分からない
場所は街中に存在する、とある木造のベンチだ。
そこに腰掛けているのは、派手な金色のスーツを着用していて金髪が混じった黒髪をオールバックにしている上岡真。彼は背後から聞こえた足音に振り返って、
「逃がしちゃいました?」
「ええ。申し訳ありませんでした……」
頭を下げてきた豹栄真介に上岡は笑って、
「そんな自分を責めないでください。あ! いや、別に豹栄さんが責められる側だからって文句はないですよ!? 勘違いしなでくださいねっ!?」
「はーいはいオッケーオッケー。ツッコミ疲れたんで、どうぞ続けてくださいはい」
関心ゼロの無情な声を耳にした上岡は気にせず続ける。
「まー今回は夜来さんを手に入れる必要がありますし……由堂清は夜来さんに任せてしまいましょう。僕たちは遠くから温かい目で見守るということで」
「!? で、ですが―――」
「夜来さんに『エンジェル』の危険性を身をもって知っていただければ僕たちにとっても好都合でしょう? それにまぁ……『エンジェル』が何を狙っているかも僕さっぱりですし」
「……分かりました。でも、俺は夜来なんぞ欲しくありませんがね」
「ツンデレは夜来さんとかぶりますよ?」
「キャラじゃねーよ!!」
上岡は楽しそうに笑い声を上げて夜空を見上げる。
そして一言。
「ま、精々夜来さんに期待しておきましょう」
「小僧おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! すまない!! 何もできなくて本当にすまなかった!!!!」
雪白千蘭の手によって完全監禁されていた一軒家から出た瞬間、サタンがもの凄い勢いで夜来の胸へ
ダイブしてきた。当然その威力に抵抗できることもなく、夜来は銀髪悪魔と仲良く地面へ倒れこむ。
涙を瞳にためているサタンを見下ろして、
「お、おい。そンな必死にな―――」
「なるに決まっているだろう!!!! あのクソ蛇女!! 一度小僧を襲おうとしたと思えば今度は監禁だと!? ふざけおって絶対殺す!!」
必死に夜来の胸へすがりついているサタンは、彼と久々に対面できたことで甘えられなかった故の反動が強いようだ。痛いくらいに夜来の体を抱きしめてくる。しかも腕や体全体が小さい悪魔なので、締め付けられる場所がかなりピンポイントになるから地味に痛い。
だが夜来はそれを拒まずに、
「迷惑かけたな……」
そう呟くように言ってサタンの銀髪を撫でる。
そこで唯神天奈が口を開いた。傍らには秋羽伊那も立っている。
「それで……初三、どうするの?」
「何がだよ」
「雪白を助けに行くの? あれだけ君をめちゃくちゃにしてボロボロにした雪白を、助けに行くの?」
その質問に対して。
夜来初三はさも当然のようにこう答えた。
首まで傾げて当たり前すぎることを聞かれたように。
「あ? 助けるに決まってんだろうが」
さすがに唯神天奈の顔にも大きな動揺の色が現れる。幼い秋羽伊那も信じられないものを見る目で見上げてきていた。ただしサタンは何も言わずに夜来の胸へ張り付いている。
彼はなぜ、雪白千蘭を助けに行くのだろう?
あそこまで精神をボロボロにされて、あれだけ苦しい監禁生活を体験して、あれほどまでに狂いに狂った雪白の餌食になったというのに、なぜ彼はそこまで『当然』のように雪白千蘭を救出しに行くのだろう。
意味がわからない。
いや、分かることなど不可能な発言だった。
「な、なんで!? 君は雪白にどれだけ酷いことをされたか分かっているの!? おかしい! 普通、あれだけ君を苦しめた雪白を助けにいくって即答できるはずがない!!」
「そうだよ!! 怖いお兄ちゃんどうしちゃったの!? も、もしかして綺麗なお姉ちゃんに何か脅されてるの!? だったらもう大丈夫だよ、もうお姉ちゃんいないんだから!!」
「……」
ただ一人沈黙しているサタンは夜来の体をさらに強く抱きしめていた。他の二人は責めるほどに凄い勢いで夜来を説得しようと試みている。
「ど、どうして? 君はどうして雪白を助けるの? ただ単純に雪白の見た目に惑わされてるから? それともまだ『約束』とかを引きずってるの? だったらいい加減に―――」
「分からねぇ」
本当に自分自身のことが分からないように告げた夜来。
彼は自分の両手を見つめながら、
「俺も、わかんねぇんだよ。ああ普通雪白のやつを助けに行くなんざ、イカれてるとしか言い様がねぇよ。自覚はある。俺はヒーロー気取る気もねぇタイプだ。でも―――『雪白千蘭を前よりもっと守りたい』みたいな、何かよく分からねぇけど……もっともっと雪白を大切にしたい、みたいな風に俺は、今、思ってる、みたいだ……?」
そう思う理由が理解できないからなのか、彼は疑問形でそう言った。唯神も秋羽もさすがに理解が追いつかない夜来の返答に絶句している。
「……もういい。分かった。勝手にすればいい」
どこか苛立った声で言い放った唯神。
彼女は秋羽の手を取って、
「でも、例え君が雪白を許しても私は絶対に許さない。そして一度は世ノ華達とも顔を合わせること。それが条件。飲めないなら私は君を許さない」
その鋭い紫の瞳に睨まれた夜来はゆっくりと頷き、
「……分かった」




