清姫退治開始
まさしく、カップルだ。
いや、新婚さんとも言えるレベルである。
決して旦那のほうは乗り気じゃないのだが、妻のほうがかなりラブラブしようと迫っているのだ。
まぁ、一方的な愛情とでも言うべき行動を取っているようなものだった。
「ほれ、口を開けろ小僧」
「痛たたただダダッッ!!」
「むぅ、口を開けろと言っているだろうが」
「口開ける暇もなくてめェがケーキ突っ込んでくっからフォークが刺さってンだよ!」
「なるほど。小僧、貴様は我輩の愛情を無視するということか」
「話し聞いてました? 刺さってるって言ったの聞いてなかった? 耳鼻科行くか?」
「ラブホか……まだ早い気もするがいいだろう」
「ンなこと言ってねぇよ!? 何で耳鼻科がラブホになんだよ! マジで耳鼻科行ってこいテメェ!!」
……ラブラブとは、言いがたい光景だった。
突如、実体化したサタンの相手をしている夜来初三と、相手をさせている銀髪銀目の黒いゴスロリ服を着た幼女のサタン。
彼と彼女のケーキの食べさせ合いを眺めているのは、向かい側に座っている三人である。
盛大に溜め息を吐いた七色夕那、ニヤニヤと面白いものを見ているような顔の鉈内翔縁、嫉妬のあまり握っているコップにヒビを入れてしまう世ノ華雪花の三人だけではなく、関係ない一般人まで存在していた。
なぜならここは、駅前のカフェ。
悪魔の神・サタンが人間界のとあるカフェで一息ついているなんて、きっと前代未聞の状況なのだろう。
当然、周りの一般人は銀髪の美少女の正体が悪魔だなんてことは一切知らないので、バカップルが人の目を気にせずに騒いでいるだけだと思っている。
「おい、目立っているぞお主たち。いい加減落ち着かんか」
「……俺だって好きで目立ってるわけじゃねぇんだよ、責めないでくんない?」
不満で一杯の顔をする夜来。
すると、
「お客様、申し訳ありませんが、もう少しお静かに……」
あまりにも店の迷惑だったようで、夜来の傍に言葉通り申し訳なさそうな表情をした若い女性店員が近寄ってきた。
この店員の勤務態度は来店したときから素晴らしいものだと知っていたので、感心していた夜来は珍しく自分が全面的に悪いことを伝えた。
「いや、俺らが騒いでんのが悪いんだ。悪かったな」
「あ、いえいえ。お客様にもそれなりの理由があったのでしょうに、無理なお願いをして申し訳ありません」
礼儀正しい。
接客業の神と認められるぐらいの、営業スマイルと些細な仕草だった。
しかし、
「……邪魔だなァ」
それを良しとしない悪魔がいた。
彼、夜来初三と良い雰囲気でラブラブ(まったくの誤解である)している、さわやか女性店員に対して、悪魔の神はぶちギレていた。
「ぶっ殺しとくかァ」
呟いた直後。
右手に魔力を収束させる。
続いて、流れるような動作で女性店員に向けて日本刀のような形へ形状変化させた魔力の刀を振り下ろしてやったサタン。
すると、奇跡的に狙いが外れたのか、サタン自ら意図的に外したのかは分からないが、女性店員の右耳すれすれを刀は上から下へ高速で通過した。
結果。
その斬撃は魔力によって具現化されて、刀の軌道と同じサイズの閃光が店内を突き抜けてしまった。ゴガガガガガガガガガガガガガッッ!! と、店内の一部を破壊の一撃が爆走していったのだ。
「「「……」」」
とにかく、唖然とする場であった。
とにかく、呆然とする場であった。
「おい、メス」
「―――あがっ!?」
サタンは、夜来初三と会話した、現在は非現実的な事態によって青ざめた顔の女性店員の口に魔力の刀を突っ込んで、ハッきりと脅した。
