監禁生活一日目
雪白千蘭には『清姫の呪い』がかかっている。故に彼女は折れた指も自然治癒である程度は回復できるのだが、それを利用した自傷行為による脅しはあまりにも狂っていた。
そう。
それだけでも仰天したというのに。
「な、なんだこりゃ……」
夜来初三は絶句していた。絶句する以上の状態だと言っても過言ではないレベルで絶句していた。しかし彼が絶句している理由が、宇宙人が目の前に降り立ったわけでも、超能力や魔法などの異能の力が目と鼻の先で出現しているわけでもない。
では結局のところ理由とは何か。
それは。
雪白千蘭の家中の壁から天井などの些細なスペースには、全て夜来初三の写真が模様のように貼り付けられていたからだ。
リビングも、キッチンも、トイレも、階段も、廊下も、どこへ行っても夜来初三の後ろ姿や横顔や世ノ華達との登校写真(彼以外に写っている者は黒く塗りつぶされた)や―――自分の部屋でごろ寝している夜来の格好が写っていた。プライベート過ぎる領域までに入り込んだ写真達の中には、彼が脱衣所で服を脱いでいるところから風呂上りに髪を乾かしている場面も鮮明に激写されていた。
夜来初三でさえ覚えていない夜来初三の姿がそこにはあった。
至る所に貼り付けられてあった。
「ん? ああ、私のコレクションだ。これで毎日お前のいない寂しさを埋めていたんだぞ? まったく、いかに恋しかったことやら。―――まぁそれでも、これからは本物がいるのだからこの写真も剥がしたほうがいいのかもしれんな」
「い、いつ、から撮って……」
「さぁ? 私自身よく覚えていない。少なくとも、お前を好きになってからだということは覚えているが」
あっさりと返答を返した雪白は彼の手を優しく握り締める。
そして自室へ案内していった。
一方、夜来初三は唖然としていて正常な判断能力さえも奪われてしまっていた。
一体いつから雪白は自分を盗撮していた? 一体いつから雪白は自分のことを好きだった? 一体いつから―――雪白はこんなにも異常になっていた?
それらの疑問が頭の中で浮き出て泡のように消えていく。
永続的に繰り返される自問自答。
彼はまったくもって分からなかったのだ。この現状を。雪白に脅されて監禁されるまでの現状を作り出した原因というものが。
確かな原因があるならばそれを『壊せ』ばいい。何かに操られて雪白はこんなことをしているのなら、その黒幕であるクソ野郎をぶっ殺してしまえばいい。容赦なく死体に変えてやればいい。
だが今回の場合は。
雪白は自分の知らないずっと前から狂っていて、その感情が爆発しただけに過ぎないのだ。
何が。
いつから。
どのように狂い始めたのだろう。
雪白の好意にもっと早く気づいて、もっと早くに答えをだして、もっと早くに運命のベクトルを変えていれば、こんなことにはならなかったのだろうか。
答えは出ない。
なぜなら雪白はいつの間にか異常に変わり果ててしまっていたから。夜来初三を愛しすぎるあまりに、ただ狂い果ててしまっただけだから。
確かな理由を上げるとすれば、『恋』以外にないだろう。『恋』こそが雪白千蘭の行動源ともなっているのだ。
「さぁ、ここが私の自室だ。もちろんお前の自室でもある」
雪白の開けた扉の先には彼女の自室―――やはり夜来初三の写真だけで構成されたような部屋があった。ドアを開けた瞬間に自分の顔と対面する夜来の心境はかなり複雑だ。一体どう反応すればいいのか分からない。
が、しかし。
「……なぁ」
