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迎えに来た

 ベッドの上で少年に添い寝している少女から鳴り響く笑い声。

 それはどこか幸せそうで嬉しそうで―――狂いに狂った幸福感溢れる声だった。

「あハはッ! アハハハハはははハハハハハハ!! ああ、愛しているぞ初三ぃ。愛しすぎておかしくなりそうだ。ああもうおかしくなっているか。でも狂ってしまうほど気持ちいいのだ―――お前という存在は」

 何度と聞かされた『愛している』という言葉。何度と耳にぶち込まれる少女の狂気と愛に満ちあふれた笑い声。何度と再確認される―――自分の無力さ。

 もう、何もする気がなかった。

 絶対的なまでの無気力感が骨の髄まで浸透してくる。

 自分はもう、雪白を今の今まで傷つけてきた―――夜来初三というクソ野郎はもう二度と彼女の愛を拒む権利も資格も価値すらない。

 夜来初三は夜来初三をそう認識していた。

 これでいいんだと。

 これで彼女を傷つけてきた自分の悪行の罪滅ぼしに少しでもなるのならば大賛成だと。

 雪白千蘭を傷つけた分―――彼女の為に愛されよう。

 雪白千蘭を苦しめた分―――彼女のもとで生きよう。

 雪白千蘭を泣かせた分―――彼女の愛に服従しよう。

 それが夜来初三というクズが取るべき当然の運命であり結果であり行動だ。

 彼は彼女を苦しめた。

 ならば彼女の為に叶えられることは叶えてみせるのが―――筋を通すというものだろう。

「なぁ初三。私のお願いを聞いてくれるか?」

「……」

 黙って頷いた夜来。

 その反応に微笑んだ雪白千蘭は、


「そろそろ私を犯せ」


 生気が宿っていなかった夜来初三の瞳に少しだけ色が戻る。

 目眩めまいに等しい感覚に襲われながらも、彼は混乱している自分を押さえ込んで、

「いま、なん、て……」

「聞こえなかったか? うっかり屋さんで可愛いなぁ初三。―――私を犯せと言ったんだ。ああ、もしや言い方が気に食わなかったか? ならば私を抱け。子供はできてもできなくても良い。だか―――」

「ま、待って、くれ!! そ、それは、早く、ないか? し、しない何て言わない、から、待てよ、な?」

 ズタボロにされた精神状態の彼は必死に言葉を繋いでいって説得を試みる。しかし雪白は拒絶に等しい返答に顔を俯かせてポツリと言った。

「ならばいい。我慢してやろう」

「ほ、本当か?」

「ああ―――お前から襲って欲しいという願いは我慢することにした」

 次の瞬間。

 雪白は夜来の上へ馬乗りになり、彼の着用している白い服に手をかけて―――ビリビリビリビリ!! と襟から胸元までの生地を引き裂いてしまった。

 間違いなく。

 これは本気でやろうしている。


「私からお前を犯すことにする」


 血液が沸騰したような感覚に襲われた。雪白の荒い息遣いと赤く染まった頬が目と鼻の先にある。整った顔は実に美しい女神そのものだった。下ろされているストレートの長い白髪はベッドの上を這っていて、太ももに絡みついていて色気が増している。

 しかし。

 夜来初三はそれらに興奮したわけではなかった。

 彼はただ。

 雪白に犯されるという運命に抗うべきなのか従うべきなのか―――分からなくなっていた。もちろん彼は雪白に従う以外に道は無い。それは自分でも自覚しいている。しかし、どうしてもこんな形でそういうことをする運命には……反抗しなくてはならない気がした。

 が、しかし。

(いや……何考えてんだ俺は。今までコイツを苦しめたんだから拒む権利なんざねぇよ)

 抵抗しようと起き上がった右腕。

 ストンと、それは無抵抗を表すようにベッドへ落下した。

 それを見た雪白はニッコリと笑う。

「偉いぞ初三。そうだ。お前は私のモノなんだから私に犯されるのは当然のことだろう? 何も疑問なんてないはずだ。当然の結果を受け入れろ。―――私と一つになることを受け入れろ」

 呆然としている夜来の服を脱がそうと雪白は手を伸ばした。

「あハ! アハハハハ!! ああ可愛いなぁ可愛いなぁ初三。プルプルと震えていて初めてが怖いのか?女のような反応も実に欲情させられる。まるで私がお前をレイプしているようで面白いな。まぁ安心しろ。私が優しくたっぷりと快楽に溺れさせてやる。―――私がいなくては生きていけないレベルまで私に依存させてやる。私の傍にいなければ泣き喚くほど依存させて、私に触れていなければ発狂するくらい―――愛を刻み込んでやる」 