「我輩と小僧の大切な時間をなンで邪魔しているんだ? というより、ただの人間風情がなぜ我輩の小僧と会話なんて貴重なことを体験しているのだ? 我輩の小僧だ。我輩の小僧に触るな見るな喋るな顔を合わせるな。我輩だけが小僧を見て、触って、喋って、顔を合わせて、匂いを嗅いで、舐めて、キスして、監禁して、束縛して、一糸纏わぬ姿を見せ合って、永遠に一緒にいて、永遠にあの世でも愛し合うのだ」
危ない考えをいろいろと漏らしていたサタンだが、悪魔の神という力を手にしていることから考えると、あながち冗談とも思えない。
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
無言で背筋を凍らせる哀れな小動物、夜来初三であった。
「人間のメス如きが我輩の小僧に関わったのだ……当然、死ぬよなァ?」
「ハッ……がっ!?」
ぐいぐいと刀を押し込まれていく店員は、泣きそうな顔で肩を震わせていた。
ようやく現状をまずいと理解した七色夕那は、咄嗟に行動を開始する。
彼女、『悪人祓い』は一瞬の動作で大量のお札を取り出して無造作に辺りへばら撒いた。
そして、お札が発光したと同時に、
「『絶対麻酔―――神酒』」
『悪人祓い』の『対怪物用戦闘術』という陰陽術と同じ種類の特殊な力を、このカフェにいる人間全員を対象として使い、あっさりと眠らせてしまった。
女性店員も受身をとることなく、ドン! と真横へ盛大に倒れてしまう。
「なにをしたんだよ?」
「……本来なら、人間に使う術ではないのじゃが、この際仕方あるまい。ついでに言えば、先ほどの術は、かの有名なヤマタノオロチを退治したときに使用されたという酒の効果を空気中にばら撒いたものじゃ。どうじゃ? 凄いじゃろ?」
えっへん、と可愛らしく小さな胸を張った七色を一瞥し、夜来は店内を見渡す。
そこには、老若男女を問わず、確かに酒に酔ったあとのように突っ伏す人間達がいた。
(確かに『怪物』の存在を隠すために、このカフェにいる奴らを眠らすのは分かるが……酒の効果って、子供とかは大丈夫なのか?)
「よいしょっと!」
声のしたほうを振り向くと、そこには監視カメラの中身も丁寧に壊している世ノ華雪花がいた。彼女は全てのカメラを壊したことを指で数えて確認すると、大人気な微笑みを浮かべて夜来のもとに近づいてくる。
「兄様、全ての痕跡を排除しておきました」
「そ、そうか。よくやったな」
「え、えへへ。あ、ありがとうございます兄様」
あまりにも手馴れてる動きだった世ノ華に引きつった笑顔をプレゼントした夜来は、先ほどまでの怒りの表情とは一変して、クールな顔へ戻っているサタンの傍へ移動する。
「おいコラ。お前マジで何やって―――」
「……バカが」
呟いて、すでに魔力を操っていない、ただの幼い少女の姿へ戻っているサタンはさりげなく夜来の手を握った。
優しく、握った。
「ッ」
その女子力というか、女の子っぽさがもの凄い行動に仰天した夜来。
しかし、そんな彼に構うことなく、
「まぁ。邪魔な者たちも眠った今、こっちのほうが話しやすいじゃろう」
他の者は、今回の話し合いの本題へ入ろうとする。
「さて。それじゃあ、雪白の中に宿る最後の呪いを解くには、どうしたらいいのかしら?」
「世ノ華ぁ、そんなの簡単でしょー」
世ノ華の問いにあっさりと返事を返した鉈内は、椅子に沈むように深く腰掛けた。そして、テーブルに置いてあるコップに入ったままの水をゴクゴクと一気に飲み干して言う。
「雪白ちゃんを見つけて、やっくんの『絶対破壊』で呪いになってる怪物を……清姫を倒しちゃえば万事オッケーでしょ。ありゃ有害な怪物だしね、無害な怪物だってんなら話は別だけどありゃダメだよ」
「まぁ、そうかもしれないけれど……何か、それじゃ根本的な解決にならないんじゃないかと思って……」
