土色の翼を携えし悪人とその上司
「あ、あれ? なーんでここで豹栄くんが出てくるのかね? 俺は今回お前と―――」
「うっせえよ」
有無を言わせない一言。
と同時に膨れあがるように大きく広がった土色の翼。そのサイズは全長二百メートルという怪物らしい怪物レベルの規模へと変化した。まるで豹栄真介の中で爆発している感情―――『怒り』に影響されるように巨大化した翼は蓄えられていた力を一気に放出する。
「―――っ!!」
喉が干上がった由堂清。
瞬間。
ドッガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!! と轟音を響かせてターゲットの体どころか地球そのものを一刀両断するように翼が振り下ろされた。
豹栄の顔には表情らしい表情が見えなかった。
しかし。
その目には殺意が宿っていることだけは確か。
裏を返せば―――殺意しか宿っていないとも言える恐ろしい顔をしていた。
「え……あ……」
空いた口が塞がっていない世ノ華雪花。彼女はただ自分を守ってくれた―――因縁が深い兄の後ろ姿を凝視するだけで、何のリアクションも起こせなかった。
すると。
豹栄真介の翼を使った一撃に叩き潰されたはずの祓魔師の声が、頭に叩き込まれる。
「危ない危ないちょー危ねぇ」
まるで遊んでいるように言った由堂。やはり防御魔術というもので傷一つ負っていない彼は、突然の登場人物に向けてニヤリと笑った。
「豹栄くんってば随分と怖い顔してるね。もしかして妹と遊んでる俺が羨まし―――」
「うっせえつってんだろ」
会話さえも行わない豹栄真介。
彼は再び巨大な土色の翼をただ振るう。今度は右から左への横凪の一撃だ。翼の面積は明らかに壁同然のものであり、尚且つその攻撃速度は人間が反応できるレベルではない化物の力だった。
ゴオッッ!! 空気を叩き潰しながら獲物の体に直撃した翼。
その結果。
祓魔師は防御魔術では耐え切れなかったあまりの威力に苦悶の表情を浮かべて宙を舞った。がはッ!! と口から血を吐き出したところからして―――間違いなくダメージが通っているだろう。
由堂は口の中で広がっていく鉄臭い臭いに顔をしかめながら、
「面倒な奴だよなぁホント!! どんだけシスコンなんだよオイ!!」
叫び。
右手を豹栄真介に向けてかざす。さらに攻撃用魔術を展開させたようで、巨大な魔法陣が彼の右手の先から誕生して閃光が放たれた。
結果。
ドゴン!! と心臓を打ち抜かれた豹栄真介。彼は間違いなくその攻撃によって一度は死んだ。―――そう、彼は死んだ。一度は間違いなくその生命活動を停止させた。
「ふざけた一撃だな。雑魚臭ぷんぷんで臭ェよお前」
―――しかし生き返ることができる。何度でも生命活動をやり直せることができる。それが『ウロボロスの呪い』を宿した豹栄真介の絶対的な生命の運命を一変させる力なのだ。
「クッソ!! 相変わらずチートだなおい!!」
不死身の豹栄は、そう吐き捨てた由堂をギロりと睨みつける。
さらに。
次の攻撃を繰り出す機会さえも与えずに、ロケットのように突っ込んでいった豹栄真介。翼を羽ばたかせて弾丸のように浮上してきた彼は右拳を潰す勢いで握りしめて、
「三下が調子に乗んなよコラ」
「―――ッツが!?」
ゴガン!!
