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激闘開幕の前

 私立天山高等学校。

 学力が低い生徒から、非常に高い生徒までが集まる教育機関で、他県から入学するような者もいるほど有名で人気が高い学校である。不登校生徒の受け入れも行っているので、夜来初三のような難しい子供も何人かは通っていた。

 教職員も礼儀正しく、生徒一人一人を平等に扱う者達が多いので、生徒の保護者達は天山高校に大きな信頼を置いている。

 以上のことから、特に目立つ部分があるわけでもない普通の高校ということが分かる。

「ここね……」

 その高校の目と鼻の先にあるビルの屋上に立つ白い影。

 それは、白蛇の大蛇の下半身を持ち、上半身は雪白千蘭の肉体のままでいる清姫だ。

「さてと、とりあえず殺しておきましょうか」

 彼女がぼやくように呟いた途端、

 下校の時間を教えるチャイムが鳴り響き、日が落ちて暗くなった夜の中、ぞろぞろと天山高校の生徒達が校舎から出て、帰宅の為に歩いてきた。

 清姫は捕食者のような笑みを浮かべて下校中の生徒―――男子生徒を、殺意のみで構成されたような赤い瞳を使って睨みつける。

「やっと。私とあなただけになれたわね、雪白千蘭」

 彼女は自分の胸に手を当てて小さく笑った。

 満足そうに、笑った。

「あのクソ悪魔が消えて、私とあなただけになれたわね」

 ようやく、淫魔という男を好む存在が消えて、

男を憎んでいる雪白と、男を憎んでいる自分だけが、雪白千蘭という体の中にいられることを喜んでいるのだろう。

「私たちは一緒よ、ずっと一緒。あなたが男を憎んだときは私が男を憎んだときで、あなたが男を怖がったときは私も怖がるときなのよ。同じね、本当に同じ。あなたの考えを理解できるのは私だけ。だから……」

 両手を市立天山高等学校へ向けて広げ、清姫は歯切りししてから口を開く。

「あなた―――雪白千蘭が、男を無意識のうちにずっとずっとずっとずっと殺してやりたいと思ってたことだって、私は知っているのよ。男を許したことなんて、一度もないことぐらい、ずっと知ってるの」

 ゆっくりと視線を落としてみる。

 そこには、高校生活の青春を心から楽しんでいる男達がいた。

 今日は部活で大活躍したとか。そろそろ夏も本番だし夏休みは旅行に行こうとか。明日こそあの子に告白するんだとか。彼女と海に行こうと思ってるんだよね……とか。

 青春以外の何物でもない青春の話で盛り上がっている青春を謳歌している少年達。

 それを眺めていた清姫は、一言、

「ぶっ壊してやる」

 と言った。

「全部全部、お前ら男共の夢も希望も楽しさも笑顔も存在も何もかも……ぶっ壊してやる」

 彼女は歯を食いしばり、

「あっハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハはハハハハハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハハハハハハはハハハはははははッひゃハはっははハハハハハハハはははハハ!!!!」

 笑った。

 腹を抱えて大爆笑し、意味もなく腕を振り回したりして、笑った。

 いや、壊れた。

 壊れたように笑った、という言い方のほうが的確な表現だ。

「イっハハハハははハハはッッ!! 良いわ良いわ良いわよクソ男共ォ! ぶっ殺してぶっ飛ばしてぶっ潰してぶっ叩いてぶっ消してあげるわよクソったれがァァあアアアア!!」

 飛び降りて、清姫は襲いかかる。

『男だから』という理由だけで、まったくの無関係である少年達を殺しにかかる。

 だが、


「ごきげんよう、久しぶりね」


 落下中の清姫は、声のした右横に視線を移す。

 そこには、知っている顔があった。

 自分と同じ怪物である淫魔を始末することに奮闘していた少女で、一度だけ戦ったことがあった鬼だ。

 金棒を持った鬼神の少女―――世ノ華雪花だ。

「ッ!! あ、あなた……!?」

「こんにちは。そしてさようなら」

 目を見開いて仰天した清姫は、慌てる暇さえ与えられずに頬に走った衝撃を感じ取る。

 ズン!! と重りがのったような一撃によって殴り飛ばされたのだ。

 頬に世ノ華の拳が突き刺さったことに気づいたときには、既に天山高校から五百メートル以上離れている廃ビルの中へ突っ込んでいた。

「がっ!? がはっごはッ!!」  

 ビルの壁を突き破って汚い床を転がったせいで咳き込み、息を整える清姫。

 そのとき背後から、

「鬼の力、ちょー凄かったっしょ? 君みたいな人間と半一体化してる化物を五百五十メートル離れてるここまで殴り飛ばせるんだから、やっぱ羅刹鬼は鬼神の総称って言われるだけのことはあるよねー。ってか、やっぱ弱体化してても世ノ華は呪いを使いこなせてるみたいだし、マジやばいよね。っていうか大丈夫? 君って見た目美少女だから、僕としてはあんまり乗り気じゃないんだけどさ」