「というと?」
首を捻る七色に、世ノ華はうつむいて言葉を返す。
「例え兄様の『絶対破壊』で清姫を倒しても、雪白の根本的な清姫と同じ悪……『男を憎む』っていう部分が変わらない限り、雪白はまた、清姫と似た『男を憎む怪物』に憑依されるかもしれないわ。だって、雪白の『男を憎む』っていう悪は、一切変らないのだから」
確かに、と納得した七色達は、何も言うことが出来ずに沈黙する。
と、そんな重苦しい空気が場を支配しているとき、
「ちょっと待て鬼女」
サタンが、世ノ華を指差してそう言った。
「お、鬼女とは何よ鬼女とは!」
「ん? 貴様は鬼に憑かれているだろうが。だから鬼女と言ったまでだ」
「だからって鬼はないでしょう鬼は―――え? なぜあなた、私に『羅刹鬼の呪い』がかかっていることを知ってるの!?」
大層驚いて目を見開いている世ノ華からの視線を受け止めていたサタンは、相変わらず氷のように冷たい雰囲気を保ったまま、失笑する。
「ふっ、考えてみろ鬼女。我輩が小僧に憑いたのは、貴様が鬼に憑かれるよりはるか昔だ。ならば、小僧の中に眠っている我輩が、貴様の『羅刹鬼の呪い』を解こうと小僧が奮闘していた時のことを知っていようと、なんらおかしくはないだろう」
「あ、あぁ、なるほど、確かに……」
「ところで鬼女。貴様……というか、貴様らは何か勘違いしているようだから言っておくが、いまの小僧には『絶対破壊』なんて力はないぞ」
「「え?」」
ぴったりと息を合わせて疑問の声を上げた夜来と七色以外の人間二人に、呆れたように小さな溜め息を吐いたサタン。
すると、夜来初三がサタンの代わりに、自分の身に起きた変化を告げる。
「簡単な話だ。今、俺の横には誰がいる?」
世ノ華は、夜来の隣にいる銀髪銀目の可愛らしい幼女(中身は悪魔)を見つめ、邪気のない瞳と声で答えた。
「えーっと、兄様を苦労させるクソでアホでバカでド汚いクズ女ですけど……」
「……貴様、今なんと言った? あ?」
また暴れそうになるサタンの頭をぽんぽんと叩いて大人しくさせ、夜来は口を開く。
「こいつ、サタンが俺の隣にいるからだ」
「さっすが我輩の小僧だな。今すぐ犯してやろう」
「何のご褒美だっ!!」
褒められた後に、貞操を奪ってやろうとさりげなく脅された夜来は咄嗟にサタンから距離を取る。
しかし、
「……うぅ~っ」
捨てられた子犬のような顔になってしまったサタンを見て、放って置けなくなった夜来は、渋々また悪魔に身を寄せてやった。
「いい子だ、小僧。もう大好き、愛してる♪」
抱きついてきたサタンの幸せそうな笑顔からして、どうやらご満足されたようである。
「つまりだ」
突如、七色が独り言にしては大きい声を上げた。
彼女は夜来とサタンを見比べて、
「『絶対破壊』とは、もともと夜来初三の力ではなく、『夜来に憑依していたサタン』の力なのじゃ。だから、夜来からサタンが離れた今、『絶対破壊』の使用権はそこにいるサタンのものになっているのじゃよ」
ようやく理解できた鉈内と世ノ華。
二人は納得した顔で何度も頷いた。
「あ、あぁそういうことねー、マジ分かんなかったわ」
「なるほど、そういうことですか」
七色はサタンを見捉えて、低い声で尋ねた。
「……のう、サタン。お主は、大人しく夜来の中へ戻って『絶対破壊』の使用権を夜来に戻し、今回の件に力を貸してくれるのか? 貸さないのか? どっちじゃ?」
もしも、この質問にサタンが『夜来の中へ戻らない』と言えば、メリットとデメリットの両方が生まれる。
メリットとは、夜来の体から『サタンの呪い』が消えて、もとの人間に戻れるということ。そうすれば、夜来初三は呪いに苦しんで生きていくことはなくなる。
