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関係の結び

 少年の家へ泊まることになった結果には万々歳である雪白千蘭。さらに言えば、少年は自分のことを気遣って泊まることを勧めてくれたのだろう。

 もちろん雪白千蘭の体には未だにあのバスジャック犯の恐怖と汚れが付着したままだ。

 恐怖と汚れ。

 どちらも少年という存在によって完膚なきまでに塗りつぶさなくてはならない。

 少年の家へ入った後からも、雪白千蘭は彼の傍から離れることはしかなかった。常に少年という聖水によって、自分の中に染み込んだままの闇―――『男』に付けられたインクをを洗い落とす必要があった。

 さらに言えば、純粋に雪白は彼の元から離れるのが怖い。

 もう彼以外の人間とは関わりたくなかった。

 それほどまでに、彼女は少年を好きだったのか他を嫌っているのか。

 どちらかは判明しないままだが、

(……ああ、私がお前を好きなことに変わりはない。お前を想うこの気持ちに嘘偽りはない。私はお前が大好きなんだ、愛しているんだ……)

 隣で眠っている少年の横顔を薄暗い部屋の中で眺めているのは雪白千蘭。彼女は、自分の我が儘に付き合って傍にいてくれる少年の素晴らしさに歓喜の気持ちでいっぱいだった。

 すーすーと静かな寝息を立てている少年。

 その想い人の寝顔から目が離せない雪白。

 当然と言えば当然かも知れない。

 好きな人の顔を目で追ってしまうのと同じ原理が働いているだけかもしれない。ただそれだけの、純真極まりない恋による影響だったかもしれない。

 そう。

 ここまでなら。

 ここまで―――つまり少年の寝顔を頬を赤く染めながらも見惚れてしまっているだけならば、初々しいなと微笑むことが可能だったかもしれない。

 もちろん。 



 雪白千蘭が少年の服を全て脱がして、『即成事実』を作り上げようとしなければの話だが。



 少年の衣服に手をかけた雪白の表情はどこか怯える小動物のようだった。

(ダメなんだ……!! お前を取られたくない!! お前と一緒にいたい!! 傍で笑い合って、隣で語り合って、常に愛し合って、ずっとずっとずっと永遠に寄り添いたい!! 結婚したい!! お前に抱きしめられていたい!! 一瞬たりともお前を他の奴らに触れさせたくない!! その体を見せたくない!! その声を聞かせたくない!! その肌に触らせたくない!! その存在を認識させたくない!! だから、だから!!)

 表情通り恐怖を感じていたのだ。

 自分の好きな人を取られてしまうという絶対的な恐怖を。

「妙な女が二人も住み着いてしまって……!! これじゃ、これじゃあ、いつお前を取られるか分からん……!! だから、もうこうするしかない」

 少年の上へ馬乗りになった少女。

 彼女は少年の体と触れ合っているという状況だけで興奮しているのか、息遣いが荒くなっていた。

「も、もうダメだ。ホントに我慢できん。もう、もう、今以上のチャンスはありえん!! すまない、本当にすまない夜来。私はお前を―――犯して子供を作ることにする。それにしても、とても不思議な気持なんだよ。他の男ならば声を聞くだけですら吐き気がしてくるというのに、お前だけは―――私の味方をしてくれたお前だけは特別なんだ。お前とならば私はしたい! いや、お前としたい!! 子供を作って、結婚したいんだ! 分かっている。自分自身に呆れるほど分かっている。私はおかしいよ。狂ってる。異常だ。でも、それでもお前なら―――『約束』を守ってくれるよな?」

 雪白の頬が緩んだ。

 彼の服を襟元から裂こうと手を胸のあたりに添える。

 つまり、本格的にしようとしたのだ。

 しかし。

 その瞬間。

 


「クソ蛇逆レイプ女が」



 何かが猛烈な速度で雪白の体へ突っ込み、首を片手で締め上げていた。さらに少年に怪我をさせない配慮をするように、雪白を少年のもとから引き離すがごとく投げ飛ばした。

 床を転がっていった雪白千蘭を一瞥した襲撃犯は―――悪魔の神様だった。

 小柄とはいえ、体のサイズよりも長い輝きの激しい銀髪。同様の宝石のような銀の瞳。薄暗い部屋へ溶け込むような黒のゴスロリ服。

 暗闇の中で光る眼光は表現のしようがない程の『怒り』で構成されていた。血走っている程度ではなく、悪魔という存在通りの悪魔らしい悪魔以上の恐ろしい化物の目だ。

 間違いなく。

 最強の怪物である大悪魔だった。

「貴様……!! なぜここに―――」

「黙れ。レイプ野郎と話すことなどない」

 瞬間。

 雪白の脇腹に悪魔の容赦ない膝蹴りが叩き込まれていた。

「っが!?」

 バキィ!! と、アバラ骨の何本かがへし折れた、妙に響きの良い音が部屋で反響する。

 その様を見た大悪魔は一言。

「ほう。中々良い音を鳴らす楽器・・ではないか」

 さらに雪白の華奢な体には膝が何十回とめり込んだ。骨のへし折れる痛々しい音と共に生まれる苦痛によって顔が歪む雪白。しかし悪魔はまったく気にすることなく、吹っ飛んでいった雪白の腹を中心にストンピングを放ち続ける。