 振り向いてみると、前回、殺そうとしたが結局は昇天させられなかった憎き男―――鉈内翔縁がボロボロのソファに腰掛けていた。

「……なるほど。私をもう一度始末しようって狙いなわけなのね」

 事態を察した清姫は、面倒くさそうに起き上がり、

「それで? 何で私の居場所が天山高校だってわかったのかしら?」

 当然の質問をした。

 不可能なはずなのだ。

 ここ天山市にさえ息を潜めているかどうか分からないはずの清姫をこの短時間で見つけ出すだなんて、運がいいだの勘が鋭いだのじゃ説明がつかない。不可能なはずだ。

 すると、彼女の問に答えたのは、

「儂達は知らんよ。儂達は夜来の言うとおりに動いたまでじゃ」

 部屋の隅っこから小型のシルエットを現した七色夕那だ。

 彼女はトテトテと小さな歩幅で白蛇の大蛇へ歩み寄った。

「夜来……あのいけ好かない男ね。私と雪白を裏切らないとか助けてやるとか嘘ばっか言いまくってる三下だったかしら」

「あァ!? どこの誰が三下だってんだ腐れ爬虫類女ァ!!」

 また背後から声が聞こえ、視線を移してみると、先ほど自分を殴った張本人である、角が生えた世ノ華雪花が腕を組んで睨みつけてきていた。

「テメェあンま調子乗ンじゃねェぞコラ。兄様が三下なら兄様以外の生物はどうなンだよ、あぁン!? 兄様がいねェ今この私を止められるモンなンざ何もねぇぞクソ女ァ。丁度イイ、兄様が来る前にテメェの顔面ぐっちゃぐちゃにしてやンよボケが」

「ちょ、ちょっと世ノ華……」

 怒りが噴火直前の鬼は、鉈内を睨みつける。

「あぁ!? 何だチャラ男、テメェも一緒にミンチにしてやろォかァ?」

「そうじゃなくて、後ろ後ろ!!」 

「はァ? 後ろが何だって―――」

 背後の方向に顔を向けてみると。

 そこには、

「……お前はチンピラか」

 兄様がいた。

 愛しの兄様が、ドン引きした顔でツッコミを入れて突っ立っていた。

「……」

 しばし絶句してしまう世ノ華。

(み、み、見られたァァあああああああああああ!! バッチリ兄様に見られたァァあああああああああああああ!!)

 世ノ華はサタンが現れた際にも無意識に不良モードになった状態を夜来に見られていることを知らなかったようで、かなりパニックに陥ってしまった。

 心で絶叫を響かせたあと、いつものように『お嬢様系義妹キャラ』へと即座に顔を変える。

「……兄様、私はいつでも兄様をお慕い申し上げております」

 夜来は、お辞儀までして清楚さを強調してくる世ノ華の緑の瞳をじーっと凝視してから、彼女の最大最悪の黒歴史を暴露した。

「そういやお前、俺と知り合った時は不良だったもんな」

「「え?」」

 初耳だったのか、鉈内と七色の声が重なった。

 そして、当の世ノ華は、

「うわぁぁああああ!! な、なぜ言ってしまうのですか兄様ぁぁぁあああああああ!!」

 めちゃくちゃ取り乱していた。

 相当忘れたい過去だったのか、うるうると瞳を潤ませていて号泣寸前である。

「ま、まじすか? それガチなわけ? 僕は世ノ華と出会ったのは『羅刹鬼の呪い』を解いた時だったから、それより前は知らないんだけど」

「あぁ、マジだしガチだ。俺ァ天山高校入学してから三日目ぐらいに知りあったからな。そんときゃ『ライオンの世ノ華』って異名までつけられてたぜ、コイツ」

 世ノ華を指差し、珍しく鉈内と盛り上がっている夜来。

 まぁ当然、話題になっている世ノ華は、

「いやぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! やめて兄様ァァあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 と、泣き叫びながら兄様―――もとい、夜来の胸に抱きついた。

 不良のことは言わないで! といった風に必死の形相で抱きついた世ノ華だったが、裏の顔では……。

(ま、まぁこうやって『バラさないでお願い!』みたいな感じで兄様の胸に飛び込めば、合法的というか……その場の雰囲気で兄様とハグすることが出来る!! 結果オーライ!!)