デメリットとは、サタンが今すぐ消えてしまったら、サタンの力の一つである『絶対破壊』という強力な武器も一緒に消えてしまうということ。そうなれば、雪白の体を乗っ取っている『怪物』を直接始末するという方法は実行不可能になってしまうのだ。
よって、サタンの意思しだいでは、雪白千蘭を救うことも不可能になってしまう。
だが、サタンはこう答えた。
「どちらでもあって、どちらでもないな」
「なんじゃと?」
怪訝そうな視線を向けてくる七色に、サタンは夜来の手を強く握って、薄く笑った。
「我輩はこの小僧と共に生きて、共に死ぬ。それを我輩の人生にしようと、小僧に憑いたとうの昔から決めていたのだ。だから我輩は、小僧の協力ならば喜んで力を貸すが―――」
言葉を区切って、サタンはパチンと指を鳴らす。
すると、七色達の周りを、
「「「ッ!?」」」
ゴオッッ!! カウンターの席やテーブルを巻き込んで吹き飛ばしてしまうほどの烈風が走りぬけ、窓ガラスが派手に割れ、店内を滅茶苦茶にしてしまう現象が発生した。
「小僧には手を貸すが、小僧以外はどうでもいい。小僧以外は、傷つこうと泣き叫ぼうと死のうと我輩には関係がない。もちろん、今回の雪白千蘭とかいう蛇女についてもだ」
これが、サタンだ。
指を鳴らすだけで、カフェの一つぐらい―――その気になれば街の一つぐらい簡単に消し去ることが出来る力を持つ、『怪物』である。
七色、鉈内、世ノ華、夜来という、ただの人間達はゴクリと生唾を飲み込み、大悪魔サタンを凝視する。
「だから、小僧が手を貸せというのなら、雪白千蘭に憑依している怪物の一匹程度、我輩が自ら叩き潰してもいい。小僧が自分で戦うというのなら、我輩は大人しく小僧の体へ戻ってやる。つまり、我輩は小僧の為にならどのようにだって動くということだ。それは……貴様と始めて出会ったときにも同じようなことを言ったはずだ、七色よ」
「……そうじゃったな」
冷や汗を流しながら、七色夕那は小さく頷いた。
その様子を見て鼻を鳴らしたサタンは、相変わらずの無表情のまま、夜来の腰に腕を回して固まったように抱きついた。
「小僧、貴様も嬉しいと言ってくれたよな?」
「あ、あぁ? 何がだよ」
サタンは夜来の頬にそっと手を当てて、
「我輩と一緒にいることだ」
子供のような、無邪気で可愛らしい笑顔を開花させて、言った。
「我輩が小僧とずっと一緒にいたいと思っているのなら、小僧も我輩と一緒にいたいはずだ。だって小僧は、自分を愛してくれる存在が欲しいのだろう? 自分を理解してくれる存在が欲しいのだろう?」
「……っ」
図星を突かれた夜来は、肩をピクリと動かした。
反論なんて出来ないぐらいの正論を、サタンに語られる。
「安心しろ、その役目は我輩が背負う。いや、もう背負っている。我輩と同じ悪を持つ貴様に、我輩は初めて好意を持てた。誰かに好意を持つことなんて、今まで一度もなかった我輩だが……我輩と同じ考えや誇りを持つ貴様には、好意を持てたんだ。本当は誰よりも素晴らしい貴様と、ずっと一緒にいたい」
「……」
夜来は純粋に共感してしまう。
なぜなら夜来は、サタンの異常すぎる愛情に幸せを感じていたからだ。
普通ならば怖がられてしまうぐらいの病的なサタンの愛情に対して、不思議と嬉しさが込み上げていたからだ。
夜来の本心は、
―――誰かにずっと愛されていたい。
と、自分自身で認められるほどに強く願っていたものなのである。
さらに言えば、夜来はサタンと同じ考えや経験を持つ似た者同士だからこそ、サタンに憑依されていた。
ならば、実に簡単な話で。
夜来と同じ考えを持つサタンが、『誰かに愛されたい』と思うのなら、夜来初三も『誰かに愛されたい』と思っているはずなのである。