「貴様が小僧を居場所にしていることは知っていた。そして同時に小僧を想う気持も本物だとは知っていた。だからこそ、貴様をある程度認めていた我輩は貴様に小僧を貸してやっていたのだ」

 少年を起こさないためなのだろう。悪魔はわざと雪白が悲鳴を上げられないよう、腹を中心に足の裏を振り下ろしている。おかげで雪白は苦悶の吐息を吐き続けているだけで、声を鳴らすことも反撃をする動作すら行えなかった。

「ちっ。疲れて筋肉痛になってしまう」

 最後に雪白の体をサッカーボールを蹴り飛ばすように吹っ飛ばした。

 結果、派手な音を立てて彼女は壁に激突する。

「……しまった」

 その音で、安定していた少年の寝顔が少し歪んだことを察した悪魔は、彼のもとへ近づいていき、その首筋へかなり強力な手刀を飛ばす。

 ゴッ!! という衝撃に呻くような声を出すこともなく、少年の意識はさらに深く沈んでいった。

「今のは心が痛んだが、どうせ小僧は―――あれを見ることになる方が辛いだろう。ならば仕方ない」

 振り向いたサタンは、上半身のアバラを中心とした骨を砕かれて動くことすらままならない雪白の傍へ静かに歩いていき、

「おいレイプ未遂のクソ女」

「―――っが!?」

 首を締め上げられた雪白の体が、さらに持ち上げられることで床から足が離れてしまう。

 呼吸ができない痛みに呻いているが、悪魔はそれを目に止めることはなかった。

「このまま呼吸を止めることで殺されるか。このまま首を引き抜くことで殺されるか。どちらか選べ小虫」

「……っく……そ……っっ!!」

 悪魔の小さな体を弱々しく蹴りつけるが、やはり効果など発揮するはずもなかった。

 一方、

「あがくな。いいからぶっ殺されろ」

 悪魔といえば、もう殺したく殺したくてうずうずしているのか、獲物の首を絞めている力をさらに上昇させた。

 瞬間。

「なんの騒ぎ―――っ!!」

 吐き捨てるように、悪魔は登場人物に言う。

「……ギャラリーが嗅ぎつけたか」

 雪白もかろうじて視線を動かす。

 騒ぎに気づいたのは―――あの少年の『家族』だと言い張っていたクラスメイトの少女だった。朝から少年の傍にいつも引っ付いているあの女だ。

「サタン、何をしてるの……!?」

「この犯罪者の首をもぎ取ろうとしている」

「ダメ! 事情は理解していなけれどやりすぎ!! 危険!!」

「ふざけるな。小僧を『あんなやり方』で手にいれようとしたこの女だけは許せん」

 首を絞め上げた状態のまま、雪白の腹部に弾丸のような速度の拳を叩き込む。ゴン!! と、殴ってそこまでの衝撃音がなるのか疑問に思うほどの轟音が炸裂した。

「やめて! このままじゃ本当に死ぬ!!」

「離せ。だから殺すと言っているだろう」

 意識が朦朧としきた雪白千蘭。

 だが、体を度々襲ってくる衝撃に気絶することすら許されない。

 ダメージを負いすぎたことで弱っている雪白に気づいたのか、サタンは彼女の首をさらに高い位置で握る。ぎゅうううううううううううう!! と、呼吸器官が正常に働いていない証拠の、縄で何かを縛りつけるような音が誕生した。

 しかし。

 そこで、再び乱入者が現れる。

「どうしたの!?」

 やはりあの小さな女の子だった。

 悪魔から叩きつけられる暴力の豪雨に、もはや目を動かすことすら不可能になっていた雪白は声だけで人物の正体を掴んでいた。

 しかし、悪魔の手は緩むことがない。

 当然だとは自覚していた。

 あの少年を寝ている間に奪おうとした自分の行為は、立派な悪行だという自覚はしていた。

 ただ暴力に蹂躙される中、雪白はもはや視界が真っ白になった状態のまま、

(それでも……諦めることなんて出来ない……!!)

 絶対に少年を手に入れる意志に荒波が立つことは決してなかった。

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