戦いの幕開け
改めて事実を知った雪白千蘭。
男は汚い―――あの少年以外の男は。
だからこそ、彼女が少年を想う気持ちには『反動』が深くかかっていたのかもしれない。『男は汚い』という事実の中から唯一『美しい』と感じられるあの少年を―――『さらに』好きになっていただけかもしれない。
いや、理由を他に上げれば……あの伊崎とかいう男のこともある。
もしも本当にあの男が少年に襲いかかったとしても、一瞬のうちに鎮圧されるだろう。きっと少年は鼻を鳴らして撃退してくれるだろう。
しかし。
だがしかし。
雪白千蘭が告白を断ったことで、あの男が少年に嫉妬して襲いかかる……ということは事実以外の何物でもないはずだ。
あの少年は何も関係がない。
襲われる理由など微塵も無いはず。
だからこそ。
だからこそ雪白千蘭は―――
「お前を監禁して『保護』することにした」
「……」
「いや、すまない。『保護』という言い方は隠れ蓑にすぎん。あの男からの告白がなかろうとあろうと、私はお前を監禁していた。これは事実だ」
「『汚い男』と関わったことで、その汚いから外れる唯一の対象である俺への気持ちが『さらに』増幅したから……ようは『夜来初三を好きだった』気持ちを『上回る』ほど『夜来初三を好きになった』から、か?」
「その通りだ。まぁ―――今更そんなことは心底どうでもいいが。なんせ、もうお前と二人っきりで生きていけるのだからな。もうこの愛を抑える必要なんてないのだからな」
これでさらに夜来初三は手を上げることなど不可能になってしまった。
なぜなら雪白は少なからず、『夜来初三を守りたい』という思いがあり、大半は『夜来初三が大好き』だからという想い故に彼を監禁したのだから。
悪意など微塵も宿っていなかったから。
夜来初三は考える。
(コイツは俺を守りたい、好きだから一緒にいたい、っていう『好意』のみで俺を監禁している。俺を傷つけることも苦しめることもせず、俺が好きだからこんなことをした……もちろん、『好意がここまできたから異常』なんだろうが……)
「なぁ夜来。何を考えているんだ? もしや、過去を悔やんだり考え直しているわけではあるまいな。なぁ、何を考えているんだ? 私はお前のことで知らないことがあると―――目を潰したくなってしまうぞ」
「っ!! や、やめろ!! ただお前とこれからどう生活していこうか考えてただけだ!! ほ、ほら、子供の名前とか、か?」
「―――っ!!」
瞬間
頬を赤くした雪白は夜来を全力で抱きしめる。
「あは、あははははははははは!!!! そうかそうかそうだったのか!! ようやくお前も私との未来を考慮するほど私に惚れてくれたのか。ああ、好きだ。やっぱり私はお前が大好きだ。きっと子供もお前に似てカッコイイんだろうなぁ。あははは!! ああ、幸せだ幸せだ!! 大好きだ!! もう手放すものか!! もう、もうお前は永遠に私のモノだ!! あはっ! アハははハハハはははははハハハはははハハハははハハハ!!!!」
「……ああ。そうだな」
夜来初三は狂ったように笑い続ける雪白の頭をそっと撫でてやった。
原因は解明した。しかし過去のこと故に原因を破壊して問題の解決を図ることは不可能。
もう。
ここから先は。
一生雪白千蘭の元で生きていくだけしか道は存在しない。
「……ここにはいない」
「じゃあ今度はあっち!!」
唯神天奈の『魂を覗く』ことが可能な目を使って夜来初三捜索活動を行っている一同は、街の中心部である都会へ来ていた。
周りの住宅の外壁の先にある―――住んでいる者などの魂の数を確認してみるが、やはり二個の魂は見つからない。魂だけを視覚的情報から脳に送ることが可能なこの力は、魂以外の物体をシャットダウンすることができるので、ある意味『魂専用の透視能力』とも言える。
しかし所詮は視界の中だけが効果範囲。
故に走って行動するしかない。
走り出していった一同は、すぐに人ごみが激しい大通りに到着する。しかしこれでは中々唯神の後に思うように続くことができず、時間を食ってしまった。
と、そのとき。
ドン。と、唯神のすぐ後ろを付いていってた秋羽伊那は彼女の背中にぶつかってしまう。立ち止まっている唯神に、後ろから世ノ華が尋ねていた。
「もしかして兄様いた!? そこにいる!?」
「……あれ」
唯神が指し示した方向には―――夜来初三でもなければ知り合いですらない妙な男が立っていた。この暑い季節に茶色の長いコートのような服を着用している。眼鏡をかけていて、その髪は何年も切っていないのか非常に長い為後ろで一本に縛っている。
優しげな笑顔を浮かべている男。
彼は唯神達に向かってひらひらと手を振ってきた。
全員が全員この他人から手を振られるという状況に首を傾げそうになっていたが、ニコニコと笑っている男がポケットから手を出した。
その瞬間―――
「下がって!!!!」
唯神達を背後に突き飛ばして飛び出ていったのは鉈内翔縁。彼はあらかじめ御札を夜刀へ形状変化させていたようだが、その表情は切羽詰まった何かがあった。
と、彼の行動とほぼ同時に。
男の手の先から、謎の文字が描かれた白い魔法陣が出現し、赤白い閃光が放たれていた。
「それ刀じゃ防げないじゃん!!」
吐き捨てた鉈内は即座にポケットから御札を取り出し、初歩的な防御結界を作り出す。発光すると同時に展開された結界は―――あくまで初歩的なレベルのものだ。
『対怪物用戦闘術』という『悪人祓い』専用の陰陽術に近い力を扱うことが難しい鉈内にとって、防御結界というレベルの術を作り出すにはこの程度が限界だった。
もちろん。
そんなものが防御しきれるはずもない。
バチバチと火花を上げて閃光を受け止めている結界だが、五秒も持たずにビシビシとヒビが入っていく。舌打ちをした鉈内は結界に受け止められている閃光を―――結界ごと叩き飛ばした。
攻撃のベクトルごと変換された閃光は近くの飲食店に突っ込む。当然周りの者達に被害が出たと思ったが、気づけば周囲一体の人間の姿が見当たらなかった。
よって被害はぜろ。
その事態に眉根を寄せていた鉈内だったが、
「素晴らしいね」
パチパチパチと。
男は自分の攻撃を弾いた鉈内に賞賛の拍手を送りながら歩いてくる。
「いやいやお見事お見事。まさか防御している盾ごと叩きと飛ばすとは。あれでも結構出力あげてたんだよ?」
「あなた、誰……?」
困惑が隠しきれない一同を代表するように唯神天奈は尋ねていた。
すると男はニタリと笑って口を開き、
「『エンジェル』の一人。夜来初三の殺害及びその邪魔になるような関係者の殺害が目的の―――爽やかお兄さん系『祓魔師』さ」