鼻っ柱を襲ってきた重い衝撃。まるでねじ込むように突き出されたストレートパンチが由堂の顔面に激突したのだ。さらに威力は絶大。まるで大砲の弾のように爆音を上げて吹っ飛んでいった由堂清は、水切りをした石のようにコンクリートの地面に何度も衝突していった。
その結果。
破壊によって作り出された果てしない道あと。
それは豹栄真介の怒りを発散させたような傷跡へと化していた。
その現状を唖然として確認していた世ノ華雪花。目の前で起こった出来事をまともに認識できないのか、見るからに動揺していることが分かる。
と、さらに困惑が重なる者がそこで現れた。
背後からした足音に世ノ華が振り返ってみると―――そこには上岡という豹栄真介が束ねている『凶狼組織』の上司にあたる闇の人間が優しげに笑っていた。
「あっははは。やりすぎですよ豹栄さーん。ほら、もうちょっとこう手加減してあげなくちゃ。相手がMだったら逆効果ですよー?」
「そこが問題かよ!」
「そこが問題でしょう!!!!」
「何で逆ギレ!?」
相変わらずな上司に溜め息を吐いた豹栄真介は、ふと自分に注がれている視線に気づく。それは自分を助けてくれたことに対する感謝でも感動でもましてや尊敬の意味など込められていない―――『憎しみ』と動揺による視線だった。
当然、それの発生源は世ノ華雪花だ。
苦い顔をした豹栄は、
「俺はさっき殴り飛ばした由堂のゴミを追っていきます。ついカッとなって飛ばしすぎてしまいましたから。逃げられたら俺のせいです。申し訳ありません」
深々と上岡真に頭を下げて踵を返した豹栄真介。彼はこの場から逃げるように翼をはためかせて飛んでいってしまった。
残されたのは命に関わる状態の意識が朦朧としている鉈内翔縁。終始呆然としている世ノ華雪花。いつもの笑顔を絶やさない上岡真の三人だけだ。
なんとも妙なグループである。
それは上岡自身納得しているのか、
「あはは。お久しぶりですねぇ世ノ華さん。どうですか? あれ以来元気にしてましたか?」
『あれ』とは間違いなく『神水挟旅館』に行った際に『凶狼組織』と目の前の上岡真と死闘を繰り広げたときのことだろう。もちろん世ノ華は上岡のように一度殺し合った仲という歪な関係の相手に爽やかな笑顔を贈るどころかまともな返答さえも行えなかった。
当然の反応である。
上岡が完全におかしいだけで世ノ華には何の落ち度もない。
「まぁそんなに警戒しないでくださいね。僕たちはあなたがたの敵じゃないですから」
「―――っ! な、ならコイツをさっさと安全な場所まで……!!」
藁にもすがりつく必死さだった。世ノ華はすぐ傍で血だらけになったままの鉈内翔縁を抱き起こしながら言い放つ。
きっと普段の彼女ならば上岡真などという危険な輩に助けを求めたりはしないだろう。しかし今は状況は状況だ。このまま何もしないで鉈内を見殺しにするよりは、上岡真にすがりつくほうが彼を助けられる可能性がある。
「ああ、鉈内さんですか。―――って結構笑えない出血量ですね。早急に治療しないと本当にまずい」
「な、なんとかして!! 頼むから!! 土下座でも何でもするから!! お願い!!」
上岡は世ノ華に笑顔を返して、
「ああ大丈夫ですよそんな必死にならなくても。僕も鉈内さんは助けたいですし。安心してください、きちんと救ってみせましょう」
「ほ、ほんと……!?」
「ええもちろん。まぁそうですねぇ……これは専門的な医者か七色さん並の『悪人祓い』に治療用呪文とかで応急処置しなくてはダメですし。一度七色寺へ向かいましょうか」
その的確な判断には非常に感謝できる。
間違いなく上岡真には感謝してもしたりないだろう。
しかしここで大きな疑問が残る。
それは。
上岡真は一体―――なぜ助けてくれるのだ?
彼は敵ではなかったのか? というか、あの由堂清とかいう祓魔師と仲間ではなかったのか? 彼らは夜来初三を狙い、世ノ華達をも巻き込んで一度は襲いにきたではないか。しかしその過去とは百八十度違って、現在は命を救ってくれたりもしている。
矛盾しすぎている。
その世ノ華の心情に気づいたのか、上岡は鉈内を担ぎ上げてにっこりと笑った。
「僕たちは先ほどあなたがたを襲った由堂さん達『エンジェル』とはグルじゃないですよ。ご安心ください」
「じゃ、じゃあ何で……」
「まぁそれは秘密ということで。それより、早く鉈内さんを七色寺に連れて行きましょう」
彼はそう言って世ノ華の肩に手を添える。
瞬間。
上岡真も世ノ華雪花も鉈内翔縁もその場から―――姿を一瞬で消した。




