろう」
「それ権力ゼロじゃね!? 結局のところ何も改変されてなくね!? ま、まぁその、なんですか? 僕もサタンさんに認められた? みたいな感じでちょー感激っすはい。え、ええと、だからそのまぁありがとうございやす」
「ふむ。―――あと小童」
「はい?」
「テメェ何回注意すれば『やっくん』って馴れ馴れしい呼び方直すんだゴラァアアアアアアアア!!」
「す、すいませんでしたあああああああああああああああ!!!!」
バドン!! と思いっきり太ももを蹴られた鉈内は激痛によって転げまわる。しかしサタンは妙な部分にキレてぷんすかと怒りながらも踵を返した。
なんというか……最後の最後には最終的に鉈内翔縁が不幸になるのは運命的なものなのかもな、と納得する光景だった。
夜来は隣に来たサタンを見下ろして、
「……ンじゃまぁ行くか」
「うむ!」
最強最悪で最凶最悪な最狂最悪の大悪魔サタンという絶対的な力を持った怪物にぎゅっと手を握られた夜来は改めて歩き出した。
七色寺の本殿を出て月明かりに照らされた寺の床を歩く。
出口である門を出る寸前。
握られている悪魔の小さな小さな手の感触が『一人ではない』と示されているようで、彼は思わず自分の弱さを鼻で笑っていた。まるで、一人ではないという事実に安心している自分の弱さに呆れるように。
「? どうした小僧」
「自分の弱者っぷりに失笑しただけだ」
サタンとしばし見つめ合ったまま数秒が過ぎた。
やるべきことは決まっている。
行くべき場所も決まっている。
ただ単純にあのクソ祓魔師をぶっ殺して雪白千蘭を救出すればいい。その後に雪白についての問題は解いていけば良いはずだ。
月光に照らされている少年と悪魔。
二人は手をつなぎ合ったまま、ラスボスが待っている魔王城へと向かっていく。ただし魔王城へ向かっている二人は決して『勇者』だなんて光り輝く存在ではない。
悪魔と悪人。
それが少年と少女の存在だ。
つまりどちらも勇者ではなくて―――ただの悪。
『本物の悪』を背負っている闇の化物二匹である。
魔王城へと向かう『悪』二人。
はてさて。
魔王城に息を潜めている魔王が悪役なのか。
最強の悪人と最強の悪魔二人が悪役なのか。
一体どちらが『本当』の悪役なのだろうか?




