勝てない
(やっぱりビンゴだった……)
どの角度から見てもどの視点から考慮しても―――間違いなく夜来初三を襲う寸前だった雪白千蘭の姿を見て唯神はそう思った。
「それで、雪白はそこで一体何をしているの? あまり不順な真似には賛成できない」
「……」
ベッドの上で……正確に言えば夜来初三の上に馬乗りになりながら、こちらを鬼の様な形相で睨みつけてくる雪白に溜め息を吐いた唯神天奈。
話し合う気がないなと踏み、今度は会話の対象者を本命へと変える。
それは瞳にいつもの力が込められていない、痛々しい死んだような目とボロボロになった精神状態にされた夜来初三だ。
「初三。無断外泊とはどういう了見? 私は気が短いからストレスが溜まった」
「……」
少々表情に変化は見られたものの、夜来は押し黙るように俯いた。
眉を潜めた唯神天奈。
いつもの彼ならば『面倒くさい女だ』などの一言くらい返ってきてもおかしくない。だというのに、現在の夜来初三は見るからに弱々しい小鹿のような姿と化していた。
その様子に秋羽も何か嗅ぎ取ったのか、
「ね、ねぇ怖いお兄ちゃん。どうしたの? 何かいつもと違うよ? もしかして綺麗なお姉ちゃんに―――何か、されたの……?」
恐る恐ると言った調子で尋ねていた。
対して夜来初三は、まるで何かに恐がるように固まって動けないでいる。
「……雪白。君は初三に何をしたの?」
雪白は夜来の体をゆっくりと起こして、彼の背中へ回る。そして背後から抱きしめる形で夜来の胸や腹や頬を優しく撫で回し、ニタリと笑った。、
「何もしていない。ほら、よーく見てみろ。傷や拘束具がつけられているか? 初三は自分の意思で私と共にいるだけだが、何か文句でも?」
確かに彼の体には何もつけられていない。傷なんてもってのほかだ。が、『そんなこと』はこの現場に到着する前から唯神天奈は気づいていたので特に反応はしない。
「初三の体に何か拘束具をつけても壊される。傷なんて第一につくはずもない。君は当たり前のことを言い過ぎ。頭の構造を疑う」
「ああ、なるほど。私が『どういうやり方』で初三を手に入れたか推理してあったわけか。実に鬱陶しい女だな。なぁ、そうだろう初三? あんな女は生きる価値がないな、まったくもってその通りだよな?」
色のない瞳は廃人のようだった。
しかし彼はそれでも震える眼球を無理に動かして唯神天奈を確認する。耳元では雪白の囁きが響いてきた。だが彼はどうしても唯神天奈を傷つける物言いには賛成したくなかった。しかし雪白の考えに賛成しなくては―――また自傷行為をされかねない。
よって。
無理に唇を動かして、唯神天奈を少しでも罵倒するために口を開く。
が、
「いいよ初三。分かってるから」
唯神が微笑んでそう言った。
さらに続けて、
「雪白がどうやって初三を乗っ取ってるのかも、拘束しているのかも全部分かってる。私は頭だけが取り柄だから」
彼女の目には何もかもを見透かしている確固たる自信と確証があった。間違いなく唯神は雪白がしていることをほぼ全て見抜いている。
と、そこで。
くいくいと唯神の袖を引っ張った秋羽が不安そうに尋ねていた。
「ど、どういうこと天奈お姉ちゃん。怖いお兄ちゃん、一緒に帰ってくれるの? また―――『家族皆』で過ごせるの? ご飯食べられるの?」
「ん。当たり前。今から初三と一緒に帰宅することは決定事項」
即答した。
ニヤニヤと笑いながら夜来初三を後ろから支配するように抱きしめている雪白千蘭を睨みつけて、即答した。
「ほーう」
雪白はペットを可愛がるように夜来の体を撫でたり、胸をまさぐったり、頬をペロリと舐めたりして、自分の持ち物だと示すが如く妖艶にいじりながら、
「初三ぃ、どうする? 何やら初三の家族だとか名乗る妙な不法侵入者が現れたが、警察に連絡でも……いや、この家にこれ以上ハエを上がらせるのも我慢できん。さてさてどうしようか? なんならいっそのこと―――爪でも剥いで悲鳴を鳴らす楽器にでも変えてしまおうか?」
残虐な考えを漏らした雪白。
まるでその言葉は『必ず殺す』と遠まわしに宣告しているようだった。
「雪白。初三を解放して」
「ん? 『解放』ならしているが? 初三の体に何か解放をさせていない代物でもあるのか?」
「君はバカ―――『解放』という言葉の意味は『体や心の束縛や制限を取り除いて自由にする』ということ。誕生日プレゼントに国語辞典でもプレゼントしてあげようか?」
「……さすが学年一位の秀才は違うな。まぁ、二位どまりの私がバカと言われても仕方ない、か」
「全国模試一位だよ」
「なるほど。それだけ頭がいい相手では私では相手にならんか」
どちらも秀才だろう。
雪白も確か全国模試ではトップ10に入っていたはずだ。
夜来初三を精神的に完全拘束している天才―――雪白千蘭。
彼女のトリックを暴き犯人を特定した天才―――唯神天奈。
どちらも次元が違う頭脳を持っている。それも勉強という覚えて培うものではない、純粋な頭の良さによるもの。
天才と天才は未だにアクションを起こしていない。
が、しかし。
ベッドの上で少年を支配している方の天才は敵対する二人の少女を指さし、
「それで貴様らはどうする気なのだ?」
「質問の意図が把握できない」
「―――私という『清姫の呪い』を宿した悪人に、貴様らただの人間に勝ち目があると思っているのか?」
「……」
質問には沈黙を返した唯神天奈。
その反応に鼻を鳴らした雪白は、広げた右手から豪炎を生み出した。
真っ赤に燃え盛っている清姫の炎は、おそらく骨の髄まで獲物を溶かし尽くすことが可能な力だろう。もちろんここで清姫が雪白から離れてくれればいいのだが、前回のやり取りからして、清姫も雪白に逆らうことは不可能だ。
「それで、どこから燃やして欲しい? その手入れされている長い髪か? 女として大事な顔か? それとも、ご自慢の脳みそか?」
何の力も持っていない唯神はただ黙っている。
が、しかし。
それは反撃する手がなくて焦っているからでも、怖くて怖くて恐怖に駆られることで動けなくなっているわけでも、策がまったくないことにフリーズしているわけでもない。
彼女が黙っている理由は実に単純だった。
「君は私に勝てない」