 ……まだ、かなり精神的に余裕があったようだ。

 邪悪というか、卑怯というか、とにかく黒い考えで夜来に泣きついた世ノ華だったが、

 突如首元付近の襟を引っ張られて強制的に兄様から引き離されてしまった。

「うあ!? し、幸せな時間が離れていく!!」

「いい加減にせい馬鹿者が。今はやるべきことがあるじゃろう。……それと世ノ華、お主、夜来に抱きついていたときに『ぐへへ』といった感じのだらしない笑顔を浮かべておったぞ。あれじゃバレバレじゃ。もう少しボーカーフェイスを鍛えるのじゃな」

「うっ! ……りょ、了解です」

 恥ずかしさに頬を赤らめた世ノ華は、『やるべきこと』である今回の仕事。『清姫の呪い』に身体を奪われている雪白千蘭を視界の先に捉えた。

「で? あなた達の茶番に付き合ってあげたけど、結局どうして私の居場所がわかったのか知らないんだけどねぇ。いい加減教えてくれるかしら?」

「ああ、簡単なことだ蛇野郎。お前が男を憎む怪物だってことを知ってるから、俺ァお前が天山高校の男共を殺しに行くってわかったんだよ」

「はぁ? 何で天山高校の男子生徒だって特定できたのよ。私が別の街に住む男とか外国の男とかを殺しに行ったとか思わなかったの? 世界っていう範囲の中から天山高校だって特定して実際にアタリを当てた理由にしては説明不足じゃないかしら? そうでしょう? 雪白千蘭に『俺だけは絶対に裏切らないから』とか『俺は味方でいるから』とか吠えた偽善者さん」

「……」

 夜来は沈黙し、

「―――くっ!」

 吹き出した。

 思わず、吹き出してしまった。

「クッはははハハハハハハは! ぎゃッッひャヒャヒャヒャハハハははははハはハハハハハハははハハはハハハハハハははは‼ ぎゃっはははハハハハハハはははははははハハハははハはハハハはハははハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」

 恐怖を感じた。

 目の前で、額を押さえて体をくの字に曲げ、快楽殺人機のような笑顔で大笑いしている少年を見て、清姫は圧倒的な恐怖を感じ、後ずさった。

「っ!? 何なのよあな―――」

「アホなんじゃねぇのか、お前」

「は、はぁ!? アホはそっちでしょうが!!」

 夜来の血走った漆黒の両目に威圧されないよう、清姫はかなり大声で反論する。しかし、少年は鼻で笑うだけで何の反応も見せない。

「テメェさぁ、何か勘違いしてっから教えといてやるけどよ。悪ぃが俺ァ偽善者じゃねぇよ。いや、偽善者ですらねぇただの悪人だよ」

「アンタのどこが偽善者っじゃないってのよ! 雪白に甘い言葉かけて関係を深めようって考えなんでしょ!? 『裏切らないから』とか『俺は味方だ』とか言って雪白と仲良くなって、最終的に裏切るんでしょ!? 知ってンのよ!! アンタが、男が雪白の体が目当てだってことぐらい! そんなに女の体で遊びたいなら風俗でもどこでも行けばいいじゃない!!」

「あぁ? この俺が雪白千蘭の体が目当て? ぶっ、アっはハははハハハハははハ!! 随分とまぁくだらねぇ妄想だなぁオイ! ピーピーピーピーうるせーひよこだなとは思ってたが、ここまでくりゃあ単純なバカだなぁ」

 清姫の発言にまたもや吹き出してしまった夜来は、自分のこめかみをトントンと人差し指で叩いて言い放った。

 清姫は怒りで顔を歪めて、思いっきり激昂した。

「偽善者じゃないなら何で雪白を助けたのよ!! 何で呪いに苦しんでる雪白の面倒なんて見てたのよ!!」

「……」

 返答が返ってこなかった。

 夜来初三は笑うこともしなければ反論さえもしない。ただ、清姫の憤怒に満ちた両目から視線を外さないだけだ。

 予想外の事態に眉を潜めた清姫。

 すると、

「悪ぃな」

 ようやく口を開いた夜来は、第一声に謝罪した。

 ぶっきらぼうだが、気持ちがしっかりと籠っている一言だった。

「俺はお前……じゃなくて雪白千蘭に、一つの嘘をついてた。俺は正確にはあいつを助けていない」

「……嘘?」

「ああ、嘘だ。この機会に全部教えてやるよ。お前が知りたがってる『何で俺が雪白を助けたのか』ってこともな。そして―――」

「……」

「俺とサタンの『悪』も―――俺の全てについてもだ」

 そう言って、彼は部屋から出て行ってしまった。

 すると、夜来の代わりをするように七色夕那が前へ歩み出た。

「さて、あやつは自分語りが得意ではないから、わしが全てを教えてやろう」

 七色は清姫を指差して、告げた。

「お主が知りたがってること、全てをのう」

 

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