「どうした? やはり自分の顔があるというのはいい気持ちがしないのか? だったら外すが。私はもうお前がいるのだからあってもなくてもいいものだし」
「それもそうだが……ありゃ一体、なんだ?」
夜来が指差したその方向には、何やらメルヘンチックなビッグサイズの天蓋付きベッドがあった。まるで童話の世界に紛れ込んだような感覚が走り抜けたが、何よりあの天蓋付きベッド……一人ようにしては大きすぎる。
まるで以前からこの犯行を準備していたことを示していた。
「ああ、少し前に購入したんだ。お前と二人で楽園にいるような気分が味わえるだろうからな。何より私の両親は結構な稼ぎがある。父から慰謝料代わりとして毎月結構な額が仕送りされるんだ。この家も昔両親が購入したものらしい」
「……そういやお前一人暮らしだったな」
「いや違う。これからは二人暮らしだ」
瞬間。
雪白は夜来を巨大な天蓋付きベッドへ押し倒した。よほど高級なものなのか、気持ちよく沈んだ背中をベッドの優しい弾力が押し返してくる。夜来は自分の上へ馬乗りになった息の荒い雪白を見上げて、
「っ、おい!」
「ダメだ。もう我慢できない。ああ、綺麗だ! 実に綺麗だ! この真っ白なベッドにお前という存在がピッタリ当てはまっている!! 美しい……さすが私の惚れた男だ。ああ欲しい。もうお前と裸で抱き合わないと―――壊れてしまいそうだ」
「ま、待て!! 待てっつってんだろ!! 頼むからこんな形ではやめろ!! 俺はするにしても、こんな状況でだけはしねぇ。頼むから押しとどまれ。一線だけは、超えるな、まだ」
「まだ、か。なるほど。確かに初めては貴重なものだ。私だってどうせならお前から襲って欲しい。求めて欲しいのは事実。だが―――そんなにも私が我慢強いとでも思っているのか?」
雪白の美しい顔が徐々に近くなってくる。
二度もキスをしたとはいえ、全て一方的なものだったし、夜来は突然の状況に呆然としていただけだ。だからこそ彼は、彼女の躊躇いのなさに動揺してしまう。とにかく頭を使え。完全に理性が飛んだ雪白を抑えるための、正しい答えを導き出せ。
考える時間は数秒だった。
そのわずかな時間の中で、夜来は現状を打破する方法を模索した。
結果。
ぎゅううううううううううう!! と、雪白を全力で抱きしめてやった。
「―――え?」
当然、ストーカーをして盗撮までしてしまい、監禁にまで至るほど大好きな彼から、そんなにも積極的な抱擁をされてしまった雪白は。
「ああ、あああああああああ!! もっと、もっともっともっともっともっともっと!!!! 殺す勢いで抱きしめてくれ初三ぃ!! いいぞ好きなだけ抱きしめろ! いや抱きしめてくれ!! お前を抱きしめる行為も実に幸福感溢れるものだが、お前から抱きしめられる方がやはり素晴らしい!! あは、あはははははははっ! そうだそうだもっと私を求めてくれ!! 求めろ!! 胸に顔を埋めて唾液まみれになるほど私にキスしろ! いや、お前は変にシャイなところがあるからな。やはり私が可愛がってやるほうがお互いに満足できるだろう。安心しろ、安心しろ―――私はどこにも行かないぞ? ずっとずっとずっと傍にいてやる。いや、いさせてもらう。お前は死んでも私のモノなんだからな」
雪白をさらに強く抱きしめた夜来は、歯を食いしばっていた。
わざと彼女を抱きしめることで意識を変換させたこの作戦。まさに下種と大差ない最低最悪なクソッタレな行為だろう。
(……クソっ! こういうやり方でしか回避できねぇのかよ!!)