だから、「そうだよな」と、つい言ってしまいそうになった自分を抑えて、無意識の発言をぎりぎりで止め、
「とにかく今は、雪白千蘭の怪物駆除についてだ」
話題を半ば無理やり元に戻した。
「うむ、そうじゃな。じゃが、『絶対破壊』による清姫の討伐は可能じゃと分かったはいいが、雪白の『男を憎む』という悪は、どうやって変える気じゃ? 世の中の男全員をかき集め、雪白の前で男共の股間の公開処刑でも行うのか?」
「ちょ、ちょっと僕、性転換してくるわ」
内股になってズボンのジッパー部分を手で隠す青ざめた顔の鉈内は、七色ならやりかねない、と思っているせいで膝がバイブレーションのように震えている。
「ンなことしたら、男っていう生き物が絶滅しちまうだろうが」
溜め息混じりに呟いた夜来は、もじもじと体を動かしてこちら見つめてくる世ノ華に気づいた。
彼女はつんつんと指の先同士を合わせては離し、合わせては離しを繰り返してから、
「で、でも、私は兄様のあそこなら切り落とされた後に回収して部屋に飾りますので、全然構いません。……というか欲しいです」
「何言ってンのお前っ!? 部屋に飾るとか何言ってンのお前ッ!?」
「な、なぜですか兄様―――ってあぁ、なるほど! 等価交換というやつですねっ? 私の胸を切り落として兄様に渡せばいいのですね? 兄様は右の胸と左の胸、どちらがお好みでございますか?」
「いらねぇよ! 右の胸も左の胸もいらねぇよ!! そんで交換なんざしねぇよ!」
「そ、そんなぁぁぁ~!!」
「ンなあからさまに悲愴な顔しても今回ばっかしは俺の意思を貫くぞ」
「ぶー、だ。兄様のバーカ。あ、ホントはバカじゃないですけれど、今だけはバーカ」
頬を膨らませて、怒っているのか怒っていないのか判別不能な世ノ華の対処によって頭を抱えそうになった夜来。
さらに、
「おい小僧。我輩をぎゅっと抱き締めろ。いいか? ぎゅっとだぞ?」
胸にすりすりと頬を押し付けてくるサタンの相手もしなくてはならないので、とにかく忙しかった。
だが、そんな猫の手も借りたい状況の彼に、七色は容赦なく聞きたいことを尋ねた。
「それで夜来。お主は雪白の『男を憎む』という悪・感情を解決できる具体的な方法を知っておるのか?」
意地悪な質問だ。
そんな簡単に考えつくほど、雪白のトラウマ―――何年ものセクハラを受けてきて生まれた産物である男嫌いを治す作戦なんて、ない。
それを知っている上で七色夕那は夜来に聞いたのだが、
「あぁ、方法ならあんぞ」
あっさりと、尋ねられた少年は肯定した。
その返答に目を丸くした七色達は、説明を要求する視線を夜来に向けて総攻撃する。
「まぁ、簡単な話だ。雪白の奴が嫌いなのは、正確に言えば『雪白千蘭が今まで関わってきた卑猥な男』だ。つまりトラウマみてぇなモンだ。雪白はそのトラウマを卑猥なことをしない『普通の男』にまでイメージとして押し付けてっから、男を憎んだままなんだよ。だが、アイツは『淫魔の呪い』を俺たちが解いてやったときに、俺を自分から抱き締めた。そりゃつまり―――」
長い息を吐き、夜来は自分自身を指し示して、告げる。
「雪白は俺にだけは警戒心を和らげてるってことの証だ。なら、俺が雪白の『男は卑猥な生き物』だってイメージを変えられるかも知ンねぇだろ?」
「……具体的な策はあるのじゃろうな」
「ある」
即答だった。
少しの躊躇いを見せることなく頷いて、断言した。
「……ならば、今回はお主が指示を出せ。わし達はそれに従おう」
夜来の自信に満ちあふれた返答を信じたのか、七色は促すように鉈内と世ノ華を見る。
二人は同時にこくりと頷いて、賛成の意思を示してくれた。