 この状況を夜来初三は受け入れるべきだ。彼はそれほどの大罪を犯したではないか。しかし気づけば本能的にその運命を打破しようとして、力強く雪白を抱きしめていた。

 これは前回にも取った雪白の注意を逸らす作戦だ。わざと抱きしめて一時的に満足させることで襲われるのを防ぐ効果があったはずだ。 

 だが。


「ああ、またそうやって私から逃げようとするのだな」


 雪白千蘭には全てお見通しだった。

 彼女は今度こそ止まることを知らなかった。

(ッ!? な、何でバレて……!?)

「初三は本当に怖がりなんだなぁ。何度言えばわかってくれるんだ? こうやってまた『私を抱きしめることで意識を変換させる』作戦を実行するとは……まぁ、尚更たっぷりと調教して次からは私に従順になるよう気持ちよくしてやれば問題ないか」

「ま、待て―――」

「もう待たん。一度は見逃してやったがもう待たん。もう―――お前が欲しくて死んでしまいそうだから待てない」

 まずい。

 今回ばかりは打つ手がもうなかった。絶対に彼女の手のひらから逃れることは不可能だった。ここから先は本当の意味で彼女のモノとなるちぎりを結ぶだけだった。

 生唾を飲み込んだ夜来。

 対して雪白はそんな彼の唇へ自分の唇を重ねようと迫って来ていた。

 残りの距離は一センチもない。あと一瞬で彼女のキスから始まる愛ゆえの激しい行為が始まってしまうだろう。

 だがしかし。

 事態は思わぬベクトルへ突き進むこととなった。


 ガッシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!


 そんな破壊音が響いてきたのは一階からだ。その甲高い何かが割れる音からして―――窓ガラスが破壊されたと予想できる。さらには複数の足音がドタドタと一階で駆け回り始めた。

 そう。

 まるで。


 大事な家族を探しているような必死さで。

 

 ついには階段を駆け上がってきた足音に対して、

 雪白はギリギリと奥歯を噛み締めてこんなことを呟いていた。


「私と初三の『世界』に……汚い虫が入ったのか……!?!?」


 猛獣のような眼光を光らせる雪白の姿にゾッとした夜来。グラグラと揺れている雪白の目は猛烈な殺意による影響だろう。

「殺す……殺す……ひたすら拷問した後に殺してやる……!! 死ぬまで痛めつけて―――私と初三の『世界』へ立ち入ったことがどれだけ重罪か痛みで教え込んでやる……!!」 

 彼女がそう高くもあって低くもある安定していない声と様子で呟いた時。

 バン!! と扉が勢いよく開け放たれた。

 そして。

 雪白千蘭によって隔離されていた『世界』に足音も鳴らさずに入り込んできたのは―――



「まったくもって手間のかかる人。少しは私の身にもなって欲しいと願う」



 腰まで伸びた長い黒髪は夜空のよう。深海を表すような紫の瞳は宝石そのものだ。背は女性にしては高く真面目にしていればクールビューティーの一言で終わる美少女。

 さらに。



「お兄ちゃん!! 怖いお兄ちゃんだ!!」



 その少女の裏から顔を出してきたのは小さな小さな女の子。亜麻色の長い髪をツインテールにしていて心身共にまだまだ幼い。いつも元気ではしゃぎ回っている幼女。 

 もちろんその二人のことを。

 わざわざ誰なのかと確認するわけがない。

「なん、で……お前ら……」

 二人の登場人物に釘づけになっている夜来初三。彼は呆然とした調子で呟いていた。

 対して二人の少女と幼女はこう言い切った。

 彼のもとへ駆けつけた理由。彼を迎えに来た理由。彼をこの一人の天使によって隔離された『世界』から引き上げに来た理由を全て。

 一言で言い切った。

 実にその一言は全ての説明がついてしまう単語だった。


「「『家族』だから」」


 唯神天奈と秋羽伊那はさも当然の様にそう言った。

 いや、訂正しよう。

『当然の様にそう言った』ではない。それは大きな間違いだった。

 正確には―――



『当然の事をそう言った』であろう。



 状況は実に『当然』だった。

 二人の家族が手間のかかる家族を迎えに来たという『当然』の事態。

 ただそれだけのことである。



     


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