心で吐き捨てた彼は、抱きしめ返してくる雪白の抱擁を感じながら―――唯一の希望である窓の外、主に夕日と化した太陽の沈み具合を確認した。
そう。
彼にはまだ助かる道がある。
夜になれば自分の中に息を潜めている最強の怪物、大悪魔サタンが飛び出て、すぐにこの状況を打破してくれるだろうから。
が、しかし。
その希望はあっさりと砕け落ちることになる。
「―――助けなんてこないぞ、初三」
「っ!?」
ゾッとした凛々しい声に振り向いてみる。
そこには自分の背後に回って、体中をゆっくりと撫で回してくる雪白千蘭がいた。恐ろしい程に目が据わっている彼女は、洗脳するように彼の耳元で優しく言った。
「夜になればあの銀髪悪魔が助けに来る。だとか思っていたんだろう? お前は頭がいいのだから、その程度の甘い可能性に期待を持っているとは少々意外だぞ」
「……俺は成績が下の下だっつーの。どこが頭良いんだよ」
「勉強というもので頭の良い悪いが決められるわけではない。勉強とはスポーツと何ら変わらん。純粋に暗記や復習をしても単語を覚えられん奴もいるし、学校の授業を聞くだけで上位にくい込むような奴だっている。勉強とは得手不得手があるのだ。もちろん、だからといって努力を怠らないならば成績が悪くても当然だがな。―――お前は純粋に頭がいいだろう。相手の心を読み取る洞察力にも長けている。頭の回転も単純に早い。だというのに、お前はサタンの登場に期待しているのか? 正直に言ってみろ。お前はそんな甘い期待を抱く人間ではないはずだ」
「……お前は俺を精神的に拘束するほど頭がいい。さらにはこのベッドも俺を監禁する前に買ってるっつーことは計画的犯行だ。―――ってことはだ。そんな頭のいいお前が計画してるってんなら、夜になれば出現する『サタン対策』だってできてんだろうなとは考えてた。が……俺にゃ具体的なその『サタン対策』の方法が分からねぇ。だから期待しただけだ」
「ほら、やっぱりお前は頭がいい。ただのバカならば、この状況にそこまで頭を使うことなんて不可能なはずだ」
褒めるように夜来の頭を撫でた雪白は、彼の黒髪に指を通しながら続ける。
「では簡単に説明してやる。―――お前は一生私のモノだということを。逃げられはしないということを」
「―――っ」
息を飲んだ。
もしも彼女が本当に抜け目のない作戦を立てて実行に移しているならば、もう逃げ道は存在しない。
「なぁ初三。お前の中にサタンは日中は必ず憑依している。サタンは強大な存在だ。最強クラスの怪物だ。ならば存在力だってその気になれば一日や二日程度は持つのだったろ? ならばなぜ出てこない? なぜ日中はお前の中から出てお前に抱きついてこない?」
「俺のトラウマ―――『太陽』の発症を防ぐために、日光だの紫外線だのを俺が『絶対破壊』で壊せるために俺の中にいる。だが、『太陽』っつーのは夜中にゃ出てこねぇぞ。お前、『太陽』以外であのクソ悪魔を拘束できるとでも思ってンのか?」
その通りだ。彼の中に潜む大悪魔サタンを押さえつける術など『太陽』以外に存在しない。サタンは悪魔の神。その力は怪物の中でも最強と言えるレベルなのだから、純粋な力勝負では雪白に勝ち目はない。
だというのに。
雪白は不敵な笑みを浮かべていた。
そして次の瞬間。
「ならば、『太陽』の『代わり』を作ればいい」
彼女の声が響いたと同時に、バッと眩しい光が上から降り注いできた。目が眩んだ夜来は、手で光から顔を庇うようにして見上げてみる。
そこには。
何百とある大量の紫外線ライトが光り輝いていた。
「お前は自分で言っていたはずだ。『太陽』そのものがトラウマになっていると。日光、紫外線、『太陽』そのものがトラウマなんだと」
気づけば夜来は呼吸を忘れそうになっていた。
ただ、呻くような声を漏らすだけで何もできない。
「ならば―――『太陽に含まれている紫外線』という『太陽の一部』だって、お前のトラウマの範疇になるのではないか? そうだろう? 事実、お前は自分で『紫外線などをカットしている』と言っていた。何よりの証拠だ。まぁもちろん、紫外線ライトと言っても中には人体に影響が出ないように工夫されたものもあるが、今お前を照らしているものは全て一昔前の『工夫されていない』ものだ。だから紫外線同然。どうする? これで『夜中も「絶対破壊」を使用しなくてはならない状況』になったが、これでもサタンは飛び出てくるのか?」
