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愛の自覚

 納得がいかないまま学校での一日は終了した。しかし、あの少年の周りには『家族』だと名乗っている、ぽっと出の少女が未だにくっついている。なので少年と二人で帰るという嬉しい展開は花開くことがなかった。

 しかし。

 それでも。

 あの少年の傍にいられることには、純粋に膨大な幸せを感じていた。雪白千蘭にとって、あの少年はとてつもなく輝いていた存在なのだから無理はない。



 かつて『男を憎む』という『悪』に従って暴走した雪白に―――文字通り殺されることで『味方』を続けてくれようとした、あの少年だけは彼女にとって絶対的な好意を寄せる対象だった。



 俺がお前を助けてやる。救ってやると決して言われたわけではない。あの少年は雪白千蘭の『味方』でいるという約束に従って、雪白が突き進んでいた『男を殺す』という間違った道を『共に歩もうとしてくれた』のだ。

 殺されることで、彼女の男に対する怒りを沈める手伝いをしようとしたのだ。

 雪白千蘭の味方にいつまでもなり続けてくれたのだ。

 故に彼女にとって。

 少年だけは特別だった。

 その『助けてやる』や『救ってやる』だのの考えとは違って、『約束を守っただけ』だという『優しさを自覚していないと同時に認めていない』少年の心は輝いていると同時に真っ暗だった。

 彼はきっと誰よりも人の気持ちを考えているはずだ。

 彼はきっと誰よりも雪白千蘭を守っているはずだ。

 しかし。

 彼は己の善性を絶対に心から否定する。

 彼は己の優しさを必ず悪に変換する。

 その理由は―――『自分を悪と肯定して生きてきた』という悲しき事実の影響。

 雪白はそれが我慢ならなかった。

 彼は謙遜しているわけでもなく、自分自身のことをあまりにも過小評価以上に傷つけていたからだ。確かに彼の人生を振り返ってみれば、自分を悪にすることで生きてこられたというのは納得している。

 しかし。

 だがしかし。 

 雪白千蘭はどうしても彼の自虐に耐えられなかった。自分を悪と肯定することで満足している彼の姿には何度も傷つけられてきた。

(でも……こいつは絶対に自分を傷つけてしまうんだよな……)

 バスの一番後方に存在する横長の席に座っている雪白千蘭は、隣にいる少年へチラリと目を向けてからそう思った。相変わらずな不機嫌顔はまるで仮面を被っているようでもあった。

 と、そこで。

 雪白が少年の横顔につい見惚れてしまっていたときだった。


 バン!! と銃声の音が炸裂した。


 気づけば妙な男が拳銃を握りしめて、何やら静かにしろだの騒ぐなだのの典型的なバスジャック犯のセリフを吐いていた。しかしその騒ぎの最中に少年は熟睡していたり、あの少女は読書をしたりしているので、かなりシュールな光景にも捉えることができる。

 突然の事態。

 突然の恐怖。

 突然のバスジャック。

 どうやら犯人は金の要求にこのバスの人間を人質に使うらしいのだが、正直、雪白千蘭はさほど危ない状況だとは思えなかった。

 なぜならこのバスにはあの少年がいるからだ。

 少年が起きてしまえば、きっとあの犯人は一流の悪人の手にかかって戦闘不能になるだろうからだ。

 しかし。

 いつまで経っても起きない少年。さらには犯人の男にさえも、ついに見つかってしまったのでかなり危ない状況へと変化してしまった。

 とうとう犯人の堪忍袋が爆発してしまい、少年は頭を殴られた。 

(―――っ! コイツ!!)

 自分の想い人を傷つけられて怒らないはずがなかった。

 よって雪白千蘭は据わった目を光らせて犯人に襲いかかろうとした。が、しかし。そこで呻くような声と共に少年が頭を押さえて覚醒する。

 いつもの鋭利な目つきを輝かせた少年と犯人が揉め合っている。

 いや、正確に言えば少年が犯人の哀れさに爆笑している様だっただけだが。

 と、そこで雪白にとっては最悪の恐怖が襲いかかってきた。

「こっちに来い女ァ!!」

 ぐいっと腕を『男』である犯人に掴まれた雪白。そのまま『男』に銃口を向けられて拘束されてしまった雪白。『男』に殺されそうになっている雪白。

 彼女はその『男』という部分だけで。

 全身をガタガタを震わせるほどの恐怖に体を支配されてしまった。

 さらには犯人は下衆な笑顔を浮かべて胸へ手を伸ばしてくる。あの少年ではないクソ野郎の『男』の腕が自分の胸に迫って来ている。その事実と状況に雪白は猛烈な嫌悪感を感じるものの、絶対的な恐怖によって身が竦んで動けなくなってしまっていた。

(た、たす、けて―――夜、来……!!)

 その心情とほぼ同じ言葉を口から吐き出していた雪白千蘭。

 と、その瞬間だった。

 

 雪白千蘭を拘束している片腕が『落ちた』のはその瞬間だった。


 まるで彼女の声に答えたようなタイミング。

「っ!」

 さらに拘束から自由の身になったと同時に、彼女の華奢な体を包み込むような―――あの少年の片腕が雪白千蘭を静かに抱き寄せていた。

 自分の背中に回されてい彼の腕の感触に、

(あ、あ……や、夜来の腕。今度は、『男』でも『夜来』の、腕……)

 どうしようもないくらいの気持ちよさが膨れ上がっていた。先ほどの『男』の腕とは違って、あの少年の腕ならば雪白千蘭に与える感情も百八十度変わっているのだ。

 嫌悪感から幸福感に変換された雪白の心。

 だからこそ。

 その『幸せ』にすがりつくように、雪白は彼の背中へ全力で腕を回していた。まるで、先ほど体験したばかりの恐怖を少年という体から得られる『幸せ』という色で上塗りするように。

 そして。

 このとき。

 雪白千蘭は改めて自覚を持った。

(夜来なら―――いや、夜来には触られたい……!! もっともっと夜来と繋がってたい! もっと一緒に肌を付け合わせていたい!! もう、もう、夜来以外の人間とは―――男とは肌を接触させるだけでも吐き気がしてくる!! もう嫌だ!! 気持ち悪い!! もう―――夜来だけに触られたい!!)

 どうやら自分は、よほどあの少年に骨抜きにされていたようだ。彼女はそう自覚した。

 さらに、少しでも自分を抱きしめている彼の腕の力が弱まれば、

(あ、ああああああああああああ嫌だ嫌だ嫌だ!!!! 私から離れないでくれ!! 傍にいてもっともっともっと抱きしめてくれ!! じゃないと私は、私はッッっ――――――――――――――――!!!!)

 少しでも少年の体から離れないよう、雪白千蘭は自分から彼を抱きしめる力を爆発的に上昇させる。

 その反応を嗅ぎ取った少年は雪白を傷つけた犯人に怒りがさらに湧き出たようで、過剰なまでの攻撃を振るっていた。

 自分の為に犯人をやり過ぎなまでに叩きのめしている少年。すぐに止めなければならないのに、どうしても―――自分の為に少年が怒ってくれているという状況に、どうしようもない嬉しさがこみ上げてきた。

 雪白千蘭は改めて確信を持った。

 自分は『あの少年』以外の男も女も含めた存在に嫌悪感を抱いている。

 それほどまでに。

 少年が好きなんだと。

  

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