「んじゃまァ、サクッと叩き潰しに行くか」
胸から一向に離れる様子がないサタンの頭を撫でて、夜来は早速清姫の討伐に動こうとしたのだが、
「死ぬぞ?」
サタンが、夜来を守るように力強く抱きしめた。動かさないように、どこにも行かせないようにガッチりと抱きしめて、言った。
「おいおい、テメェ何言ってんだよ」
「……小僧、貴様の作戦は危険すぎる。貴様、死ぬぞ?」
サタンは夜来の黒目をしっかりと見つめた。
「また、昔のように自己犠牲なやり方で助ける気か? 死ぬぞ?」
「……」
沈黙し、夜来は理解した。
サタンが、なぜ自分が整えた清姫討伐方法を知っているのか、ようやく理解できた。
「本当、同じだな。……俺とお前は」
夜来初三とサタンは、悪人と呪いの関係だ。
そして、悪人に怪物という呪いがかかる場合には絶対の条件がある。
それは。
怪物と悪人が、同じ考え方や生き方や『悪』を持っているという条件だ。
つまり、夜来とサタンは思考回路も取る行動も全てが同じ……とまでは言わないが、ほぼ同じなのだろう。
ならば、夜来の考えた雪白千蘭に憑いた清姫を倒す方法だって、サタンが考えた場合と同じなのだ。
サタンの考えは夜来初三の考えで。
夜来初三の考えはサタンの考えということである。
だからサタンは忠告した。
夜来と同じ考えを持つサタンが考えた清姫の倒し方が、夜来初三の死亡する可能性が高いから。
―――死ぬぞ? と、警告してやったのだ。
しかし、彼は鼻で笑った。
「死んだら死んだでそこまでだろう。俺ァそんなこと気にするような人間じゃねぇんだよ」
「……安心しろ。万が一危なくなったら、我輩が全力で守ってやる」
「ん。そうかよ、期待しとく。だがまぁ、それまでは手を出すな。……いいな?」
子供のように可愛らしく頷いたサタンは、一度だけ夜来の顔を見上げる。そして彼に優しく微笑んでから、入った。
夜来の胸の中に、幽霊のごとく、すーっと消えるように入っていった。
その直後。
突如、自分の顔を襲う熱に驚いた夜来は、なるべく落ち着いて右目に手を当ててみる。
「……紋様が、出て……きました」
彼の右頬あたりを凝視している皆の中から、世ノ華雪花がポツリポツリ口にした。
すっと自分の顔から手を離し、世ノ華が差し出してきた手鏡を覗いてみる。
そこには、悪人がいた。
禍々しい『サタンの皮膚』を表す紋様があり、それを隠すように長い前髪が垂れている少年。つまり、『元』に戻った悪人―――夜来初三である。
「こっちの方が、俺らしいな」
サタンが自分の中に戻ったことを実感した夜来は、呟いた。
「そうでございますねっ」
にっこりと笑った世ノ華が手鏡を引っ込めたことを確認すると、つい鉈内翔縁と目が合ってしまった。
「「……」」
お互いに口を開かない。
しかし、負けを認めるように鉈内は小さく息を吐き、
「まぁ、やっくんのチンピラ顔には、その趣味の悪い紋様はお似合いなんじゃない?」
「……サタンは俺の中にいるぞ? お前、今の絶対聞かれてたぞ?」
「夜来くんのジャニーズ顔には、そのオシャレな紋様がお似合いなんじゃない?」
「……」
ダラダラと冷や汗を流しながら、発言を速攻で訂正した鉈内の膝はもの凄く震えていた。
がくがく、というよりも。
ガックガク、という表現が似合うほどだ。
どうやら鉈内の中でサタンの存在は結構なトラウマになっているらしい。
「じゃが、雪白……じゃなくて、清姫の居場所にあてはあるのかのう」
「あぁ、それなら大丈夫だ。安心しとけって」
七色夕那にあっさりと返答を行った夜来。
彼は口の端を吊り上げて言う。
「あんなドクソレベルの怪物が考えることなんざ、全部お見通しなんだよ」