「だ、だが、俺が少しトラウマに耐えちまえば、サタンのアホだってその間にお前―――」
「じゃあ言っておこう」
雪白は己の舌を軽く噛んで、
「もしもサタンが飛び出て、お前を取り返されたら、私は舌を噛んで死ぬ」
その一言で完成した。
夜来初三を完全完璧に拘束する会場がようやく完成した。
紫外線ライトの影響でサタンは出てこれなくなり、何より雪白の自殺を夜来は許さないからこそサタンを呼び出すことは彼自身が一番許可できなくなった。
助けはこない。
きっとサタンも夜来の中で歯噛みしているはずだ。
さらに言えば、
(雪白は俺に手錠つけるわけでも、殴るわけでも、悪意を持ってやってるわけでもねぇ。俺にはなんの攻撃もしてこない。そんな『大した被害にも遭っていない』んだから、俺は雪白を尚更傷つけられねぇ。殴られてもいないんだから殴れないのと同じだ。俺はアイツを―――攻撃する何て絶対できない)
終わった。
もう終了していた。
本当に何も出来なくなったことにより、猛烈な無気力感が夜来を支配する。
呆然とした顔で視線を下に落としている夜来の頬を撫でて、軽いキスをした雪白は優しい声で囁いた。
「悪い思いはさせん。私は自分の容姿に自信がある。事実、私の右に出る者はいないだろう。だから好きなだけ私で気持ちよくなれ。私に愛を囁け。私に好きだと言え。私と子供を作れ。私と永遠に一緒にいろ。―――だからそんな悲しい顔をするな。受け入れろ。この運命を受け入れろ。私のモノになる運命を笑顔で受け入れろ」
夜来は人形のように動かなくなってしまった。
心がポッキリと折られたのだ。
まるでその様は雪白の計画通りに進んだ結果のようだった。
「お前は私の傍にいるだけでいい。私が養ってやる。ずっとずっとずっと私がお前を幸せにしてやる。私はお前を愛している。夜来初三という男を心の底から愛している。『ずっと一緒にいる』と約束してくれただろう? 思えば、あの瞬間から私はお前の虜になっていたかもしれんな。だから『結婚』して約束を正式に果たそう。もちろんお前に拒否権など―――ない」
無慈悲な言葉。
容赦ない現実。
躊躇ない愛情。
原因など実際は何もなく、ただ雪白千蘭が夜来初三を好きだった故の結果。たったそれだけ。ただ彼女の愛情が行き過ぎ、その愛に答えなかった夜来の失敗がこの状況を生んだ。
雪白千蘭が悪いのか。
夜来初三が悪いのか。
きっとその問いに対して、夜来初三という『自虐的』な少年は即答でこう言うのだろう。
俺が雪白の気持ちに曖昧な答えを出しちまったから俺が悪い、と。
気づけば夕焼けが消えて外では夜空が輝いていた。
しかし、大悪魔サタンは出現することはできないこの状況。さらには雪白千蘭が己を人質にしていることで絶対服従する現実。
彼は何もできない。
彼は彼女を壊せない。
なぜなら大切だからだ。
雪白千蘭は彼の『大切な存在』であるからだ。
今回の展開は少々バトル系が少ないというより、夜来くんが『壊せない存在』である雪白千蘭に狩られる立場になりました
ここまで何もできない夜来くんを書くのは初めてですので、少々難しいです。他にもいろいろと解決されていない謎がありますが、後々明かされるのでお待ちください
しかし本格的なヤンデレ物になるとは・・・・と誰もが思ったでしょうが、これも一つの『悪』だと捉えて進めていきます!
あとヤンデレになったのは、多分、ヤンデレ好きな私のせいです・・・・ちょっと雪白ちゃんを病ませて、そこから物語を本格的な方向に進めるつもりだったのですが、何か病ませすぎちゃいました
でも、『愛し過ぎた』悪が終わればいろいろと進められますので、どうかヤンデレ嫌いな方も見捨てずに読んで頂ければ幸いです
ヤンデレ好きな方はどうか楽しみにしててください。 私が極度のヤンデレ好きなので、『この程度』ではおわしません




